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ようこそ、魔術技術部魔術陣製図班へ  作者: 雨子


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大型魔術陣なんて描いたことないが?

処罰がない。

大掛かりなサボタージュから数日、てっきり謹慎処分があるかと思ったが、さしたるお咎めはないままだ。

慣れてきた魔術陣の製図を始めながら、そっと製図班班長であるヴァージニア・ヘンストリッジへの席と目を向ける。

暫く前にノアをここに連れてきた老女は、どこからかわからないお茶の誘いを受けて、席を外していた。

いつだって上司はどこ吹く風といった感じで、何を考えているのかわからない。


仕事を拒否したのだ、相応の処罰があって然るべきはず。

だから不思議に思って聞いてみたが、「製図班は人手が足りないので、働かせることで処罰相当にしています」という回答を貰っただけだった。

謹慎処分や減給が無いなら、勿論それに越したことはない。

けれど、ノアが在籍していた魔術塔では規律が厳しく、しょっちゅう誰かが処罰と称しては掃除当番をこなすだけの日々を送らされていたりしていた。

ここが魔術師の墓場なのは知っているが、些か緩すぎるのではないだろうか。


そこまで考えてから我に返り、線を滑らせる紙へと意識を向け直した。

危うく線がブレるところだった。

安堵の息を吐きながら、ゆっくりと紙の上に青の線を描いていく。

楕円から始まる魔法陣は川の水から細かな汚泥を排除する、いわば濾過の役割を果たすものだ。

水が関わるのだからインクは青だと思われがちだが、使われるのは黄色のインクだ。

また小規模な討伐隊が組まれるのかもしれない。

チクリと胸を刺す感情と裏腹に、均一な太さの線が魔法陣の形を成す。

そうしたら乾かす為に、部屋の中に張られた紐に吊るして暫く待つだけ。


考えを振り払い、次にどの依頼を描こうかと、依頼の貼られたコルクボードへと視線を向けた瞬間、フラリと人が入ってきた。

「あ、バーネット副班長」

フレックが名前を呼んだのは、魔術塔の最下層にある魔術技術部の一つ、製造班に所属するれっきとした魔術師だ。

とはいっても、ローブも杖も身に備えていない彼は、代わりに防火と防水の魔術陣が施された足首まで隠れるエプロン姿。

その姿から大半の人々は、バーネットを魔術士ではなく技術士と思うだろう。

実際、製造班に所属すると、魔術よりも手を使った作業が多い。


ノアも魔術塔に所属していた時に一度、彼の作る魔術道具を見学したことがある。

事前に防壁魔術を発動させておいたお陰で怪我は無かったが、目の前で盛大に爆発したことは忘れてなどいない。

主に開発課の発案によって、技術製造班が試作品を作成するわけだが、ほとんどが上手くいった試しがないのは誰もが知る話で。

結果としてバーネットは、幾つもの爆発物を作る男として有名な人物だった。

もっとも、彼だって別に爆発物を作りたいわけではないだろうが。


「わざわざ製造班がここまで来たってことは、また面倒な事を頼む気だろ?」

大袈裟に顔を顰めて見せたスタンが手で追い払う仕草をするが、バーネットは気にした様子も無く手にした一巻きの紙をパラリと広げてみせる。

「製図班にテスト依頼だ」

それも、そこに描かれていたのは、隙間もない程にびっしりと書き込まれた魔術陣だった。


以前にスタンが魔術陣の上に魔術陣を描いた「重ね描き」ではなく、メインとなる魔術陣の中に、いくつかの魔法陣を描き加えていく「複合」だ。

ノアも学生時代に一度描いたことはあったものの、安全性を考えて二種を複合させる程度。

「これ、詰め込みすぎですよ」

