【IOF_08.log】署内点検
お疲れさまです。
警視庁奥多摩警察署少年二係巡査長正村素乃子です。
「交通の木村係長と生安の正村さんは署内の人員確認をお願いします。署内にいる人は全員この1階に集まってもらってください」
停電後、私と木村係長は、宿責の福原代理から署内の人員確認を下命された。
停電のあと当番員になにをさせるかというとき、福原代理は警務の城取主任からメモをもらって、それを見ながら指示を出していたようだ。
なんとなく頼りない。
でも前向きに頑張っているのが分かるから「しょーがねーなー」っていう気持ちになる。
「よし、じゃあ上からと下から、どっちから行く?」
木村係長が署内を見て回る順番を訊いてきた。木村係長は、交通捜査係で元白バイ乗り。高校生のころは、ちょっとやんちゃしていたらしく、今でもマイルドヤンキーぽい雰囲気がある。
嫌いじゃないタイプ。だけど既婚者。ちっ
「そうですねえ、一旦最上階まで上がって、そこから下に向かいますか」
「おう、了解だ」
木村係長が親指を立ててサムズアップとともに、にかっと笑顔を向けてくる。
「エレベーター、一応使えそうですけど……」
「うーん、節電してくれって宿責からも言われちゃってるしな。ここは階段で行くか」
「はい」
奥多摩警察署は、最上階が地上6階なので、階段利用でも対して苦になることはない。
私、若いし。
署のフロアガイドを示すとこんな感じ。
地階 ロッカー室、ボイラー室、非常用発電機室
1階 警務課(会計係を含む)、交通総務係、交通規制係、署長室
2階 刑事組織犯罪対策課、生活安全課、留置場
3階 地域課、警備係、公安係、共用会議室
4階 講堂、道場
5階 単身者待機寮(居室、食堂、浴場)
6階 単身者待機寮(居室)
別館 交通執行係、交通捜査係
大きくもなく、小さくもない、かといって中規模というにはちょっと足りないくらいの規模感といえる。要は中途半端な規模。
今回は、寮員招集もかけるということなので、6階の寮から見て回ることにした。
普段、男子寮に女性が立ち入ることはないのだが、今は非常時なので気にしないことにする。ちょっと興味津々。
「宿直だけど、いるかー?」
木村係長が居室のドアを強めにノックする。
いや、それノックじゃなくてぶっ叩いてますよね。
何度かノックという殴打をするも、室内からは応答がない。
「開けるぞー」
他人の部屋に無断で入るのは気が引けるが、そうも言っていられないので二人で部屋に侵入する。
室内の照明は点いているが部屋の主は姿が見えない。
「いないのか。節電ってことだからとりあえず電気は消しとくか」
「そうですね」
同じように6階の居室を見て回るが、結局在寮している人は一人もいなかった。
「このへんじゃ夜遊びするようなところもないんだがな」
木村係長が頭をかきながら5階に降りる。私もそれに続く。
結局、5階にも誰もいなかった。
ただ、気になることはいくつかみつかった。
まずひとつめが、食べかけのカップラーメンがみつかったこと。
誰もいない部屋に食べかけのカップラーメンがあるというのは、どうにも不自然だ。食べていた人はどこに行った?
気になることのふたつめ。
洗濯室で洗濯機が回っていたこと。
これも同じく洗濯をしている人がいて然るべきだ。なぜいない?
気になることの最後、どの部屋もゴミがまったくないこと。
みんなそんなにきれい好きなの?
