【IOF_78.log】幽霊さん異世界に戻る
「郡司様、こちらが警務部別室の九十九さんです。ここからは彼女の案内で移動スポットをご確認ください。お約束のビール3ケースはそちらにご用意してあります」
前島さんが軽く頭を下げ、警視総監を連れて庁舎の中に入っていきした。
警視総監は、すれ違いざまに軽く手を振ってくれました。意外とおちゃめな方なのかもしれません。
「は、初めまして。私、郡司蓉子といいます。幽霊やってます。よろしくお願いします!」
お迎えの女性に挨拶をします。自分でも何を言っているのかよく分からない挨拶になってしまいました。なによ「幽霊やってます」って。冷やし中華始めたみたいじゃない。
「初めまして。人事一課監察係の九十九といいます。難聴の気があるので、聞き返してしまったり、呼びかけに気付かないことがあるかもしれません。そのときはごめんなさい」
「あ、はい。分かりました。ところで、前情報だと警務別室は警務部付の人が集まる部屋だと聞いています。九十九さんは警務部付じゃないんですか?」
「私は、別室……普段別室と言う人はいなくて、みんなB四零号室と呼んでいます。だから、郡司さんもそう呼んだ方が通りがいいです。それでですね、私はB四零号室の庶務全般を担当している行政職員なので人事一課の監察係になっているんです。部付だと基本的に仕事がないんですよ。だから」
はー、なるほど。そういうことなんですね。お役所って複雑。
九十九さんは、雑談をしながら地下の廊下をどんどんと奥に向かって進みます。
「これは荷物用では?」
廊下の奥まったところにあるエレベーターホールに入ると、大きな扉のエレベーターが一基見えました。この装飾感のなさ。絶対、荷物用です。
「荷物も人も乗ります。特定の階には、このエレベーターしか行かないので、割と重要なんですよ」
九十九さんが下行きのボタンを押します。
「そして、これから行くのが、まさにその特定の階です。その階は、警視庁で働いている人でも存在を知っている数はごくわずかです」
なにそのシークレット感! ワクワクする。
到着したエレベーターに乗ると、九十九さんはB4のボタンを押しました。
ああ、だからB四零号室なんですね!
「そのとおりです。さあ着きました」
エレベーターを降りました。殺風景なところです。
「廊下の一番奥がB四零号室です」
九十九さんがずんずんと廊下を進みます。
私はふわふわと後に続きます。
「ようこそB四零号室へ!」
ドアを開けた九十九さんが私を室内に誘います。
わー、個性的な人がいる!
犬耳ですよ!
尻尾もありますよ!
え、むしろこっちの方が異世界なんじゃないですか?
違う? 残念。
「彼女は天渡早苗さん。警部補でこの部屋の部屋長です。人間と犬のハイブリッドです。犬歯もありますけど基本的に噛みつきません」
そこは大丈夫です。物理的に噛めないので。
「一番奥で暇そうにしているのがこの部屋の責任者で大逸参事官です。呼び方はタイツさんでいいです」
責任者の扱いが雑じゃないですかね?
「初めまして、郡司さん。この部屋の責任者で警務部参事官の大逸です。よろしくお願いしますね」
「蓉子ちゃんでいいかな? 初めまして。私は天渡早苗。見ての通り半獣半人。よろしくー」
お二人が挨拶と自己紹介をくれました。
「はじめまして。郡司蓉子です。幽霊です。一応、幻神という神格ももらっていますけど、肩書だけなので神としての力はないです。だから幽霊として扱ってくれると嬉しいです」
部屋にいる他の人たちからも敵意のようなものは感じられません。
幽霊に動じている様子もありません。
大物の集まり?
「総監秘書から依頼があったビール3ケースがこちらにあります。結構重いですけど1人で持てますか?」
九十九さんが心配してくれました。
「はい、大丈夫です。私の体重までのものだったら持ち運びできます」
「幽霊って、そういう機能があるんだ!」
天渡さんが目を丸くしています。
私も神様に説明してもらうまで知らなかった機能なんですけどね。
「今日は奥多摩から移動してきてお疲れでしょう。このあとビールも運ばなければならないわけですし。どうぞ今日のところは異世界にお戻りください。次回以降、こちらの部屋に来るのは自由です。いつでもどうぞ」
大逸さんが退去を促してくれました。私も言い出しにくかったので助かります。
「では、お言葉に甘えて、今日はこれで失礼します。また今度、ゆっくりお話ができたら嬉しいです。それでは」
移動目標、天界冥魂府聴聞室前室!
移動目標、オヤシーマ王国オーメ領カーベ村異世界警察署!