呆れとも受け取れる声音でフレックが言う。

「四か?」

しげしげと眺めながらスタンが口にすれば、「五だ」とすぐに返答がきた。


複合の魔術陣は二種か三種が精々だ。

それぐらいバランスを取りながら描くのが難しく、同時に数を増やす程に描き漏れなどが発生する。

描き損じた魔術陣など、発動すれば爆発するか何も起きないまま終わるかのどちらか。

そんな中で六種の魔術陣は規格外だ。

発案者は余程の天才か、もしくはとんだ異常者だろう。

ふと、どこかの王子を思い出したが、すぐに頭から追い払った。

あれには当分関わりたくない。


「このサイズでの、魔術陣の発動は成功した」

したんだ。

そういった感想が、誰しもの顔にありありと浮かぶ。

「次はサイズを大きくして、どれだけ効果が上がるかの実験だ」

横に添えられたのは魔術技術部指定の報告書用紙。

そして嫌な予感。

「製図班にて六回の実験を行い、その結果を全て報告書にまとめて提出してくれ」

えー、という不満そうな声が上がっても、バーネットは気にした様子も無く淡々と話を進めていく。


「製図の際はどのくらいの水準の魔術士であれば、これを描けるのかも確認したい。現在製図班にいる役職外の班員にて実施願う。

製図紙のサイズは1号用紙と4号用紙を使用のため、こちらで魔術塔横の開発棟地下を押さえてある」

無意識にノアの顔が引き攣った。

いくらなんでも魔術陣が大きすぎる。

1号用紙は一辺10mの巨大な用紙で、ノアは描いたどころか、そのサイズの用紙を見たことすらない。

4号用紙は一辺1mとまだ小さいが、それでも普段使用している一番大きな紙の倍以上ある。

こちらも講義として学んだ程度で、実際に描いたことはない。

すっかり製図班として仕事ができるつもりになっていたが、そんなことはなかったのだ。

「ヘンストリッジ班長の許可は貰ってある。

文句は受け付けん」

速やかに実施するようにとだけ言い残し、バーネットはさっさと部屋から出て行く。

部屋に残されたのは、顔を見合わせた三人と、そして他に残っていた不機嫌面の二人だった。




ターナー・レヴィンスとアラベラ・モリソンの二人は、どことなく陰気な雰囲気を漂わせた二人組だ。

片方は四十代半ばといった中年男性で、もう片方はノアより更に年下に見える少女だ。

どちらも陰気な雰囲気を漂わせ、時に少女がヒステリックに怒鳴る姿を見ていることから、親子のように映るが実際そんなことはない。

アラベラ・モリソンは魔術人形。

いわゆる人間ではないからだ。


薄い金属板にガラス質の釉薬をかけて作られた素体の中に、ノアでは学んだことがないような魔術陣を刻み込み、そこに古き魂を定着させる技術であるらしい。

それが魔術人形だ。

とはいえ、ノアも基礎授業で話を聞いた程度で、学園では技術系の選択授業は取らなかった。

なので、いまいち理解していない。


「面倒だから早く終わらせるわよ」

アラベラが心鬱陶しそうに言い放ち、近くにあったコンパスを手にする。

1m丈のコンパスは、アラベラの腰を越えた高さがあり、まるで小人が器具で遊んでいるようだと思う。

けれど慣れた手つきで、針ではない方の脚の先、ペン先代わりの烏口の傍に据え付けられた小さなインクカップに赤のインクを注ぎ入れる。

そのままターナーが広げた紙の上に迷いなくコンパスの針部分を刺し、ぐるりとコンパスを回して丸い線を描いた。そこにブレなど一つもない。


僅かな隙間を残した円の中へ、今度は何度もコンパスの位置と違う色を入れたインクカップを変えながら、小さな円を描き上げる。

そうかと思えば、コンパスを紙から離した途端に、ターナーとアラベラが二人して描き込み始め、いつの間にか並べていた四色のインク瓶へと、思い思いに自身のペンを浸している。

