王都からの制裁 — 辺境の繁栄は不正の証拠?
予想通り、王都が動いた。
四領経済圏の基本合意書が成立した翌週、王命として「辺境領に対する臨時関税」が通達された。朝、マリアが執務室に通達書を持ってきた時、わたくしは新しい帳簿にインクを落としたばかりだった。ペンを置き、封書を受け取る。蝋の封印を指先で割った。
アルヴェスト領から王都を経由する全ての物流に、通常の三倍の関税をかける。名目は「辺境領の不正蓄財の防止と、王国経済秩序の維持」。
「——不正蓄財」
わたくしは通達書を読みながら、眉をひそめた。羊皮紙は上質なもので、王家の紋章が赤い蝋で押されている。インクは宮廷御用達の深い藍色。立派な体裁だが、書かれている内容はただの嫌がらせだ。
辺境伯が拳を握りしめた。骨が白くなるほど強く。顎の筋肉がひくりと動くのが見えた。武人が怒りを飲み込む時の仕草だ。
「これは——制裁だ」
「ええ。しかし、名指しはしていません。形式上は『辺境領全体』への臨時措置です。狡猾ですわね——辺境全体を巻き込むことで、わたくしたちだけを標的にしていないという体裁を取っている」
「聖女の仕業か」
「おそらく。通達の文面に『辺境の繁栄は不正の証拠』という表現があります。これは先月、聖女が王妃様の茶会で使った言い回しそのものですわ」
わたくしは通達書をテーブルに置き、指先で文面の該当箇所を示した。文字が揃いすぎている——お抱えの書記官が清書したものだろうが、元の下書きは聖女の手によるものだと確信していた。
マリアが追加の情報を持ってきた。王都の情報提供者——元同僚の侍女からの手紙だ。マリアはわたくしの侍女であると同時に、王都に独自の情報網を持っている。かつてわたくしに仕えていた侍女たちが、今も手紙を寄越してくれるのだ。その忠誠は、帳簿に載せようがない財産だった。
「聖女エリアーナ様が、国王陛下に直接進言されたそうです。『辺境伯領の急速な発展は不自然であり、悪役令嬢が不正な手段を用いている疑いがある』と」
不正な手段。わたくしはその言葉に、一瞬だけ唇を噛んだ。帳簿をつけることが、不正だと。数字を正確に記すことが、罪だと。
わたくしは手紙をテーブルに置いた。聖女の名は、帳簿の中で何度も見た名だ。あの人が動くたびに、数字が歪む。
「クレイグ様」
「ああ」
「制裁は来ると思っていました。対策も準備してあります」
わたくしは椅子から立ち上がり、書架から帳簿を一冊取り出した。背表紙に「制裁対応策」と記してある。辺境伯が目を見張った。
帳簿を取り出した。——正確には、帳簿ではない。制裁を想定した経済シミュレーションだ。三週間前にわたくしが夜通しで書き上げた、全四十二ページの想定問答集。関税が二倍になった場合、三倍になった場合、全面禁輸になった場合——それぞれの対応策がインクの細い文字で埋め尽くされている。
「王都経由の物流に三倍の関税がかかるなら——王都を経由しなければよいのです」
地図を広げた。ペンで代替ルートをなぞる。指先が地図の上を滑るたびに、新しい交易路が浮かび上がる。
「四領経済圏は、既に北のパルメシア自由都市と直接交易路を持っています。南のフォルスト男爵領を経由すれば、海港にもアクセスできます。王都を通さずに、必要な物資の八割は調達可能です」
わたくしはペンで地図上の各ルートを指し示した。赤い線が蜘蛛の巣のように広がっている——わたくしがこの一か月で描き足した代替交易路だ。
「残りの二割は?」
「辺境でしか採れない鉱石と薬草の輸出です。これは王都が買い手側ですから、制裁をかければ王都自身が困ります。鍛冶ギルドと薬師ギルドが黙っていないでしょう」
わたくしは帳簿の該当ページを開いた。鉱石の出荷量と王都の消費量を並べた表がある。数字は嘘をつかない。
辺境伯が地図を見つめた。
「つまり——制裁は、王都にとって自傷行為になる」
「はい。数字は残酷なほど正直です。そしてそのことを、数字で証明する報告書を——」
わたくしは新しい書類を取り出した。夜を徹して清書した報告書。インクの匂いがまだ新しい。
「王都の商業ギルド連合に送ります。制裁によって王都側が被る損害の試算書です。数字が、最も説得力のある使者になりますわ」
辺境伯が書類を読み、目を見開いた。
「……王都の年間損害が金貨二万枚?」
「控えめな試算です。実際はもっと大きいでしょう」
辺境伯が書類から顔を上げた。その目に、驚きと、そしてかすかな畏怖が浮かんでいた。帳簿の数字は、時に剣よりも鋭い。
わたくしは帳簿に新しいページを開いた。
「制裁を止めさせるのではなく、制裁を逆手に取ります。これを機に、王都依存からの完全な脱却を——」
わたくしは帳簿の新しいページを開き、見出しを書いた。
ペンを走らせた。新しい帳簿の項目。「自立経済圏の構築」。
インクが羊皮紙に染みていく。この一行が、辺境の未来を変える設計図の始まりだ。
「始めましょう」
辺境伯が頷いた。その横顔には、もう怒りはなかった。代わりに——覚悟があった。




