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【IOF_75.log】イ○ポ野郎

 神の使徒との対面である。

 オヤシーマ王国国王タイロン・エド・テンテルウスである。

 面を上げよ。


 ああ、落ち着かない。

 さきほどから王城の廊下を何往復しただろうか。

 警備の兵士には何度も挨拶をさせてすまない。

 王命で呼びつけたはいいが、どう考えてもフクハラ様の方が神に近い存在だ。

 はっ。なぜ俺は(きさき)の私室前にいるんだ。


「どうぞ、お入りくださいませ」


 うわっ、びっくりした! 妃は壁を透視できるのか?

「独り言が大きすぎますわよ」

 笑いながら妃がドアを開けて部屋の中に招き入れてくれた。

 いつもすまない。

「……どうしよう、手は震えるし、声も上ずりそうだ。神の使徒に失礼があれば、我が王家は呪われかもしれない」

「タイロン、何をおっしゃいますの。相手は神ではなく人としてここに来られるのです。王が怯えてどうします」

「わ、分かってはいる! だが建国の祖に瓜二つなのだぞ。俺が無礼を働けば、一族代々の名折れになりかねない」

「ならばなおさら胸をお張りなさい。恐れる王に誰が従いましょう。堂々とお迎えすれば、その方も安心されましょう」

 窓辺をうろうろしながら不安を訴える俺。

 一方、妃は化粧台の前で静かに髪を整え平然としている。王の器だ。

「ああ、やっぱり無理だ。神の再臨に相応しき王であるか、確かめられるのが怖い」

「はあ……」

 妃の特大のため息が漏れる。

「!」

 侍従たちが一斉に目を伏せた。

 妃が溜息をつきつつすっと立ち上がると両手でスカートの裾を大胆にたくし上げ、白い脚を露わにしたのだ。


「いい加減にしろ! このイ○ポ野郎! てめえのその粗末なイチモツは子をなすだけのナスビなのかっ?! 国王らしく男を見せてこいや!」


「ずばーーーーーんっ!!」


 妃の華麗な回し蹴りが俺の尻にクリーンヒット! これは痛い!

「うおおぉっ!? し、尻が割れるぅ!」

「安心なさい。とっくに割れております」

「むぅ……。仕方ない、行くか……」

 不甲斐ない俺を叱咤してくれる妃には頭が上がらない。


「タイロン、男は見せてもナスビを見せてはなりませんよ」


「ああ、分かっている」


 謁見の間前室を通り、尻をさすりながら玉座に着く。

 もう逃げられないな。

「異国よりの客人、フクハラ様、謁見の間へお越しにございます!」

 式武官の厳かでよく通る声とともに、謁見の間の扉が重々しく開く。

「おお!」

 謁見の間に陪席した貴族たちから感嘆の声が漏れ一斉に跪いた。

 フクハラ様は、軍服のような凛々しい姿でゆっくりと歩みを進める。ここでようやく貴族たちが立ち上がる。本当だったら俺だって玉座から下りて跪きたいところだ。

 フクハラ様の肩に輝く黄金の板飾り。そこから垂れる紐のごときものは、まるで王家の旗に連なる飾索のよう。

 その衣はなんとも奇妙だ。俺たちが着ているようなガウンやチュニックのように垂れることなく、身にぴたりと添っている。だが動きを妨げない。まるで布の鎧であるかのようだ。

 胸に並ぶ黄金の輪は、衛兵の槍が列を成すかのように整然としている。その秩序ある姿は、ただ立っているだけで軍勢を率いる威を放つ。

 脚を隠す黒いズボンには銀の線が走り、騎士の鎧に刻まれる稲妻紋のように威風を添えている。

 頭に戴く冠は、月桂樹の葉を金糸で織りなしたごとし。勝利と栄誉のしるしを冠するその姿は、古の英雄を思わせる。この冠は、帽子というのだと後で聞いた。

 簡単に言うと「かっこいい」のだ。上着の折り返された襟もわが国にはない意匠だ。

 俺の服にも欲しい。仕立て師に作らせよう。

 玉座の下へと進んだフクハラ様は、ぴたりと足を止め直立した。体幹が鍛えられているのか、微動だにしない。

 右手で帽子を取ると、そのまま左脇に挟み、下から支えるように左手を添えた。流れるような自然で洗練された所作だ。

 その直後、すっと音もなく片膝をつき頭を下げた。


「国王陛下、はじめまして。異界の地、日本国より参りましたジュリ・フクハラと申します。このような場に立つことを許されましたこと、誠に光栄に存じます。外交官であった父に(したが)い、多くの国の場を見てまいりましたが……自ら王の御前に立つのは、正直、身が引き締まる思いです。それでも、オヤシーマ王国と日本国のために、力を尽くす覚悟にございます」