息の合った動きと、さして見ずに描き上げられていく魔術陣。

僅か十数分で描き上がったのは、彼女達の腕が良く、そして息が合っているからだろう。

自分達でできるのかと考えて、ノアは無理だと結論付ける。

コンパスを手にしてみたが、脚を回すことはできても、同じ太さの線を描くことができない。

均等な力で回し切れないのだ。

片手で回せるサイズであれば苦労しないが、自身の身の丈の半分をゆうに超える代物で魔術陣を描くことが、ここまで難しいと思わなかった。

彼らは器用に大きな魔術陣を丸く束ねると、次の作業に取り掛かる。


次は一号用紙だ。

先程よりも遥かに大きな紙を手慣れた様子で広げると、四辺の端に待ち針のような杭を刺す。

すぐに双子針を取り出せば、先程と同じようにインクカップに赤色の瓶を傾けた。

ターナーが紙の中心で双子針の片方を押さえ、それを軸にアラベラが滑るように歩き始める。

インク量の関係か、先程よりも足取りは早けれど、少しだけ細くなった赤い線は途切れることもなく軌跡を残していく。

線を繋げないまま隙間を残せば、すぐにターナーが害隙間を閉じないようにしながら、起点に双子針を刺す。

その間にインクカップにインクを足していたアラベラが、魔法陣を見ずに線を描く。

楕円を。半円を。

そして、アラベラから双子針を受け取ったターナーが、想像以上の早さで魔術陣の一部である古代文字を記していく。


結論。

やはり自分達にはできそうにない。

フレックとスタンで描いているのも見るが、やはりどことなく歪だった。

ならば、アラベラとターナーに全て描いてもらうのが最善手だろう。

彼女達とは関わり合いになる気が起きなくて、普段から話したことも無かったが、なんとしてでも交渉を成功させなければならない。

「あのさ、」

ノアがどう頼もうかと言葉を選びながら、二人に近づこうとする。


──描き上げたばかりの魔術陣の紙の上を歩いて。


「そこの馬鹿、そこを歩くんじゃないわよ!」

甲高くも鋭い声に、脚を縫い留められたようにして立ち止まったノアの視線が下へと向かう。

一番外側の曲線を最後に繋ぐために用意した、インク溜まりに。

それが足を置いたことで、擦られて起点へと繋がり、

「退け!  発動するぞ!」

普段喋ることの無いターナーの声に、粟立つ悪寒が背中を走った。


魔術陣が発動の光を一瞬放つ。

それを視界に入れながら、ノアは身を捩りつつ足は離れようと走り出していた。

スタンがこちらへと手を伸ばし、フレックが詠唱しているのは土の防壁魔術だろうか。

あれ、敵の姿が見えなくなるから嫌いなんだよな、と妙に冷静なことを考えながら、縺れそうになる足を交互に動かす。

背中でゴウと熱気が音を立てて背後の空気を焼き、熱風が押し寄せるのはつむじ風の魔術なのかもしれない。

手首を掴まれて引っ張られる。

「毛先、少し焦げたな」

呑気なスタンの声に、苛立ちと安堵をない交ぜにしながら振り返れば、開発室の床が奇妙な形に凹凸した形状を作り上げていた。

「火、風、土で三つ。次は水か」

フレックが硬い声音で言えば、途端、周囲が視界を悪くするほどに水蒸気が立ち込める。

周囲の湿度が高くなる感覚が、呼吸がしにくい気がして気持ちが悪い。


「後一つは何でしたっけ?」

緊張した声音聞いてくるフレックに、ノアは首を横に振って返す。

「多分、赤としか」

赤色が多かったことから火だとは思うが、どういうバランスで構成したのかよくわからないから、見たままを描いていたので今一つはっきりしない。

フレックもスタンも同様で、それぐらいに複雑だったのだ。


だが、ノアの言葉にスタンが表情を強張らせる。

「防壁を風属性にして、もういっちょ張るぞ」

と言うが否や、口早に詠唱を始める。

