【IOF_85.log】行方不明の娘
行方不明の娘
こんにちは。
外務省儀典長(大使)福原悠里です。
プロトコールはお任せください。
娘の珠梨が4月に行方不明になった。
普段の様子から、家出するような原因は思い当たらない。
警視庁から警察庁を経由して説明があった。
娘が当番責任者として夜勤に就いている夜、署員数名とともに姿を消したという。
その後、警視庁は大規模な捜索を行ったが、娘たちの消息を確認することができなかった。
インド人の妻は、自分によく似た娘をとても可愛がっていた。
娘の行方不明の報に接してからというもの、すっかり焦燥しきって外出もできず家に閉じこもりがちなっていった。
妻の様子が気になって仕方がなかったが、私も儀典長として日々外国要人の接伴業務に忙殺されており、なかなか側にいてやれない。
ハウスキーパーにお願いしてはいるが、やはり心配だ。
床に伏している妻に慰めの声をかける。
気休めでしかないことは重々承知しているが、自分に言い聞かせている面もある。
「অ’ মোৰ মৰমৰ সন্তান……」
(ああ、私の愛おしい子……)
普段は流暢な日本語話者の妻が母国語であるアッサム語でぽつりと呟いた。
感情が動くときは母国語が出てくるのだろう。
聞いているこちらの胸も痛む。
ベッドでぐったりとする妻がアッサム語でうわごとのように呟く。
「あの子は、私みたいに自分からいなくなるような子じゃない。きっとどこかで元気にやっているはず……」
5月も後半になったあたりで、妻もようやく元気を取り戻してきたように見えた。
外出もできるようになり、笑顔も増えた。
事態が動いたのは6月に入ってすぐだった。
娘が異世界で生きているという信じがたい事実を報道で知った。
その報道により、外務省内、いや日本政府全体にも衝撃が走った。
異世界の国「オヤシーマ王国」の第四王女が同国を代表して日本との国交樹立を求めるビデオレターが公開されたからだ。
そのビデオレターがもたらされた経緯がまたとんでもない。
異世界で撮影された動画が収められたメモリーカードを幽霊が持ち込んだというのだから開いた口が塞がらない。
そのときに持ち込まれた別の動画で娘の姿も確認した。
その動画を観た妻は、号泣しながら画面を撫で続けていた。
一連の動画で娘が異世界警察署長に就任していたことを知った。多少は驚きもしたが、行方不明の原因が異世界への転移だったことに比べればたいしたことではない。
それでも、日本の警察がここまでフットワーク軽く動ける組織だったのは驚きに値する。
そして、動画が公開されたときには、すでに娘が警察署長になっていたということだから、警視庁はそれ以前に異世界の存在を認知して、新しい警察署を組織に組み込み、娘を署長に充てていたことになる。そのような情報が一切外に漏れていないあたり、警視庁の情報統制がかなり徹底していたことが窺える。
異世界の第四王女からの国交樹立要求は「令和の黒船」というタイトルで大々的に報道された。
ビデオレター公開の数日後、娘から送られてきた文書により、また政府は大きな判断を迫られることとなった。
異世界で女性の性感染症蔓延が深刻な状況にあり、その状況を改善するために抗生物質の支援を求めてきたのだ。
この支援に応ずるということは、すなわち、政府が異世界の存在、そしてそこに存在するという「オヤシーマ王国」の存在をも認めるということに他ならない。
事実上の国家承認だ。
オヤシーマ王国との国交樹立交渉に入るためには、オヤシーマ王国の国家承認が必要不可欠だ。そういう意味では、事実上の国家承認が先行してしまうのは、やりやすい材料でもある。既成事実があると役所はそれに乗りやすいのだ。
オヤシーマ王国への抗生物質支援実施を決定した政府は、急速に国交樹立に舵を切った。
まずは、外務省に国家承認の手続きに必要な調査が下命された。簡単に言うと、オヤシーマ王国が国としての体をなしているかどうかということだ。
これについては、娘から「永続的住民」「明確な領域」「政府」、そして「他国と関係を取り結ぶ能力」すべてを有していると報告があり、あっさりと「オヤシーマ王国は国家要件を満たす」と報告がなされた。
そこからは内閣にバトンタッチだ。
内閣でオヤシーマ王国の国家承認を閣議決定する。
閣議決定が済むと、また外務省にバトンが戻って来る。
外務省では、国家承認の口上書をオヤシーマ王国に交付する。
この交付だが、儀典長である私が行う場合もあるが、今回は、私が出向くことができない場所なので、現地の人間を日本側特使としてオヤシーマ王国の代表に手交することになるだろう。本音では私がオヤシーマ王国に出向いて娘とも会いたかったのだが、まだそれは不可能らしい。
外務省としては、口上書の起案と並行して日本側特使の選定と任命を行う。どちらも閣議決定事項なので、一度に済ますことになるだろう。
これらの案件が閣議決定を得て、正式にオヤシーマ王国との国交樹立交渉が始まることとなった。警察庁としては、現職警察官、しかも警察庁の所属でもなく、地方警務官ですらない都道府県警察の警察官が政府特別代表となり国交樹立交渉を行うことに難色を示した。しかし、それ以外に途がないことも事実であり、最終的には了承せざるを得なかった。
それでも、やはり地方警察の警察官が国の特別代表になるというのは、警察庁のプライドが許さなかったのか、娘を地方警務官にするため警視正に昇任させ、その上で警察庁長官官房付との兼務に任命した。日本の制度では、警視正以上の警察官は国家公務員になると決まっている。そして、国家公務員でありながら地方警察の職務に従事する者のことを地方警務官という。だから、警察庁としては、娘を警視正にしてしまえば地方公務員であるか国家公務員であるかのジレンマは解決してしまうというわけだ。姑息だがうまいやり方ではある。
その結果、娘の肩書はこのようになった。
日本国政府特別代表(政府全権)
警察庁長官官房付
警視正 警視庁異世界警察署長
そして、政府特別代表の全権委任状が作成される。
これを相手国、つまりオヤシーマ王国の第四王女に手交することで娘が日本国の特別代表として国交樹立交渉が開始されるのだ。
全権委任状には、令和6年7月1日付でオヤシーマ王国を国家として承認するとともに、同日をもって政府特別代表福原珠梨に国交樹立交渉及び関連協定締結に必要な一切の全権を付与することが記される。
我が娘が政府特別代表か……感慨深い。
ただ、娘は自分が政府特別代表に就任するだけだと思うかもしれないが、国交が成ったあとのことまでは予想しないだろう。
お前、大使になるんだぞ。外務省としては決定事項だからな。
国交を持つということは、相互に大使館を置いて大使や領事を派遣することを意味する。だから、当然、オヤシーマ王国にも大使館が置かれて誰かが大使に就任しなければならない。残念ながらというか、喜ぶべきというか、今のところオヤシーマ王国内にいる日本国民は、幽霊を除いて9人しかいない。その中から大使を選ぶわけだが、誰が適任かは検討するまでもない。
世界史に名を残す警察官になったな。
父としては誇らしいぞ。




