【IOF_93.log】日本人発見
お疲れさまです。
在オヤシーマ王国日本国大使館三等書記官兼ねて警視庁異世界警察署公安係巡査部長須田太基です。
勤務中異常なし。
いやあ、まさか自分が外交官になるとは思ってもみなかったね。
署が大使館になった日、屋上で国旗を見上げたとき、思わず泣けた。
望郷の念ともちょっと違う、だけど間違いなく祖国を思っての涙だったなあ。
昨日は、大使館開設を宿して大宴会だった。
神様も幽霊も王女様も領主様も大使も署員も、身分や地位に関係なく入り乱れての酒盛りで大騒ぎだった。
あれ? 王女様ってお酒飲んでいい歳だっけ? へべれけ酔っぱらってましたよ? ま、いいか。
幸い、署の周りは森ばかりだから、どんなに騒いでも騒音の苦情で110番が入るなんてことはない。
いつもは缶ビールしか飲めるものがなかったんだけど、昨日はお祝いということで城取主任が警務の酒蔵を開けてくれて、なんと一斗樽の日本酒が出てきたんだ。
日本酒は、領主様が大喜び。
あっという間に酔いつぶれたけど、みんな酔っぱらいだから車で送ることもできずに道場で雑魚寝。
今朝は、道場が死屍累々の惨状になっている。
警察署業務も大使館業務もないので、全員二日酔いでダウンしていても問題はない。
とはいえ、だ。
誰かは事務所にいた方がいいだろうと思った僕は、まだみんながぐったりしている間に道場でシャワーを浴びて1階に下りた。
念のため玄関も施錠しておいたので、鍵を開けて大使館の開館だ。あ、警察署も。
9時くらいになり、ようやくみんなが動き始めた。
領主さんは木村係長が車で送って行った。王女様は宿責の休憩室で寝かせていたので、優しく叩き起こして同じ車でご帰宅いただいた。美人は二日酔いでも美人だということを知った朝。
「こんにちは……」
まだ机に突っ伏している署員がいるところにお客さんが来た。
ん? オヤシーマ語じゃないね。
これ、日本語だよ!
言語補正が必要ないもん。
ちょっとみんな起きて!
日本語話者だよ!
「えっ、マジっすか?」
マジっすよ。ちょっと応対してくる。
「こんにちは。お待たせしてすみません」
玄関に行くと、そこにはご夫婦とその子供のように見える男の子がいた。
日本語で「こんにちは」と言ったのは男性。年齢は二十代半ばくらいに見えるね。
3人は、かなりくたびれた感じの服で、荷物も男性が背負っている背嚢くらいのもの。着の身着のまま家を出てきたかのようだ。
「私、リョーマいいます。日本の名を土田良真です」
署内がざわついた。
「立ち話もなんですから、お入りください。署長、お客様を相談室にお通しします」
署長に断って、3人を相談室に案内する。
3人を椅子に座らせ、冷えた麦茶を出した。
母親らしい女性と子供はガラスのコップに驚いていた。男性は、麦茶を一口含むと「ああ、日本だ……」と息を漏らした。
「リョーマさん、いや、土田さんとお呼びした方が?」
「リョーマで願いします。オヤシーマには平民苗字ないです」
「分かりました。リョーマさん。リョーマさんは日本人で転移か転生した方ですか?」
「はい。日本人、転移者です」
リョーマさんの日本語は、少したどたどしい。おそらく長い間日本語を話す機会がなかったのだろう。忘れかけているのかもしれない。
僕は、署長を交えてリョーマさん一家から話を聞いた。
リョーマさんの日本語は、ところどころ意味が分かりにくかったり、うまく表現できていなかったりして、何度か聞き返すような場面もあった。
ほぼ午前中いっぱいを使って聞き取った結果は次のようなものだった。
リョーマさん、日本名土田良真さんは、新潟県在住の高校生だった。
高校2年の秋、部活帰りの夕方、海岸線の国道を自転車に乗って走っているところで急に目の前が真っ暗に暗転、なにも見えなくなった。
すぐに視界は元に戻ったが、目に飛び込んできたのは新潟の海岸線ではなかった。
目の前を大きな川が流れる草叢に立ちすくんでいた。
当然、何が起こったのか理解することもできず、あたりをさ迷うことになる。
人と出会うが相手が何を言っているのかさっぱり分からない。もちろん、こちらの言葉も相手には通じない。
途方に暮れ、草を食み泥水をすすりお腹を壊しながら生きる道を探った。
自活能力のない高校生には、異世界でのサバイバルは厳しかった。
空腹に耐えられなくなり、道端で座り込み途方に暮れていたところを若い女の子に救われた。
女の子は、土田さんを自宅まで連れ帰り、体を拭き、着替えを与え、温かい食事を提供してくれた。女の子の家族も、見慣れない服を着た怪しい男にもかかわらず、特に警戒することもなく受け入れてくれた。
始めのうちは、言葉が通じず身振り手振りでの意思疎通だったが、土田さんが少しずつオヤシーマ語を聞き取れるようになり、やがて日常会話には不自由しない程度にまで理解が進んだ。土田さんは自分の名前を「リョーマ」と名乗った。