各部屋のゴミ箱は空っぽだし、食堂にある自販機脇の空き缶やペットボトルを捨てるゴミ箱も空。厨房にゴミがないのは、まあいいことだからこれはよしとする。
というわけで、直前まで人がいたような気配はあるものの、肝心の寮員が誰もないという不可解な状況。
「4階は講堂と道場だから酔っ払いが寝てでもしてなきゃ誰もいないだろう」
「そうはいっても、一応見ておかないと」
「お前はまじめだな」
「まじめが服を着て歩いているようなもんだと言われますから」
「じゃあ、お前の服を脱がせたらまじめが出てくるのかよ」
「脱がしてみます?」
「あ、いや、すまん。いまのなしで」
「勝った」
私はどや顔を決めてやった。
逆セクハラのようなことをしながら4階の講堂を点検する。
誰もいない。
「俺は風呂場を見てくるから、お前は道場と助教部屋をたのむ」
「はい」
私たちは二手に分かれて道場とそれに付属する浴室や先生の部屋を見て回った。
「いないな」
「いませんね」
この階は、誰もいないだろうという予測が立つので特に不審を抱くこともなく3階を目指す。
「3階は、地域幹部室と警備とハム(公安係)だな。今日の裏番に当たっているやつはいないから、ここもたぶん誰もいないだろう」
「そうですね。でも念のため。あ、脱がします?」
「脱がさねえよ。会話の途中省略がすぎるだろ」
「宿責が節電を訴えていましたし」
「お前は電気仕掛けかなんかかよ」
「あと、私はお前じゃありません。正村素乃子25歳処女です」
「お、おう。なんか余計な情報ぶっこんできやがったな」
木村係長はいじりがいがある。
「やっぱり誰もいねえな。会議室も空っぽだ」
「じゃあ2階に期待ですね」
2階は留置場があるから誰かしらいるはずだ。それと、うちの課で裏番の安田係長がデスクにいるに違いない。
「さて、じゃあ留置場から行くか」
「はい」
二人で留置場の入口手前にある留置事務室に入る。
「あれっ、いねえな」
「就寝準備で中に入っているかもしれません」
「お、そうか。そんな時間だな」
「褒めてくれていいんですよ?」
「褒めるようなことじゃねえだろ」
「泣きますよ」
「わかったよ、いい着眼点だった。えらかったぞ」
「ふんす!」
木村係長にがしがしと頭を撫でてもらい満足な私。
「それじゃあまあ中を呼び出してみるか」
木村係長が留置場入口の壁に取り付けられた呼び出しボタンを1回だけ押した。
呼び出しのボタンを押すと、場内のブザーが鳴る仕組みだ。
ブザーが一回のときは巡視の合図。
「んー、反応ねえな」
ブザーを鳴らして少し待っても中から人が来る気配がしない。
入口ドアの覗き窓の仕切りが開いていたので、そこから中の様子を窺う。
「まるで気配がありません。人の声もしません。就寝準備ならその旨の札が外に見えるようにしているはずなのに、それもありません」
「今日は何人だ? ちょっと事務室のボードを見てくれ」
木村係長に指示されて、事務所の壁に掛けられている大きなホワイトボードを確認する。
ホワイトボードには、そのときの被留置者が何人でどの部屋に入っているのかが一目でわかるようになっている。
「今日は3人です」
「そうか、なら就寝準備をしてていいはずだ」
「そうですね」
「外から鍵を開けて入るか。いや、でもそれには人数をそろえなきゃならねえ。ここは一旦他の部屋を確認して、1階で集合したあとに入る方がよさそうだ」
「了解しました。そういえば、留置場は城取主任が確認していたはずです」
「そうだった、そうだった。いずれにせよ要再確認だな」
私たちは、留置場を離れ隣の刑事組織犯罪対策課に向かった。
「裏番もいねえし日勤で残っている奴もいねえ。だいたい誰かしらいるもんだけど、どうしたんだ?」
刑事組織犯罪対策課の大部屋に誰もいないのは本当に珍しいことだ。別になっている鑑識係の部屋もお留守でしんと静まり返っている。
「私、生安を見てきます」
「ああ、頼む」
生活安全課なら反対番の安田係長がいるはず。
「安田係長ー、いますかー?」
生活安全課に顔を出しつつ声をかける。
応答なし。
「安田係長―」
姿が見えないのは分かっているが、とりあえず声をかけつつ安田係長のデスクに近寄ってみる。
「んー、トイレでも行ったのかな?」
安田係長のデスクは、事件書類が出しっぱなしで、パソコンも書類作成途中のままだった。
「さすがにトイレでも事件書類を出しっぱなしで行くことはないはず」
私は首をひねらざるを得ない。
そのあと、2階の男女トイレに誰もいなことを確認して木村係長のもとへ戻った。
「生安も誰もいません。トイレもです」
「そうか。てことは、いまここには宿責と起き番だった連中しかいないってことになるな」
「そうなります。あ、反対番の楓夏が被害臨場するって1階にいて、さっき奇声を上げて騒いでいたから起き番だけというわけでもなさそうです」
「そういえばそうだったな。とりあえず署内の点検は済んだから宿責に復命するか」
「はい」
私たちは嫌な予感をひきずりながら1階へと階段を降りるのだった。




