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【IOF_87.log】国交樹立

 開国してください。

 ジョシュア・タマ・ヘキチ辺境伯の娘ローレンシア・コリ・ヘキチ(ローレンシア・メグロ・テンテルウス=オヤシーマ王国第四王女)でございます。

 ごきげんよう。


 日本へビデオレターをお送りしましたら、なんとすぐにお返事が届きましたの。

 フクハラ様を通じて伺ったところによりますと、「国交を結ぶ話し合いの席に着く用意がある」とのことですって。

 わたくしとしては、すでに娼館の疫病対策にもお力添えいただいておりますし、国交のお話をお断りになることはないだろうと思っておりましたけれど……それにしても、あまりの早さにはびっくりいたしましたわ。

 我が国では、なによりもまず情報を伝えるのに時間がかかりますもの。

 決めごとなんて、正直なところお父様が「うん」とおっしゃればそれで済んでしまいますの。

 極端に申しますと、わたくしが後ろからそっと頭を押して差し上げれば、首くらい簡単に縦に振れますわよ。ふふ。


 ビデオレターを撮り終えたあと、わたくしはすぐに辺境伯領へ戻りました。

 お城は、どうにも息が詰まる気がして……。

 牧場の牛たちも、きっとわたくしを待っていてくれますもの。

 そうしてのんびり過ごしておりましたら、フクハラ様の使いとして王城へ先触れに向かわれていたキムラ様が、お見えになったのです。

 キムラ様のお話では、ニッポンコクが正式に国交交渉を始めることを決め、その前にわたくしたちの国を国家として認めてくださるそうでございます。

 そして、国交交渉に臨まれるニッポンコクの代表は、やはりわたくしが敬愛してやまないフクハラ様でいらっしゃるそうですの。

 これも正式にニッポンコクとしてお決めになったことだとか。

 わたくしとしては、初めからフクハラ様をおいて他にいらっしゃらないと思っておりましたから、この知らせにはほっと胸をなで下ろしました。

 どちら様でいらっしゃいますの? 「すっと撫で下ろしやすくてよかった」などとおっしゃるのは。

 それは少々、不敬にあたりますわよ。

 まあ、フクハラ様でしたら……撫で下ろすなど夢のまた夢でいらっしゃることでしょうけれど。

 その点におきましても、わたくしが憧れてやまぬお方なのですわ。


 それはさておき、フクハラ様がお相手なら、わたくしどもの国が損をいたしますようなご条件など、決してお示しにはならないはずです。

 けれど現実には、ニッポンコクの方がわたくしどもの国よりずっと進んだ文化を持ち、国力も戦力も、わたくしたちなど足元にも及びません。

 たとえ少しばかり無理なことをおっしゃったとしても、わたくしどもに「いいえ」と申し上げることなど……できるはずがございませんわ。


 キムラ様には、ご指定の日であれば時刻は問いません、とお伝えしてお帰りいただきました。

 そして、ついにその日が参りましたの。

 例によってキムラ様が、スーパーカブという鉄の馬のような不思議な乗り物に跨って、先触れにいらしたのですわ。

 その朝、わたくしは早くから湯浴みをして身を清め、正装用のドレスをきちんと纏い、いつフクハラ様をお迎えしてもよいように、すべての支度を整えておりました。

 お父様……ええと、わたくしには父が二人おりますので紛らわしいですわね。今回のお父様は辺境伯の方でございます。

 そのお父様にもご同席をお願いしたところ、

「これはお前が任された国の行く末を決める大切な交渉だ。お前ひとりの力でやり遂げなさい」

 などと取ってつけたような理屈を申されました。

 国家の趨勢を左右する大事な場から、見事にお逃げになりましたわね。

「マーガレット、あとでお父様に小さな不幸を差し上げなさい」

「仰せのままに」

