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1.『神童、二十歳すぎる 1』

本編に掲載されてるのと同内容です。本格的な編集は次回から。

「ベルはただいま留守にしております」

 アーサーの目の前で黒髪の少女のにっこりとした笑みと共に、思いっきりバタンとドアが閉じられた。それはもう、とても生き生きとした笑顔だった。

 扉を閉じたのは、ベアトリーチェの少し歳の離れた友人であるルミ。

 ちなみにアーサーが今居るのは、マーセルたちの家の前ではない。マーセル楽団の演奏会の後の楽屋である。留守なわけ無かった。

「ちっ、小娘め。覚えておけ」

 アーサーは悪役みたいな台詞を吐きながら、扉の前を去る。まあ、そのちょっと前にも訪れていて、その時にはベアトリーチェが応対に出てきて、アーサーの顔を見ると無言で扉を閉めたのだが。

「やれやれ、ちょっとはうまく行きかけてると思ったんだが…。どうして急にあんなになったのやら」

 国王を辞めてから一ヶ月。ベアトリーチェの方は冷たい態度ながらも、アーサーはめげずにベアトリーチェに話しかけ、ちょっと前には会話も続くようになっていた。王と王女、王と側妃の立場だったころとは、互いにまったく違う話ぶりだったが。

 それが一週間前、なかなか良い雰囲気で話せてると思っていたら、突然、アーサーとしては原因がわからないことにベアトリーチェが機嫌を損ね、今は顔を会わせれば無言でそっぽむかれる状態である。

「何が悪かったんだ?」

 腕を組んで考えてみるがわからない。街の演奏場を出て、アーサーは今、道の往来にいる。立ち止まりのけ反って考えるアーサーは目立ってしまっていた。

 それにアーサーも気付く。

「まあわからないものを考えても仕方ないか」

 アーサーはわりとあっさり思考を放棄すると、人の流れに従って歩き出す。

「しかし、こうなると暇だなぁ」

 元国王という身分上、正式な仕事にはつきにくい立場のアーサー。お金については困る状態ではないが、ベアトリーチェに構えないとなると、途端にやることが無くなる。

「酒でも飲…いや、やめとこう」

 酒でも飲みにいこうと思ったが、頭に強烈な頭痛が走りその思考を改める。まだ午後の日差しが照っているのに、背中が寒くなった。

 昼から酒を飲むのはよくない。

「ふむっ…」

 アーサーはあごに手をあて、なんとなく立ち並ぶ露店を見回した。


***


「あんたなにやってるの?」

 呆れたような声が聞こえて振り向けば、そこにいたのはベアトリーチェの友達の一人、マーサがいた。

 それと共に、アーサーの手に持った竿に振動が走り、反射的にそれを引く。

 ピチャン

 水の跳ねる音と共に、銀の魚が河面から現れる。ぴちぴちと跳ねる魚を、アーサーは釣り針から外し、水の入ったバケツに入れる。

「釣りだ。ちなみにこれで9匹目だ」

 振り向いたまま自慢げにニヤリと笑うアーサーにマーサは半眼で答える。そんなマーサの反応を意に介さず、アーサーは新しく釣り針に虫を突き刺すと、河へ向かって投げる。

 マーサは赤くうねうねした虫を見てちょっと青い顔になった。背は高くとも女の子、こういうのは苦手である。

「なんで釣りなんかしてるのよ」

「時間が潰せるし、金もかからんだろう。それに食費も浮く」

 マーサは答えながら竿をまた引く。今度は餌だけ無くなっていた。

「いつからやってるのよ」

「今日の昼過ぎだが?」

 その答えにマーサは呆れた。辺りはすでに日が暮れかけてる。

「何時間やってるのよ。もう、夕刻よ」

「ああ、そうだな」

 その言葉にアーサも頷き、釣り竿を地面に置いた。それから道具袋を開き、淡く光る石を取り出し、自信満々に笑う。

「安心しろ。夜釣りの準備も完璧だ」

「あー、もう!このアホ男!」

 帰る準備をするのかと思えば、まだ釣りを続ける気らしかった。思わず罵倒してしまったマーサに、アーサーは心外な顔で振り返る。

「アホとはいったいどういうことだ。魚は夜の明かりによってくるんだぞ。昼以上に釣れるはずだ」

 その言葉に我慢の限界値を越えたような顔になったマーサは、アーサーの襟首をつかんだ。

「ちょっと来なさい!」

「おっ、お、いったいなんだ!ちょっとまて、釣竿を仕舞わせろ。買ったばかりなんだ」

 アーサーは急に引っ張られ、少しバランスを崩したが、釣竿が置いてけぼりになると抵抗する。

「はやく仕舞なさい」

「お、おう…。一体何なんだ、もう」

 マーサの剣幕にぶつぶつ言いながら、アーサーは道具袋に釣竿をしまう。それからマーサのうしろについていく。しばらくして着いたのは、見慣れたベアトリーチェたちの家の前。

 マーサが扉を開けて、アーサーをじっと見る。

「入っていいのか…?」

 アーサーはあの日以来、ベアトリーチェたちの家からは閉め出されていた。重に女性陣たちによって…。マーセルなんかは可哀そうだから入れてやってもいいのではなどと言っていたが、女性全員に睨まれすごすごと引っ込んでいった。

