0.『恋の結末 2』
ずっといろんな国々を旅しつづけていたマーセルたちだったが、そんな生活を何年間も続けていると不便なことが多い。人気がでると資金は余ることが多くなり、そんな余分なお金を使って家を買うことにした。
エルサティーナの田舎の港に面した街。そこの古い宿屋を、町長の好意で安く譲りうけることができたのだ。
二階の客室だった場所はそれぞれの部屋に、一階の食堂は改装されみんなが集まるリビングになっている。
1年で数か月をベアトリーチェたちは、この街で過ごすようになっていた。
「あちゃーぁ…」
そのリビングにて、マーサは開いた雑誌の記事を見てうめき声をあげた。
「おや、どうしたんだい?」
隣りにいたイレナも覗き込んで、難しい表情になった。マーサはイレナの方に顔を向けると、額を抑えて問いかける。
「どうしよう、これ。ベルに教えるべきかなぁ」
「うーん、あたしたちが言わなくても、いずれ知ることになるだろうからねぇ」
「ショック受けるよね」
「まあ、たぶんねぇ…」
イレナの答えを聞いて、マーサは溜息をつく。
記事にはこう書かれていた。
『レティシア王妃、ご懐妊』
ベルがアーサーに恋心を抱いていたのは、周知のことだ。レティシアとベルがいくら親しい仲とはいえ、好きな人との子供ができたというのはショックだろう。
この件をベルにどう伝えるべきか、マーサもイレナも悩む。
「ただいま~」
顔を突き合わせなかなか答えのでない話を繰り返すマーサとイレナは、背中から聞こえてきたベルの声に驚き、慌てて開いていた雑誌をテーブルに伏せる。
そして振り向いて、さらにぎょっとした。
「ベル、どうしたのそれ!?ルモまで」
帰ってきたベルは両手で大きな箱を抱えていた。かなり大きな包みで、ベルの顔の半ばまで隠してしまっている。
さらにその後ろからはルモが、それ以上の荷物を手にもって入ってきた。こちらは2、3個重なっててかなり危ない。
「ベル、どこにおけばいいんだ?」
「あ、ごめんね。玄関の邪魔にならないところに置いてて」
ベルの指示を受けて、ルモが荷物をおろす。汗をかいてかなりきつかったみたいだが、ベルの前なので、平気そうな風に見せている。
「これでいいか?」
「うん。ありがとう、ルモ。すごく助かったよ」
ベルに笑顔でお礼を言われて、ルモの頬が僅かに朱をおびる。
「また何かあったら言えよな」
そしてぶっきらぼうにそれだけ言って、部屋へと向かっていく。
「うん、ありがとう~」
ベルはその背中を笑顔で見送ったあと、自分が持っていた荷物も同じ場所においた。話から察するに、ルモが持っていたのもベルが持っていたのも、全てベルの荷物ということになる。
「それは一体何なんだい?」
その台詞にベルは問いかけれられていたことを思い出したようで、マーサたちの方を振り向き、嬉しげな笑顔で言った。
「あのね、レティに子供ができたらしいの。だからお祝いを送らなきゃいけないって思って、買いにいってたの。たくさん買っちゃったから、ルモにも運ぶのを手伝ってもらっちゃった」
ベルの口から出た言葉に、イレナもマーサもぎょっとなる。それはさっきまでイレナとマーサが、どうにかして隠しておくべきか、伝えるとしたらどういう風に伝えるか悩んでいたことだったからだ。
「し、知ってたの…?」
「うん、マーサたちも知ってたの?エルサティーナの人から聞いたんだけど、レティからは何も言われてないの。レティもちゃんと教えてくれればいいのに」
マーサの様子を伺うような質問にあっさりと答えると、プレゼントの方を向き悩みだす。
「ちょっと買いすぎちゃったかなぁ。子供服とかはちょっと早すぎたかも…」
それから思いついたように、手を合わせて。
「あっ、直接渡したいから、マーセルさんにエルサティーナに行けるよう予定組んでもらうのを頼んでこなきゃ。私、ちょっと行ってくるね」
そう言ってウキウキした様子で、二階のマーセルの部屋へと向かっていった。その姿を、イレナとマーサは呆然とその姿を見送った。
「ショックじゃないのかなぁ…?」
