第1話 計画
ここは、大陸一の王国、サラマン王国の首都リゲーダにある王城の執務室。
一人の男が右頬を触りながら、机とにらみあっていた。
男の右頬には剣でつけられた古傷があり、上手くいかない時に右頬を触るのが彼の癖だった。
そこへ、別の男が現れた。
「陛下、いい加減お休みになられてはいかがですか?」
彼は、ドマス。この国で5本の指には入るだろうと言われていた騎士だったが、右目を負傷してから、この国の宰相を務めるようになった。
ドマスの呼びかけでも分かるように、頬に傷を持った男こそこの国の王、ファンドだ。
5年前に父が死に、兄であるタイランが王位を継いだが、兄は金と女に溺れ国は荒れた。
「……そうだな…」
ファンドは上の空で返事をした。
ファンドが今考えているのは、サラマンの更なる繁栄だった。
兄には任せておけないと決意をし、ドマスらとともに彼を倒したのが3年半まえ。
庶子である自分を認めようとしない貴族や大臣らを説得し、諸制度を見直すのに更に半年かかった。
それから3年かけて、なんとか国民の生活を安定させるまでに国は回復した。
戦争に駆り出され、男手がいなくなり荒れていた田畑から、農作物がとれるようになり、なんとか国内に行きわたるようになった。
次に目指すのは、サラマン独自の文化の発展。
もともとサラマンは、楽器や服飾品などを作る職人が多く、それを他国に流通することで栄えていた国だった。
その最大の取引相手が、隣国チール国。チール国は小さい国ながらも、優秀な演奏家が多かった。彼ら自身が使う楽器はもちろん、彼らが各国を演奏して回るたびに、彼らにあこがれる市民や、教養として身につけようとした貴族らが、こぞって楽器を買い求めていた。貴族に至っては、その腕前披露のために、豪華なドレスやら、宝石やらで着飾るため、サラマンの優秀な職人たちは国外でも人気だった。
しかし、チール国でも5年前に王が暗殺され、国が荒れた。演奏家たちも多く失われた。
サラマンには職人が多かったものの、それを演奏するような文化はあまり育っていなかった。
一部貴族の子息たちが教養で楽しむくらいだ。
「せっかく腕のいい職人がいるんだ。なんとか国内でも需要を上げられないかと思ってな。」
「ですがあまり根を詰められてはお身体が……。少し休まれてはいかがですか?」
「そうだな。すこし気分転換に散歩でもしてくるか。」
言いながら、席を立ち扉の方まで歩きながら、思いついたように振り向いた。
「お前もしばらく休んでないんだろ。今日はもう休め。
その代り、夜にまた3人で飲もう。セイターにも声を掛けといてくれ」
「かしこまりました。」
控えていた衛士とともに庭に出たファンドは、風にのって聞こえてくる小さな音に気付いた。
近づくにつれ大きくなってきた音は、ファンドに何とも懐かしい想いを呼び起こした。
その音は、琴を奏でる音だった。
「あの音は?」
ファンドは後ろをついてくる衛士に尋ねた。
「おそらく、最近入ってきた女官のミーテによるものだと思われます。最近女官たちは密かに彼女に琴を習っているとか。
私たちの間でも話題になっているのですよ。一生懸命に働く姿がかわいいって。」
「……そうか。もう戻ろうか。」
ファンドは考えごとをしながら自室に戻った。
同じころ、ドマスは自分の執務室にいた。
「ドマス様、お茶をお持ちいたしました。あと、こちらを。いつものお薬です。今日は陛下やセイター様とお酒を飲まれるとお聞きしましたので。」
「ありがとう、ナニモ。いつも悪いね。」
ナニモはドマス付きの女官である。酒に弱いドマスのために、いつも飲む前に薬を持ってきてくれる。
本来ならば、王以外の男性は王城には住まず、城下から登城してくるのだが、ドマスは王城の一室に住み込んでいた。
ファンドが王位についてから昼夜を問わずは、国を立て直すために多くの仕事を抱え、昼夜を問わず共に仕事をしていたため、特別に城の一室を借りて住むようになっていた。
そのため、異例ではあるものの、何人かの女官がついてくれている。
「ところで、その指は?」
ナニモは指に包帯をしていた。