 もちろん、マーガレットに本気の不幸を命じれば、お父様のお命がいくつあっても足りませんもの。

 ですから、ほんの小さな……お茶目な悪戯程度にとどめて差し上げますわ。

 敵前逃亡なさったお父様のお仕置きは、ひとまずマーガレットにお任せいたしましょう。


 そうこうしているうちに、門番より、フクハラ様ご到着との報せを頂きまして、わたくし、胸の高鳴りを抑えつつ、いそいそと玄関へと参りましたの。

 しんと静まる玄関先でお待ちしておりますと、黒塗りのクルマが、まるで滑るように庭先へと進み出で、ぴたりと止まりました。

 まずジョシュセキの扉が開き、中から現れたのは……あら、シロトリ様ではございませんか。

 シロトリ様が颯爽と降り立たれ、恭しく後部座席の扉を両の手で開け放たれます。

 そこからお姿を現されたフクハラ様は、先日の謁見の折とは趣を異にしたレイフクをお召しに。

 謁見の折よりは簡素ながら、凛々しさはいささかも損なわれてはおりません。

 わたくし、胸の鼓動を覚えながら、深く一礼しご挨拶申し上げました。


「このたびは、はるばるお運びくださいまして誠にありがたく存じますわ。わたくし、オヤシーマ王国第四王女ローレンシア・メグロ・テンテルウスと申しますの。本日は父王の名代として、また、辺境伯家を代表し、ニッポンコク政府特別代表フクハラ様をお迎えする栄を賜りましたこと、何よりのよろこびに存じますわ。貴国と我が国の友誼が末永く結ばれますよう、心よりお祈り申し上げます。どうぞ館内へお入りくださいませ。ささやかではございますが、父と家臣一同、心づくしのもてなしをご用意しておりますの」


 わたくし噛まずに言えましたわ!

 わたくしの渾身のご挨拶にフクハラ様がお応えくださいます。

「ローレンシア殿下、あたたかいお出迎えを賜り、まことに恐れ入ります。このたびは日本国政府の特別代表として、そして一人の友として、再び殿下にお目にかかれますことを何より嬉しく存じます」

 帽子を被ったフクハラ様は、まるで兜を被った騎士が行うような礼を執り、心温まるご挨拶をくださいました。

 交渉の場として(しつら)えました食堂へフクハラ様をご案内申し上げます。

 両国の代表がそれぞれの位置につき、いよいよ国交交渉の幕が開きますわ。

 もっとも「代表団」と申しましても、それぞれにお付きが1名ずついるのみ。

 ほとんど差し向かいの形にございます。

 わたくしといたしましては、この方が遠慮なく心を通わせてお話でき、かえってありがたく存じておりますの。


 まず、わたくしが冒頭のご挨拶を申し上げます。

「本日は、はるばるお運びくださいまして、重ねて感謝申し上げますわ。あらためまして、わたくしはオヤシーマ王国第四王女、ローレンシア・メグロ・テンテルウスにございます。父王の名代として、ここにニッポンコクと我がオヤシーマ王国との国交樹立交渉を開始いたしますこと、まことに光栄に存じますの。我ら両国が、互いの尊厳を重んじ、末永き友誼を結ぶ第一歩となりますよう、ここに心より祈念いたしますわ。それでは、どうぞご着席くださいませ」

 わたくしの挨拶で両国の代表が着席いたします。

 続いては、ニッポンコク政府特別代表のフクハラ様からご挨拶をいただきます。


「オヤシーマ王国第四王女ローレンシア殿下、このたびはかように温かくお迎えくださいまして、厚く御礼申し上げます。私は日本国政府特別代表、警察庁長官官房付、警視庁異世界警察署長警視正ジュリ・フクハラでございます。日本国を代表し、オヤシーマ王国との国交樹立交渉に臨むにあたり、貴国と我が国が互いの歴史と文化を尊び、末永き友誼を築く第一歩をここに刻むこと、まことに光栄に存じます。本日が両国にとって実り多き日となりますよう、心より願っております」


 さすがフクハラ様でいらっしゃいますわ!

 外交官のお嬢様であらせられるという出自も伊達ではございませんわね!