「ただいまー。よいせっと」
署に戻った私は、1階事務室の打合せ用テーブルに缶ビール3箱を下します。
「お帰りなさい。わっ、そのビール、どうしたんですか?」
署長室から出てきた福原さんが驚いています。
そうでしょう、そうでしょう。
福原さんは、署長に就任したことで警務課長代理の席から署長室に移っています。
本人は「席がどこでもやることは変わりません」と言って移りたがりませんでした。でも、城取主任に「変わらないなら署長室でもいいですよね。署長としての威厳もありますから、署長室にいてもらわないと困ります」とやりこめられて、結局、署長室に移ることになりました。
署長室の応接セットには、リリヤさんが半分常駐していますから、実質2人部屋です。
「警視庁との接触は無事に終わりました。警視総監と会って友達になってくれと言われたので、お友達になってきました。すごいお友達ができちゃいました。あはは」
「あははじゃないです。本当にすごい人と友達になってきましたね。B四零号室の方とは顔つなぎできましたか?」
それもばっちりです!
「すごいんですよ、B四零号室って。こっちの国よりファンタジーな空間でした。こっちには、異世界ものの作品でよくある獣人っていないじゃないですか。でも、いたんです。B四零号室に! 犬耳の婦警さんですよ。あ、今は女性警察官って言うんでしたっけ? 言いにくいですよね、女性警察官って。私は『婦警さん』の方が親しみがあって好きだなあ」
「ああ、天渡早苗さんですね。結構有名な方ですよ。なにしろ目立ちますからね。目立ち方でいったら警視庁で一番じゃないでしょうか」
何をおっしゃいます。福原さんだってなかなかの目立ち具合ですよ。
「私はただ肌の色が珍しいだけですから……」
ご本人の美しさに気づいて!
「それで、このビールは?」
「それはですね。総監とお友達になったお友達特典です。名目は、リリヤさんへの献上品としていますけど、実際はみんなで飲む用です。なんと、半月ごとに五500缶が3箱もらえることになりましたーっ! はい、拍手!」
「おお!」
集まってきた皆さんが拍手をしてくれます。ノリのいい人たちです。
その夜は、久しぶりの酒盛りとなりました。
私は幽霊なので飲めません。でも、楽しそうにしている皆さんを見ているのが好きなので、飲めなくても大丈夫。本音を言うと、リリヤさんみたいに現人神にでもなれればお酒も飲めるんだろうなあ、と羨ましい気持ちはあります。
「どこかから肉体を持ってきたら、それに蓉子ちゃんの魂を組み込むことならできるよ?」
リリヤさんにおじいさんにお願いすればできそうな気がします。
その場合の「どこかから」って、どこから誰の肉体をもらえばいいんですか?
想像したらホラーでした。
「あらっ、おじい様からショートメッセージですわ。なになに、蓉子ちゃんを冥魂府の部屋まで来させろ? だってよ」
なんだろう? ちょっと行って来ます。
移動目標、天界冥魂府上席管理官室!
「こんにちは! お呼びですか?」
「お、早かったの。わざわざ呼びつけてしもうてすまなんだ」
いえいえ、一瞬で移動できるから大丈夫です。
「お主、酒が飲みたいんじゃろ?」
飲みたい!
「飲めるぞ」
飲めるんですか?
「お前さん、仮想質量を持っとろうが。質量があるということは肉体があることと同じじゃ。飲み食いできるし飲み過ぎでリバースだってできるぞい。もちろん味覚もある」
すごいですね、仮想質量! 飲んだり食べたりしたものはどうなるんですか?
「仮想じゃからな。蓉子の仮想質量と一体化して実体は消えてなくなるんじゃ」
へー、質量保存の法則は無視なんですね。
「そんなもん特定の世界に適用された設定にすぎん。天界全体で見れば、その法則が適用されている世界の方が稀じゃよ」
新発見! 質量保存の法則は地域限定だった!
「ということで、お主も好きなだけ飲むといい。ただ、さっきも言ったが生体反応も仮想で得られる。じゃから酔っ払いもするし二日酔いもある。飲み過ぎには気を付けるんじゃな」
分かりました! ありがとうございます。
それじゃあ帰りますね。
移動目標、オヤシーマ王国オーメ領カーベ村異世界警察署!
「ただいまアゲインです」
「再びのおかえりなさい」
福原さんが迎えてくれました。
皆さん飲んでますねえ。
つまみは、酒蔵から出した乾きものと市で買った腸詰め肉ですね。
「実は、私も飲食できることが分かりました。リリヤさんのおじいさんが教えてくれました。そのための呼び出しでした」
「それはよかったですね! じゃあ、幽霊さんを加えてもう一度乾杯しましょう」
私は缶ビールのプルトップを引きます。「プシュ!」という音に仮想質量の体が反応して唾が出てきます。仮想質量すごい。
「それでは、幽霊さんの飲酒解禁と警視庁との関係構築をお祝いして……乾杯!」
「乾杯!」
仮想質量にビールが吸い込まれていきます。
「ぷはーっ! 生きててよかった!!」