「これは……。同室の女官に琴を教わっていまして。その……、引いている途中で弦が切れてしまって、少し切ってしまったのです。」
「そうですか。気をつけてくださいね。それにしても、琴を弾ける女官がいたのですね。」
「はい。やはり、女性が楽器を学ぶのは珍しいのでしょうか?」
「そんなことはないですよ。確かに、サラマンでは楽器をたしなむのは男性が多いですね。でも、他国では、むしろ女性の方が教養として楽器を学ぶことが多いのですよ。ナニモも上達したら、ぜひ私の笛と合奏したいものですね」
「そんな。ドマス様の笛に合わせるだなんて、そこまで上達するのは難しいかと……。でも、ありがとうございます。サラマンでは女性が楽器を学ぶのが珍しいので、少し恥ずかしかったのですが……。ドマス様のお陰で気が楽になりました。」
「それはよかった。でも、けがには気をつけて頑張ってくださいね。」
「はい。」
そして夕刻になり、ドマスはファンドの執務室に向かった。
セイターと3人で飲むときにはいつもファンドの執務室で飲むのだ。
むかし、3人で、国のこれからを相談しながら、食事をし、酒を飲み交わした。その名残が今も続いていた。仕事に関係なく飲むときでも、ファンドの執務室で飲むのが常になっていた。
「遅くなりました。」
ドマスが部屋に入った時には、すでにファンドとセイターがそろっていた。
セイターは、ファンドの父の妹が国内最大の貴族・ビガー家に嫁いで生んだ息子。つまり、従弟なのだ。
父親は10年も前になくなり、騎士としての務めもこなしながら、当主としても領地を支えてきた。今や、第一騎士団つまりは、近衛団の団長を務めている。
「やっと来たな。人を呼びつけておいて遅いぞ。」
セイターが小さな嫌味を投げかけた。
「悪かったな。ちょっと調べごとをしていたんだ」
「俺には、休めという癖に、お前だって仕事をしていたんじゃないか」
ファンドにまで嫌味を言われてしまった。
「私も休むつもりでしたが、少し気になる噂を聞きまして……」
「噂?」
「ええ。最近入った女官に関する噂です。」
「へー。その女官、美人なのか?」
セイターが真剣な目で問う。彼は無類の女好きなのだ。
「……それは知りませんが、その女官なら、陛下の計画の役に立たないかと思いまして。」
「最近入ったとかいう、ミーテという女官のことか?」
「もうご存知でしたか。その女官が他の女官に琴を教えているそうで……」
「琴を弾く女官かぁー。ミーテちゃんねぇ―。うん。名前もかわいいし、会ってみたいなぁー」
「そうだな、弾き手が増えれば需要も高まるだろうが……。だが、女官たちではなかなか自分では楽器を買うほど自由になるお金もないだろうな」
「ですから、その女官を陛下付きの女官にし、常に琴を弾かせるんです。陛下に気に入られたとなれば、貴族の娘たちも琴を習いたいと思うでしょうし、女官たちの中には、共同でお金を出し合ってなら買ってもいいと思っている者もいるようですよ。」
「きっと小さくて、かわいらしくて、女らしいこなんだろーなー。きっと、男には免疫のないピュアな子に違いない。ああ、会ってみたいなぁー」
セイターの妄想を無視して、ファンドとドマスの計画は続く。
「そうか、それなら良いかもしれないな。だが、その者にも仕事があるのだろう?」
「ええ。ですが、女官長には相談済みです。どうしてもミーテが必要であれば、彼女を陛下付にして、彼女の今の仕事は別のもので分担できるそうです。」
「そうか。とりあえず、本人がどう思うかだな。」
「そうですね、明日の朝にでも……」
「今、呼べば良いじゃないか。」
妄想から戻ってきたセイターが言った。
「ですが、こんな時間ですし。」
「酔っているな。こいつ。」
「酔ってなんかないですよ、陛下。善は急げって言うじゃないですか。それに、俺もドマスも、自分で言うのは何ですが、笛の名手って言われてるくらいなんですよ。その女官の腕を確かめるのにはちょうどいいと思いませんか?」
「それもそうだが……」
こんばんは。
さくあです。
私なんかの小説を読んでいただきありがとうございます。
誤字・脱字には気をつけていますが、もし、気がついた方がいらしたら、御連絡下さい。
これからもよろしくお願いいたします。