 ヒデキカンゲキでございますわ。

「……さて、これでご挨拶は済みましたわね。そこで、フクハラ様。ここから先は、いつものわたくしたちらしく参りましょう。あまり堅苦しい言葉ばかりでは、お互い疲れてしまいますもの。どうぞ、普段どおりにお話しくださいませ」

 かしこまった礼節ばかりに気を配っていては実のある交渉ができませんわ。

「そうですね。ですが、その前に整えるべき儀礼がございます。まずは、そちらを執り行ってからということで……」

 何かの儀礼があるようですわ。


 交渉の第一の儀として、フクハラ様より日本国政府のご誠意を示す口上書と、特別代表としての全権委任状を賜りました。

 フクハラ様は、深い礼とともに、白い上包みに守られた2通を、まるで光そのものを抱くような慎みをもってわたくしの前へ差し出されました。

 わたくしもまた、両手を揃え、胸の高さで丁重に受け取ります。

 その紙面は淡く香り、ひと刷毛の金が陽の光を受けて微かに煌めきました。

 王家に連なる者として、これほどの礼を受けるのは初めてにございます。

 胸の奥がほのかに熱を帯び、しかし声は凛として、「たしかに拝領仕りました」とはっきり言葉をお返しいたしました。

 異世界の外交とは、かくも厳かなるものかと、改めて厳粛な気持ちになりましたわ。


 そこからは、本当にいつも通りのわたくしとフクハラ様として話し合いが進みましたの。

 基本的に、両国の発展と友誼を願う者同士です。お話合いがうまくいかないはずがございません。

 途中、昼食をはさんだ国交交渉は、その日の明るいうちには合意をみることができましたわ。

 この後は、「日オ共同宣言」という文書を2通作成し、ニッポンコクとオヤシーマ王国の代表がそれぞれに署名することで正式に国交が成立いたしますの。

 共同宣言の内容は多岐にわたりますが、起草された草案は次の通りでございますわ。


 日本国政府とオヤシーマ王国政府は、両国間の国交樹立に際し、次のとおり合意する。

第1条(相互承認)

 双方は相手国を主権国家として正式に承認し、互いの独立、主権及び領土保全を尊重する。

第2条(外交関係)

 日本国政府は、オヤシーマ王国のオーメ領に日本国大使館を設置し、外交及び領事業務を開始する。

2 オヤシーマ王国政府は、現段階では日本国内に大使館を設置しないが、日本国政府の同意を得て、必要に応じ臨時代表部または名誉領事を派遣することができる。

3 オヤシーマ王国政府は、将来の大使館設置を視野に入れ、準備が整い次第協議を行う。

第3条(領事業務)

 日本国政府は、オヤシーマ王国内に在留する日本国民の保護および邦人支援に関する領事業務を担う。

2 オヤシーマ王国政府は、必要に応じて日本国大使館を通じて自国民の便宜を図る。

第4条(平和的関係の維持)

 双方は国際紛争を平和的手段によって解決し、武力による威嚇または行使を慎む。

第5条(経済・技術協力)

 双方は貿易、投資、資源開発、技術移転の促進に努め、別途協定を締結する。

第6条(文化・人的交流)

 学術、教育、文化及び人的交流を奨励し、査証及び旅券に関する便宜を協議する。

右の合意を証するため、この共同声明に署名する。


 色々なことを書いてはございますが、要約すると「仲良くやろうぜ」ということでございますわ。

 交渉の中で「主権国家として正式に承認」という一節がございます。わたくし、これまで「国」や「国家」というものについて深く考えたことがございません。無論、国王や宰相ですら考えていらっしゃらないはずですわ。「国は国だろう」という程度の認識しか持ち合わせておりませんもの。

 ところが、ニッポンコク……いえ、この交渉でわたくし、聖なる紋様が日本語であることを理解いたしましたので、これからは日本国と「カンジ」を使わせていただくことにいたいしますわ。その日本国がある世界では、国家が成立する要件というものが明確に認識されているそうですの。


 それは、「国民」。

 それも一時的な難民や旅人のようなものではなく永続的に存在する民が必要とのことですわ。これは、もっともでございます。

 次に「領土」。

 言われてみればその通りですわね。領土がない国は考えられませんもの。ですが、彼の国では、領土を持たずに独立宣言した「センスイカン」なる軍事用の巨大な艦船を描いた創作があるとか。

 最後が「主権」。

 つまり政府が存在することですわ。もちろん、外交関係を行う必要がございますから、外交に関する能力がなければ国家として承認されることはないそうですの。


 国家の概念ひとつにしても、わたくしたちは考えておりませんでした。これから日本国に学ぶことは限りなく続くことでしょう。我が国の未来を想像すると頬が熱くなるのを感じますわ。

 ともあれ、ここに日本国とオヤシーマ王国の国交がなりました。

 わたくし、やり遂げましたわよ! お父様!


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