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【IOF_80.log】黒百合館

 お疲れさまです。

 警視庁異世界警察署刑事組織犯罪対策生活安全課少年二係巡査長正村素乃子です。

 勤務中異常なし。


 福原代理が署長になったことで、私の課がものすごく長い名前になった。

「刑事組織犯罪対策生活安全課」

 戒名かなにかか?

 漢字ばっかりで頭が痛くなりそうだ。こちらの国の人が日本語を「聖なる紋様」と認識しているのもなんとなく納得できる。

 それはいいとして……

 この前、署長の運転で王城に行った。

 署長に運転させるな? 署長が自分で言ったんだから仕方ない。私に拒否権はない。

 署長の運転は優しい。


 しかも隣にいるといい匂いがする。


 おかげでよく眠れた。爆睡である。署長は絶対リナロールかなんかを発生させているに違いない。

 署長に優しく起こされた。王城の中庭にいた。トラック速いな。

 私の顔を覗き込む署長がかわいい。惚れる。

 このかわいさで警視なんだぜ。


 国王に献上するビールを抱えて署長の後を追う。

「重いでしょう」

 ビールの箱をひょいっと取り上げられる。男らしさに惚れる。

 上司に荷物を持たせるダメ従者のでき上りだ。寝ぐせも付いてる。よだれの跡は署長が優しく拭いてくれた。もはや惚れるしかあるまい。処女を捧げよう。


 国王の執務室だ。

 いつの間にか国王が署長を「ジュリ」と呼んでいる。逆に署長は国王を「タイロンさん」だ。どこかの国に「ロン=ヤス」と呼び合っている偉い人がいた気がする。「ジュリ&タイロン」でバンドでも組んだらどうだろうか。推せる。

 署長と話している国王は全然偉そうじゃない。公の場では威厳があって国民から支持されているらしい。演技派のイケおじだ。だが惚れない。私には署長がいる。

 2人を観察してニヨニヨしていたら話を振られた。

 王都の娼館で病気が流行っているらしい。そりゃ性病だろ。

 どうにかしろと言われた。

 署長に言われたからどうにかする。

 宰相のクロダさんから現状を聞いた。

 問題点はこんな感じだ。


1 性病(特に梅毒と淋病)の蔓延

 不特定多数の客との性的接触により急速に拡大。抗生物質がないから治療が難しく、重症化しやすい。後遺症も深刻。

2 医療の未発達

 これはしょうがない。

3 隔離の不備

 病気が判明した娼婦に十分な治療又は隔離が行われず、劣悪な環境に収容されることもある。

4 基本的な衛生意識の欠如

 狭い部屋での集団生活、換気不良、寝具の使い回し、飲食衛生の欠如により、性感染症だけでなく結核や皮膚病なども拡散。

5 強制的な就労・人身売買

 名目上は本人同意。だが、実態は親の借金や仲介業者による強制。自由に辞めることもできない。

6 病気による差別と排除

 病気が見つかると「営業不能」とされ、本人の意思に関わらず隔離・強制退廃業。社会復帰は困難で生活保障もなし。

7 烙印

 病気を理由に廃業した元娼婦は「遊廓帰り」「病気持ち」として社会的に差別され、婚姻や仕事に大きな制約が残る。


 やれやれ、どこの世界でも同じだ。

 結局、娼館での病気流行は単に衛生上のリスクだけじゃない。


 女性が自由に職業を選べない構造

 病気を個人責任とされ社会的排除につながる構造


 まあ、こんなところか。

 え、これって私ひとりでどうにかできるもん?

 全部は無理。とりあえず衛生からやるわ。手っ取り早く効果が出る。

 この判断が日本政府を巻き込んだ法律論争に発展することになった。知るか、そんなもん。こっちは女性の命を預かってるんだ。


 クロダさんから病人が多い娼館を教えてもらった。

 署長と2人で娼館を訪ねる。不織布のマスクとゴム手袋はいくらでもある。なんなら検視のときに飛び散る体液を防ぐ割烹着みたいなやつもある。いや、飛ぶんだよ、ほんと。


 娼館「黒百合館」


 娼館で対応してくれたのは、そこを切り盛りしている「マザー」と呼ばれる女性。娼館で働く女性からも母のように慕われている。

「はじめまして。私は王命で娼館の疫病対策に派遣されたジュリ・フクハラといいます。よろしくお願いします」

「これはこれは、お美しい方がお見えになった。どうですか、ここで働いてみませんか? きっと売れっ子になりますわよ。あら、わたくしとしたことが名乗りもせず、失礼いたしました。わたくし、この娼館の主ですわ。マザーとお呼びください」

 年のころは30歳すぎ、署長と同じくらいに見える。ストレートの金髪を後ろでまとめている。チャイナドレスのような体の線を強調する服だ。ちょっとエロい。いや、かなり煽情的。男好きのしそうな顔立ちに見える。これは営業用の顔だろう。軽いけど悪い人ではなさそう。


「わたくしの娼館は、国を代表する有名店でして、娼婦の数も100人を超えておりますの。そうですわねえ、規模の大中小を合わせますと、全部で70軒くらいが王都にございますわ。娼婦の人数は全部で2,000人くらいでしょうか。まあ、正確な数は誰にも分かりませんけれども」

 大規模な一流店だった。

「いま、このお店では何人くらいの方が病気にかかっているんですか?」

 署長が進めてくれるらしい。私は聞き役に徹しよう。

「ええ、ここ最近で増えてしまいまして、今は30人ほどが離脱しておりますわ。確かに、30名が離脱したことで毎日の収入は大きく落ち込んでおります。でも……あの子たちの苦しむ声を耳にするたび、金の勘定など霞んでしまいますのよ。娘たちの命と笑顔こそが、この館の本当の財産なのですから……」

 マザーが涙ぐむ。

 よし、私がなんとかする。マザーも娘さんたちも泣かさない。聞き役撤回。

「マザー、接客用のお部屋と、娘さんたちのお部屋を見せてください。あと、具合の悪い方の様子も少し見たいです」

「かしこまりましたわ。どうそこちらへ」

 接客用の部屋から娼婦の私室という順番で見て回る。

 ここまでひどいとは思わなかった。

 接客の部屋はまだ見栄えを取り繕っている。それでも見栄えだけだ。

 私室はあまりに劣悪。寝台も寝具も清潔さとは程遠い……これでは病気が広がって当然だ。


「娘たちを気遣っているのに、これでは気遣いも台無しです」


「そ、そうですわね。お恥ずかしい……」

 憤慨のあまり、きつい言葉になってしまった。

 病気の子は、まだ重症には至っていないように見える。医者じゃないから診断はできない。抗生物質でなんとかできる範囲か……

「署長、日本から抗生物質を送ってもらってください。できるだけ多く。性病に効くやつ。私はここに残って衛生状態を改善します。5日後にまた来てください。それまでにやります」

「たった5日でできますか? もちろん、抗生物質の交渉はしますが」

「できるかどうかなんて考えてません。やります」

「わ、分かりました。決して無理はしないでくださいね」


「無理しなきゃ5日で改善なんてできません。死なない程度の無理で通します」


「本当に死なないでくださいね」

 署長が泣きそうな顔で署に戻っていった。

 さ、こっちはこっちでやることがてんこ盛りだ。


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