異世界で献身的に関わってくれた女性にほだされないはずがなく、土田さんはその女の子に恋心を抱くようになる。女の子の方も、まったく関心がない男を家に連れて行くはずもなく、やがて2人が恋に落ちたのは必然だった。
その女の子の名前は「アマリア」。土田さんの奥さんとなる人だった。
土田さんは、アマリアさんの両親の庇護の下、仕事を覚え生活能力を身に着けた。疲れを知らないかのように働く土田さんは親方たちから重宝がられた。
やがて、オヤシーマ王国で生きていくことができる目途が立ったことで、土田さんはアマリアさんと結婚、家を出てニコー街道沿いの宿場町で小さな宿を開く。
2人の間に男児が生まれ、家族3人で宿屋で生計を立てていた。
そんな折、宿泊客である行商人からテンテル様の再臨といわれる異世界人の話を聞く機会があった。
行商人によると、その異世界人は「ショ」なる巨大な建物とともにニッポンコクという国からオーメ領に集団で転移してきたものらしい、と。
土田さんは、「ニッポンコク」と「ショ」の情報から、その転移者が日本人の警察官であることを即座に理解した。
異国の地に同胞が降り立った。そして、それが警察官らしいことを知り、土田さんは自分の存在を知ってもらいたいという気持ちが沸き上がり、居ても立ってもいられなくなった。
それまで、土田さんは自分が転移者であることを家族には伏せていた。
行商人から話を聞いた夜、土田さんはアマリアさんに自分が異世界からの転移者であること、そして、行商人が話していた転移者と同胞であることを打ち明けた。
アマリアさんは、驚いてはいたが特に動揺することはなかった。アマリアさんにとって、土田さんが異世界人であろうと物の怪であろうと、そんなことは関係なく自分の夫だと言ってくれた。
土田さんが、同胞に会いに行きたいと話すと、アマリアさんは一も二もなく賛成してくれた。軌道に乗ってきた宿屋を畳むことになると言うと、先のことはそのときに考えればいい、あの行商人のように家族で旅をしながら暮らすのも悪くないと笑ってくれた。
宿屋のある場所からオーメ領までは長い旅になる。まだ4歳の息子を連れて行くのは忍びないと思い、両親に預けることも考えた。しかし、息子が一緒に行きたいと言うので家族3人で旅に出ることにした。
オーメ領までは、一度王都に向かい、そこからオーメ街道をひたすら国境に向けて進めばいい。
異世界に転移してから、地球にいたときより疲れを感じにくくなったので、つい歩くペースが速くなってしまい、妻と息子を疲れさせてしまったので、途中からゆっくりと旅を続けることになった。
オーメ領に着いて、転移してきた日本人がいるという「ショ」の場所を聞いたらすぐに分かった。オーメ領では知らない人はいないというほど有名だった。ただ、山道に入ってからはノライノやバンビスが出るので用心しろと警告された。
領都の人の説明通り、国境に向かう街道から逸れる道を見つけるのは容易だった。祖国で見覚えのある自動車が通った後にできる轍が数多く残されていたからだ。
その轍を追うように歩いて、今ここにいる。
新潟から行方不明になった土田良真さん……
もしかして、特異行方不明者なんじゃ?
「署長、特異行方不明者のリストと照合してきます」
「ああ、なるほど。お願いします」
特異行方不明者……行方不明者のうち、次のような状況が認められる場合が該当する。
1 殺人、誘拐等の犯罪により、その生命又は身体に危険が生じているおそれがある者
2 少年の福祉を害する犯罪の被害にあうおそれがある者
3 行方不明となる直前の行動その他の事情に照らして、水難、交通事故その他の生命にかかわる事故に遭遇しているおそれがある者
4 遺書があること、平素の言動その他の事情に照らして、自殺のおそれがある者
5 精神障害の状態にあること、危険物を携帯していることその他の事情に照らして、自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがある者
6 病人、高齢者、年少者その他の者であって、自救能力がないことにより、その生命又は身体に危険が生じるおそれがあるもの
もしかしたら、僕たちもそのリスト入りしていたかもね。
公安係のキャビネットからリストが綴られているファイルを取り出してインデックスを一瞥しただけで結果は分かった。
ビンゴだ。
9年前に新潟県内で高校の部活動に参加しているところが確認されたのを最後に行方が分からなくなっている。海岸線の国道で本人の自転車と荷物が見つかったものの、不審者の目撃情報などは一切ない。
土田良真さん。失踪当時17歳、現在26歳で間違いない。
署長に報告だ。
オヤシーマ王国で日本人が発見された。これは大事になる予感しかないね。