「はやく」

 マーサが簡潔にそういうので、アーサーは恐る恐る入る。思わず周囲を見回してしまうのは、ルミという少女のせいだった。あの少女には何故か、異様に目の敵にされている。

 いないことを確認してホッと息を吐くと、マーサに着いて二階に上がる。一階には着たことがあったが、二階に入るのは初めてだ。余裕のある廊下に、木製の扉がいくつか並んでいる。

 マーサが立ち止まったのも、そんな扉の前だった。

「とにかく入って」

 その言葉に従い、アーサーがその部屋の扉を開けた瞬間。

 ぐちゃあ~

 そんな擬音がアーサーの耳に聞こえてきた。いや、そんな音、地上に存在するはずがないのだが。しかしアーサーの耳は確かにその音を聞いた。

 何かを踏みつけた感触がして下を見ると、脱ぎ捨てた洋服が散乱している。しかし、その光景は別に珍しいものではない。この部屋全てが、まさにそんな感じだからだ。洋服だけではない。ところどころ、紙束や本やら、もはや判別がつかないもの、すべてがこの部屋を埋め尽くしている。視界が悪いのは、明かりがついてないせいだけではあるまい。

 汚い。としか言いようがない部屋だ。

「おまえ…ちゃんと掃除ぐらいしろ…」

 真っ青な顔でそう言ったアーサーは、マーサに怒鳴り返された。

「あたしの部屋じゃないわよ!」

「じゃあ、誰の部屋なのだ」

 こんなに汚い部屋見たことがなかった。

「ベルのよ」

 アーサーはマーサが一瞬、何を言ったのかわからなかった。やがてその言葉を理解すると、鼻で笑う。

「はんっ、馬鹿なこというな。こんなずぼらの塊りのような部屋がベアの部屋なわけがないだろう。ベアは身の回りのことはきちんとできる。整理整頓だってちゃんとするしっかりした子だ」

「そうよ、出来てたのよ…」

 アーサーの言葉にマーサはうつむき、言葉を続ける。

「一ヶ月前まではね…」

 一ヶ月前という言葉を聞き、アーサーの背中に変な汗が流れる。それはアーサーがベアトリーチェのもとを訪れた日だ。そして事の顛末については、いまさら話すべくもない、

「それが急にできなくなったの!いろいろあって少し疲れてるのかと思って、そっとしておいたらこの有様よ!」

「ま…まさか…。ははっ…」

 迫真せまるマーサの言葉にも、まだ信じられないアーサーは頬を引きつらせ、乾いた笑いをこぼす。そんなアーサーにマーサは、部屋の中の一点を指差した。

 アーサーがそちらに目を向けると、ベッドがある。そのベッドもいろんなものが乗って、かなり汚かったのだが、そこには可愛らしい少女が寝ていた。ごみの山に似つかわしくない、天使のような寝顔を浮かべて…。

「ば、ばかな…」

 アーサーは自分が見たものが信じられず、目をこすった。しかし見たものは消えない。ごみ山の一部と化したベッドですやすやと安らかに寝ているのは、愛する少女…、周りからはいまいち信じてもらえてないが、アーサーとしては世界で一番いとおしく思う少女、ベアトリーチェであった。

 やさしく高貴で、時に聖女と称えられる少女である。

 それがこんな部屋で寝ている。それは信じられないことながらアーサーに、どうしようもなくひとつの事実を指し示す。この部屋はどうやら確かにベアトリーチェの部屋であること。

「わかったでしょ…」

「あ、ああ…」

 アーサーはうなずくしかなかった。そんなアーサーに指を突きつけ、マーサが言う。

「あんたのせいなんだからね、ベアがこうなっちゃったのは。あんたがどうにかしてよねっ」

 マーサはそれだけ宣言すると、部屋を出て行ってしまった。ごみ部屋に一人アーサーが取り残される。

 散らかり放題の部屋を、アーサーは呆然と見つめた。そしてベッドに目を向けると、脱いだスカートを顔に半分かけながら、それでもきれいな顔で眠るベアトリーチェがいる。

「あー…」

 アーサーは自分でもわけのわからない声を口から漏らすと、とりあえず靴を脱いで部屋の中央へと移動する。足の踏み場がないという問題は通り越し、段差があって歩きにくい。

 ベアトリーチェの前まで来ると、丁寧に手入れされてた蜂蜜色の髪も、きちんと着こなしていた洋服も、部屋ほどにはひどくはないが、以前と比べたらわずかにだらしなくなっている気がする。

 そしてベアトリーチェの枕元に転がる酒瓶と、グラスに気づく。そういえば、かすかに寝顔の頬が赤らんでいるし、どこからか酒のにおいが漂ってくる。

「酒まで飲んでるのか!?」

 アーサーは青い顔になりながら、それでも可愛いベアトリーチェの寝顔を見つめつぶやいた。

「俺の…せいなのか…?」

 そう呟いた時、ベアトリーチェが小さく寝返りをうって、うなされる様な顔で寝言をつぶやいた。

「アーサーめぇ…。かくごぉ~…」

「まあ…俺のせいだな…」

 認めざるを得ない。ずーんっとアーサーの顔が暗くなる。アーサーは肩を落とし、ため息をつきながらつぶやいた。

「はぁ…、なんとかするしかないか。とりあえず、片付けよう」


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