いきなりなんだと言いたくなったノアだが、晴れぬままの水蒸気に不穏さと、それから既視感を感じた。


……あの時も水属性の魔法だった。

敵の視界を遮るために、大掛かりな水蒸気が起こされて。

それを見ながら何気なく放った魔術は。


「水蒸気爆発!?」

ノアの上げた声すら飲み込む、やたらと大きな炎の生まれる音。

思わず強く目を瞑った中、スタンの詠唱が終わっていた。

そして恐る恐る目を開けば、想定した爆発音もないままで、火柱が防壁の向こう側で見えるだけ。

どうやら思ったような効果は出なかったようだった。

数分もすれば全て消えていったが、変形した床と一緒に残ったものがある。


「これ、複合にする意味あるか?」

ボソリと呟いたスタンの声に、そうだよなとノアも思う。

最後の魔法陣二つを組み合わせて成功すれば殺傷力も上がるが、結果として思わしくないし、わざわざ他の要素を足す必要がない。

それにこれ一つしか用意せず、発動しないリスクを避けるならば、複数置いた方が敵も引っ掛かりやすいし発動率も上がる。

そもそもの話であるが、これを一つ作るよりも、単純な魔法陣を同じだけ描いた方が遥かに早い。

何一つメリットが見出せなかった。


そんなことを考える三人に届くのは、怒りを帯びたヒステリックな声。

「何やらかしてくれるのよ!」

隠そうともしない感情が広い部屋に響き渡る。

「あんた達のせいで、危うくあたしが破損するところだったじゃない!

誰が、どう、落とし前を着けるつもりよ!」

最後はもはや叫びだ。

女性特有のやや高い声が耳にぶつかって、爆発するかのように痛みを残して消えていく。


「アラベラ、そんなに怒るものではない」

そして彼女を諫めるのは、意外なことに魔法陣を駄目にされたターナーで。

だって、となお言い募ろうとする少女に肩を置いて、首を横に振ってノア達を見てくる。

視線に宿る感情は怒りではない代わりに、同情だって欠片も無い。

ただ、続く言葉はノア達を地獄に落とすものだった。

「既にノルマの半分は私達で描き終わっている。

残りは彼らが描くだろうから、私達は報告書を書いて帰ろう」

アラベラの表情がすぐさま変わる。

怒りから変化したそれは、あきらかに「ざまあみろ」と言っていた。


反論の言葉が無い。

交渉に持ち込む前に、話すらできない失態をしたのはノアだ。

同僚として助け合うべきと言いたくても、コミュニケーション不足や、自身が関わらないようにしていた事実だってある。

あちらだって、ノアの態度から察しているはず。

結果として、意気揚々と部屋を出て行くアラベラと、それに付き従うターナー二人を止めることが出来ずに見送るしかなかった。

「今日は徹夜になりそうですね」

苦笑気味のフレックの声が届くのと、ドアが閉まる音が響くのは、ほぼ同時だった。




翌日、製図班の部屋にいるのは、アラベラとターナーの二人だけだった。

「今日は体調不良の人が多くて。

事情を話して仕事量は多少減らしてもらったので、二人のペースで進めてくださいね」

部屋に入ってきたヴァージニアの穏やかな声に、アラベラとターナーは顔を見合わせる。

「どうにも、製造班からあった製図の依頼がついさっきまで行われていたらしいの。それに報告書は未完成。

今日は製図できる状態では無いだろうから、あの三人には終わったら仮眠室に行くように伝えています」

そうしてからヴァージニアが少しだけ悪戯っ子のような笑みを浮かべ、

「次回からは三人も、大きな製図を問題無くこなせるでしょうね」

と話を終わらせた。

もう一度アラベラとターナーは顔を見合わせ、それから小さな舌打ちと溜息を響かせてから、共に仕事を再開した。


後で書き直すきがするのですが、一旦投稿で。

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