 見事な挨拶だ。

 異界から来た若き女性が、これほどまでに堂々と礼を尽くすとは。

 礼節をわきまえ、しかも自らの未熟さを認めつつ覚悟を示す。その姿勢は真の外交官に匹敵する。

 王女の命を救ったのも偶然ではないのだろう。この者であれば国交を託すことができよう。

「……よく申した。異界より参られしジュリ・フクハラよ、汝の覚悟、確かに聞き届けた。汝は王女の命を救った恩人にして、この国にとってかけがえなき客人である。余はここに、汝をオヤシーマ王国の賓客として遇することを宣言する」

 よし、俺、がんばった。


「……フクハラ様。本来なら、この場で(わらわ)が口を開くことはございません。けれど、第四王女を救ってくださった御恩、そして今お示しになったご覚悟に、国母として、そして一人の母として、どうしてもお礼を申し上げたく存じます。どうか、どうか心安らかに、この国にて日々をお過ごしくださいませ」


 謁見の間が再びざわめく。

「異例だ……」

「妃殿下が……直接お言葉を?」

 そう、通常、謁見の場で妃が言葉をかけることはない。

 今回は、慣例を破ってフクハラ様に声をかけた。

 それだけフクハラ様が我が国、そして妃にとって特別だという立場を国内に対して明らかにした形だ。俺より内政がうまくないか?


「妃殿下より直々にお言葉を賜り、畏れ多く存じます。第四王女殿下をお救いできたのは、偶然ではなく、今この場に立つための必然。いうなれば、異界より参った私が、この国と結ばれるために与えられた天命と存じます。この務めを(たが)えることなく、誠心誠意お応えして参ります」

 再びざわつく室内。

 俺は、瞳を細めて陪席の言葉に耳を傾けた。

「妃殿下からのお言葉まで受けるとは……まさか神の加護でも受けているのではあるまいか」


 実は持ってるんだよなあ、フクハラ様は。


 第四王女からすでに聞いている。だが、その事実を知るのは、今はまだ俺と娘、それとヘキチのみ。だがいずれ、この国全てが否応なく悟るであろう。

「ときに陛下。こちらは我が国にて広く嗜まれております酒の一種、ビールにございます。箱の中には、このような小さな金属の器が入ってございます。この器にビールを封じ込めることで、長きにわたり清らかに保たれております。ビールは、そのままでも十分にお楽しみいただけますが……もし王城に氷室がございましたら、そこで冷やしていただければ、さらに格別の味わいとなりましょう。日本では、冷たくして飲むのが最も好まれるのでございます。本日は、ご挨拶の品としてこのビールを献上いたします。どうぞ、お納めください」

 フクハラ様の前に進み出たクロダがビールが入った箱を受け取る。ずっしりと重そうだ。

 クロダが抱える箱には白い「紙」が被せられ、その上に紅白の帯が掛けられている。白い紙の中央には黒々とした2つの紋様を認めることができる。しかし、玉座からはその意匠までは見て取れない。

 だが……

「……っ、こ、これは……!」

 クロダが声を震わせ、目を剥いた。

「この二つの紋様は、まさしくミセラニアス教に伝わる聖なる紋様にございます!」

 たちまち廷臣たちはざわめき、妃までもが息を呑む。

「なんと……聖紋が……!」

「奇跡だ!」

「加護を受けし者に相違ない!」

「いや、むしろ神の再臨であろう」

 皆が一斉に騒ぎ立て、謁見の間は祭礼のような熱気に包まれていた。

 その騒ぎに俺はあまり関心がなかった。

 フクハラ様が加護持ちであることは知っている。いまさら驚くことでもない。

 それよりも、だ。

 あの箱に入っているという「ビール」。

 そちらの方が気になって仕方ない。

 フクハラ様は、冷やせばさらにうまいと言っていた。

 氷室に入れておけば、今夜には試せるだろうか。

 廷臣たちが聖紋だ、奇跡だと騒ぐ中、俺はひとり静かに唾を飲み込んだ。

 早く、飲んでみたいなあ……


 この後は、ビデオレターの撮影とかいうものだったな。

 さっさと済ますか。


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