3.『絶交中』
「ベル~、手紙来たよ~」
そう言ってルミが、みんながなごむリビングに入って来た瞬間、ベアトリーチェの顔は一瞬にして不機嫌になった。その表情を見て、一緒のテーブルに座り楽譜を見ていたマーセルは、またか、という顔になった。
ベアトリーチェが不機嫌になったのは、もちろんルミがリビングに入って来たことが原因ではない。別にルミとベアトリーチェは仲が悪いことはなく、喧嘩などもしてないのだから。
その原因の主たる要因は、手紙が来たからである。
おおよそベアトリーチェには、笛吹姫としてたくさんの手紙がほぼひっきりなしに届くのだが、それについてはきりがないので家に直接来ることはない。ということで、この場所に来る手紙というのは、送り主が限られている。限られているというか、最近に限って言えば一人しかいない。
「はい」
ルミが延ばしてきた手に握られた手紙を、一応と言う感じでベアトリーチェはちらりと見ると、ぷいっと横を向く。
「いらない」
まるで手紙の送り主が目の前にいるかのように、拗ねた表情で手紙を突っぱねる。
「じゃあ捨ててくるね~」
ここで普段手紙を持ってくるマーサやマーセルだったら、彼女に手紙を無理やりにでも渡してあげるのだが、そこは自分がベアトリーチェを一番愛してると言ってはばからないルミ、嬉しそうな笑顔を浮かべて容赦なくゴミ箱の方に歩き出す。
むしろ彼女の場合、ベアトリーチェが手紙が来たのを知る前に排除しなかっただけ、容赦しているのだろう。
ルミがさっと身をひるがえした途端、ベアトリーチェの表情が困った顔になる。口を逆三角にしてルミの背中を見送るが、思わず伸ばした手は、出すとも引っ込むともつかぬ位置で止まり、彼女の背中には届かない。
「こらっ、勝手に捨てるんじゃない」
「うにゃっ!何すんのよ、マーセル!」
結局、マーセルが仕方なしと言った感じに、ルミの手から手紙を取り上げ、ベアトリーチェの目の前のテーブルに置く。
「一応、お前に来た手紙なんだから、返す返さないは別として受け取っとけ」
そう言って、レティシアと名が記された手紙を、ベアトリーチェの前に置いた。
ベアトリーチェは拗ねた顔をしたまま、ちょっと安心した顔をして、黙って頷く。
ベアトリーチェはいつもレティシアからの手紙が来るたび、こんな反応をしている。曰く、レティとは絶交中だそうだ。絶交という行為そのものや、関係を絶つという意味のはずなのに、中という言葉がついているのに突っ込みを入れたかったマーセルたちだったが、ベアトリーチェが怖い顔をしてるので何も言わない。
マーセルもイレナたちも、いらないと言いながらもベアトリーチェが頻繁に送られてくるその手紙を全部大事にしまっていることを知っている。
ルミももちろん知っているが、それを知ると逆に思いっきり捨てたそうにするので例外だ。
結局、ベアトリーチェは手紙を大事そうに胸に抱えて、不機嫌な表情で今日も部屋に戻っていったのだった。
***
エルサティーナの王城、そこには王城で働く人間宛てに届いた手紙を管轄するための部門がある。その部屋の前で、いつも通りの珍妙な光景が繰り広げられていた。
それは部屋を覗き込む、一応この国で今現在もっとも偉いはずの人間の姿。
「ビーチェさまからの手紙は来てませんか…?」
そう言って眉尻を下げながら訊ねてくる女王に向かって、文官は簡素にいつも通りの言葉を返す。
「来てません」
「ううぅぅ…」
変なうめき声をあげる女王だったが、みんな慣れたもので仕事の手を止めることは無い。最初、頻繁にやってきたころには、無意味に緊張したり丁寧にもてなしていたのだが、ほぼ毎日の訪問とあってはもうあまり相手にする気もおきない。
「女王さま!」
そしていつも通り、彼女の侍女が彼女を迎えに、というか捕まえにやってくる。
「女王じゃなくて、国王代理です」
「どちらでも構いません!それより、休憩の時間なのに勝手に出歩かないでください」
「休憩ならば、いいじゃないですか」
「だめです!あなた様にはちゃんと体調を整える義務があるのですから、自覚してください!」
言い募る侍女のフラウに、国王代理であるはずのレティシアは頭の上がらない様子で、それでも拗ねるように呟く。
「だって、ビーチェさまからの返事が来ないのです」
「そんなのいつものことじゃないですか」
後ろにいたカーラの言葉が、レティシアに突き刺さる。
「レティシアさま、毎週ベアトリーチェさまに手紙送っていますけど、一度も返ってきたことないでしょ」
カーラは真実を述べてるにすぎないのだが、レティシアは青い顔をして座り込む。
「カーラもあまり陛下を追い詰めないで。レティシアさまもお部屋にお戻りください。たっぷり休まれて、王としての責務を果たしていただきますからね!さきほど、疲れに効くとても良い薬が届いたのです。飲んでいただきますからね。」
そういって未練がましく、部屋の中の手紙の山を見つめ続けたまま、この国の国王代理は、侍女たちに引きずられていった。
実のところ、フラウとカーラのもとには、ベアトリーチェからのレティシアの体調をたずねる手紙が毎週届いていた。しかし、レティシアには話さないように言われていたので秘密にしてある。
薬も大陸中をまわるベアトリーチェさまが見つけ、手紙にそえて贈ってきたものだ。結局、ベアトリーチェさまはレティシアさまを見捨てることはできないみたいだ。
「うううぅぅ、ビーチェさまぁ…」
引きずられながらも、レティシアは変なうめき声をあげている。
そのうち表面上、断線されている関係も、修復される日がくるのだろう。それまでに、今回の無謀な行動ぐらいは反省してくれたらいいと思うフラウとカーラだった。