【短編小説】青春PLAYファック
悪趣味に再解釈したガウディ建築みたいなラブホテルの、やたらとスプリングの悪いベッドに腰かけて、これまた昭和的でも平成的でもない悪趣味な模様の壁に掛けられた横に長い鏡越しに見える白い背中を見ながら、思わず
「は?」
と訊き返してしまった。
冷たい色をしたLEDで光る女の白い背中は再び言った。
「だから、今日はもう帰るの」
それはさっきも聞いた。
指に挟んだ煙草を灰皿に押し込むか考えて、もうひと口だけ吸ってから灰皿でもみ消した。
振り向くと、当たり前だが鏡で見ていた続きの動き──ブラジャーをつけようと背中に回す手が見えていた。
白い背中のあまり無い肉を前に持っていきながら、女は聞いた事もない駅の名前を言った。
「どこだよ、そこ」
消えきらない煙草が灰皿の中で薄い煙を上げているのが視界の端で見えた。
その瞬間に分かっているのは、その火も放っておけば消えることと、この女が今夜は泊まらずに帰る事だけだった。
「自分のところの最寄り駅か、それ」
時間稼ぎにしては間抜けな質問だし、腰の引けた呼びかけ方をしたと思う。
お前と言うような間柄ではないが、君と言うほど遠くも無い。
しかし名前を呼び捨てにするには関係性が爛れているし、そもそも何という名前だったかも曖昧になっている。
大体、聞いた名前が本名とは思えない。
名前なんて記号だと言うほど割り切れてもいないが、こうやってお互いに匿名で遊ぶには事足りている。
だからこそ、その空間に駅の名前が出されると現実味が無い。単にその生活感を否定したいのかも知れない。
女はすっかり服を着てしまうと、あとは何も言わないでホテルの部屋を出て行った。
追いかける気にならず、そのままベッドで横になって何回か雑なオナニーをした後でそのまま眠った。
翌朝、ベッドでテレビニュースを見ていると、人身事故の速報が流れてきた。
聞き覚えのある駅だと思ってよく見ると、それは昨夜あの女が口走っていた駅だった。
実際にあの女が飛び込んだのかは知らない。
恋人や旦那に突き飛ばされたのか、同僚に恨みを買っていたのかも分からない。
メッセージアプリの反応は無かった。
あの女は死んだのかも知れない、と思った。
実際にはこの関係性を終わらせただけで、ニュースで見た人身事故は偶然に起こった他人のものかも知れない。
いずれにせよ、あの女とそれ以降の連絡はつかない。
つまり、あの女は死んだと言うことだ。
ホテルを出ると、広い海の真ん中へいきなり放り出されたような気分になった。
それなのに地面はやたらベタベタとしていて気持ち悪かった。
そのまま繁華街をうろついて、怪しい風体の男にマリファナがあるかと訊くと殴られた。
痛む頬を摩りながらその日は諦めて家に帰ったが、帰路も家もまるで知らない場所みたいに感じて、再びホテルに戻ってしまった。
コンビニの粗悪なタンパク質と炭水化物を香料の効き過ぎたコーヒーで流し込んで、その日は眠った。
翌日も繁華街で同じ男を見つけた。
今度は訊く前に殴られて、訊いてからまた殴られた。
「しかし、しつこいねアンタも」
男は疲れた顔でそう言うと「明日また来なよ」と言った。
だから素直にホテルまで戻って、その日は何度かオナニーをして風呂を浴びてから眠った。
翌日、男は赤い髭のついた葉っぱが詰まった小さな袋を寄越して
「もう二度と来るなよ」と言った。
もう殴られたく無いからそのつもりだった。
自宅に帰るのも億劫だったからまたホテルに戻った。
部屋に入り、大きな画面にアダルトビデオを流して風呂を入れた。
パイプも巻き紙も無かったので、赤髭のついた葉っぱを灰皿に広げて火を付けた。
独特の匂いが広がる。
その煙を吸い込んで、肺に溜めた。
血の巡りが速度を落とした。
何度か繰り返すと筋肉が弛緩して言ったが、勃起が痛んだ。でもオナニーをする気にはなれなかった。
灰皿の煙を吸い込んだ。
いま、あの時と同じ部屋で同じベッドに同じような角度で座っている。
しかし鏡には何も映っていない。
肺に溜め込んだ煙を吐き出す。
脳味噌が痺れるような感覚になって、空っぽになる。
煙が立ちこめる部屋には彼女とのセックスが溢れかえっていた。
オナニーはできなかった。




