小さな願い~合唱部~
気づいた時には歌うことが大好きだった。テレビを見ては合わせて歌い、街頭で流れる音楽を聞いては口ずさむ、いつの日からかはいろいろな旋律にハモるようになった。
「澪ー」
そう言われて振り返るとそこには同じ合唱クラブに所属する友達の姿があった。先日行われた市の音楽祭で6年生は引退し、澪はアルトパートのパートリーダーになった。ここの合唱クラブは県大会にも出るくらいの実力で全国、を目標に練習している。
「なーに?」
先ほど配られた来年度のコンクール用の楽譜から頭を切り替えて返事をした。
「パーリー会議するってー」
「わかったー」
パーリーはパートリーダーの略。会議ではソプラノ、アルト、テナー、バスのパートリーダーと部長、副部長の6人で行う。基本的に楽譜が配られたあとや何かあったとき、月はじめなどにやっている。今回は楽譜が配られたあとだからだろう。そこでパート割や曲の強弱やイメージを話し合い先生と相談するのがここの合唱クラブのスタイルだった。
「はーい、じゃあはじめまーす。スコア持ってるー?」
部長の言葉に全員がスコアを出す。そしていつものように意見を出し始めた。
「ここなんだけど...」
話し合いの終盤でそういったのはソプラノのパートリーダーだった。
ーどうせなら、各パートソロにしない?
今思えば、それが全ての元凶だった。
「アルトパートのソロは神原さんになりました。」
コンクールも近づいてきた今日、ついにソロのメンバーが発表された。悔しがっている子もいたがそれでも応援してくれたしみんな納得のメンバーだったようで異論もなかった。
選ばれた澪は一層張り切っていた。そして、ただでさえよかった調子は更によくなっていった。
でも...
「んー、なんかアルトの声に他が負けてる気がする。」
「あ、わかるかも。なんか喰われちゃってる感じ。」
ソロを他の6年生に見てもらった感想のほとんどがそれだった。
「けど、澪がやりすぎなんじゃないんだよねー。なんか領域が違うというか、」
ー領域が違う?
それは澪にとって予想外の一言だった。だって、普通に歌ってるだけなのに...
それからの練習はなんとなく楽しくなかった。褒められるけど嬉しくない。だって、みんなと歌うのが好きなのに...
「ねぇ、憬都って陽明中受けるんだよね?」
とある日、突然憬都の家に押しかけた澪はそう言った。
「あぁ。それがどうかしたか?」
少し驚きつつも憬都ははっきり答えた。
「私も一緒に受けるね。」
「そっか。」
憬都はなにも聞かなかった。もともと澪は合唱の強いところを受験する予定だったが、何かを察していた憬都はただそれを受け入れた。
ー4月
結局、コーラス部入っちゃった。やっぱり歌が好きだから。だから、誰でもいいから対等に歌ってくれる人に会いたい。
ーその願いが叶えられるのは1年後。