マーサはてっきりこのことを聞いたら、ベルが少なからずショックを受けるとおもっていたのでベルの反応に驚いた。無理しているのかと思ったが、そんな様子は見られない、本当に嬉しそうな笑顔だった。
イレナもさっきのベルの姿を思い出すように目を細めると、少し溜息を混ぜたように言葉をつむぐ。
「もう恋じゃないのかもしれないね。あの子の想いは」
「恋じゃない?」
イレナの言った言葉がわからずマーサは首をかしげる。
「そうさ。人の気持ちは変わるもの。あの子の中での大切って気持ちはこれからも変わらないんだろうけど、気持ちの種類はだんだんと変わっていくのさ」
「そういうものなのかぁ…」
マーサはいまいちイレナの言う事をいまいち掴みきれなかったが、イレナは自分よりずっと人生経験を積んでいる大人の女性だ、きっとその通りなのかもしれないと思った。
***
「おい、大変だぞ」
そう言って自分たちの家に駆け込んできたのはマーセルだった。後ろにはルミとウッドもいる。どうやら、マーセルたちも出かけていたらしい。ということは、マーセルの部屋までいったベアトリーチェは空振りだったのだろう。
「マーセルさん、お帰りなさい!」
案の定、マーセルの声を聞きつけたベルが二階から降りてくる。
それはともかくとして、マーセルの片手に持たれた雑誌を見て、マーサもイレナも溜息をついた。
「知ってるよ。レティシア王妃ご懐妊だろ?」
「ついでにベルも知ってるから、隠す必要もないからね」
「隠す?何で?」
マーサとイレナの言葉に、ベアトリーチェは首を傾げる。
しかしそんなのんびりした雰囲気の三人と裏腹に、マーセルは真剣な顔で首を振る。
「いや、それじゃない。これを見ろ」
マーセルがそう言っておいた記事は、自分たちが見ているものより急ごしらえの装丁で新しいものだった。号外だ。
そしてそこには驚くべきことが書かれていた。
「えっ…」
「いっ?」
「ええ!?」
三人はそれを見て驚きの声をあげる。特にベアトリーチェは口元に手を当て、目を見開いた。
『アーサー陛下、王位を退位』
そう書かれた雑誌。ベアトリーチェはテーブルの上の雑誌を掴み、目の前に引き寄せると、何度も目をその上に走らせる。
「どういうことなの…?」
記事の中では、アーサーは病気で王位を辞すことになっている。子どもが生まれるまでは、レティシアが国王代理として政務をとるとも。
信じられなかった…。子どもができたばっかりなのに…。かなり重い病気なのだろうか…。
ベアトリーチェの思考が心配で埋まって行く。
そんな中、コンコンと家の扉をノックする音が聞こえる。
「あー、もう今度は何?」
混乱している場、一番ショックを受けて動けないベアトリーチェの代わりに、マーサが出る。
「えぇっ、あ、あれ?」
そして扉を開けたマーサは、その場で固まった。そしてマーサが取り落とした扉が開き、一人の男がベアトリーチェたちの家に入ってくる。
「あ、アーサーさま…!?」
驚き茫然としていたベアトリーチェの目の前に現れたのは、病気で退位したと記事に書かれていたアーサー自身だった。
ただしその髪は金色から黒色に染められ、瞳の色も地味な色になっている。でもベアトリーチェにはすぐに分かった。この人が、アーサーだということが。
普段とは違う質素な服に身を包んだアーサーは、手に純白の花を纏めた花束を持ち緊張した様子でベアトリーチェの前にたつ。
「アーサーさま…、いったいどうしてここに…。この記事は、どういうこと…ですか…?」
久しぶりに姿をみたアーサーを、わけがわからずに見つめ、問いかけるベルにアーサーは掠れた声でいった。
「王は辞めた。病気というのは嘘だが、辞めたのは本当だ」
「どうして、そんなことを…」
アーサーの言葉を聞いても、ベアトリーチェはそれを理解できなかった。何故、アーサーさまがそんなことをしなければならなかったのか…。
目を見開いて呆然とするベアトリーチェに、アーサーは花束を差し出す。
そして言った。
「王でいるより、お前と一緒にいたいんだ。ベア、私と結婚してほしい」