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【IOF_73.log】王宮からの使者

 すぐに身支度を整えた私は、自ら馬を駆ってオーメ領へと向かった。殿下ほど無茶はしない。それでも馬車よりは早く着けるはずだ。

 馬車であれば途中一泊するところ、一度馬を乗り換えたがその日の夕方には辺境伯邸に着くことができた。

 辺境伯邸で一泊のお世話になり、翌朝、騎士の案内でフクハラ様がいる「ショ」に向かうことにした。

 ショは、死の池として有名なクソウズ池のそばにあると聞いている。私も実際にクソウズ池を見たことはない。そのような危険な場所で暮らして大丈夫なのだろうか?

 案内の騎士は、しばらく街道を山奥の国境方向へと馬を走らせた。

 途中で街道から逸れ、森の中へと進む。

 森の中ではあるが、何度か乗り物が通ったことがあるのか。整備はされていないが道のようになっているため馬を走らせることに苦労はない。

「あちらがショにございます」

 森が途切れ、広場のような場所に出たところで騎士が指をさした方角を見た私は目を見張った。


 なんという高い建物なのだ。石造りのように見えるが、石でもない。一体何でできている? これがニッポンコクの技術か……


「ショの1階は誰でも出入り自由とのことで、我々も誰に咎められることなく立ち入ることが許されています。なんでも、ニッポンコクでは、ショのような公共施設は、原則公開されていて民が自由に利用できるのだそうです」

 なんということだ。我が国では考えられん。殿下は、フクハラ様と交流する中で、このような異世界の思想にも触れ、ご自身で咀嚼(そしゃく)なされた上で陛下に具申めされたのだろう。

 これからのオヤシーマ王国は、間違いなく第四王女殿下がけん引なさる。私も殿下のお考えを理解して国政に反映できるよう努めなければ。

 馬を騎士に託してショの玄関を入る。

 異界の建物に初めて入るのは緊張するものだ。

 何か罠でも仕掛けられてはいまいか……


「いやーっ! ババ引いた!」


 突然、女性の悲鳴がショ内に響いた。

 何事かっ?!

 私は、とっさに腰の剣に手を添えて低く身構えた。

「ああ、すみません。大丈夫です。事件があったわけではありません。創造神が遊戯中に少々熱くなってしまったようです」

 おお、フクハラ様御自らお出迎えをいただけたか。

 それにしても、今、空恐ろしい言葉を聞いた気がするのだが……

 空耳だろう。そうに違いない。そうでなかったら私は卒倒する。

「お会いになります?」

 おやめください!

 せっかく空耳で自己解決したところですのに、現実に引き戻さないでいただきたい。

 私の常識が瓦解します。ええ、がらがらと効果音を付けて崩れております。

 神が遊戯で叫び声を上げたり、その神に「お会いになります?」などと気軽に誘えるとは何事ですか。

 ここは天界でございますか?


 そんなことより目の前のフクハラ様だ。

 市では遠目にしただけであったが、改めて間近でご尊顔を拝見すると、なんと美しく神々しいお方だろう。神宮の御姿絵そのままではないか。

 やはり建国の祖の再臨で間違いないであろう。

 私は、とっさに跪いて頭を下げた。

 その刹那、ふと甘い香りが鼻をくすぐった。

 とてもいい匂いだ。これは、フクハラ様から漂っているのか?

 馬を飛ばしてきた疲れがふわっと消えてなくなるような気がする。

「大丈夫ですか? 少しお顔が赤いようです。それと、どうぞお顔を上げてください」

 はっ、呆けている場合ではない。


 フクハラ様は声にも香りがあるように感じる。

 なんなのだ、この高揚感は……


「では、失礼して」

 私は頭を上げて立ち上がる。

 フクハラ様は、ほぼ私と同じくらいの背丈だ。

 立ち上がると目の高さが合う。さらに高揚感が増すではないか。

 フクハラ様は、この爺を惑わす魔性なのか?

「私は魔性ではありませんし、神の再臨でもございません。あまり持ち上げないでいただけますとありたいです」

 フクハラ様を困惑させてしまった。

 これはいけない。

 気を取り直して、用件をお伝えしなければ。

 私は、わざとらしく咳払いをして気持ちを切り替えた。


「初めてお目にかかります。わたくしはこの国の宰相、カンベエ・グンシ・クロダにございます。まずは、第四王女殿下の御命をお救いくださったこと、心よりの感謝を申し上げます。本日は国王陛下の御命を奉じ、御身を宮中へお招きに参りました。国王陛下の御言葉により、異界より参られし御方を3日後、王宮へと御参内あそばされるよう仰せつかっております。謁見の刻限は改めて示されましょう。それまでに御身を整えられますよう」


「国王陛下の御言葉、確かに承りました。3日後、王宮へ参上(つかまつ)ります」


 ほう……


 思わず息が漏れる。

 見事なものよ。たかが返答ひとつ。されど、その一言に人となりは現れる。この御方ならば、陛下の御前に出すに足る。なるほど、殿下が心を寄せるわけだ。

「閣下、わたくしは参内に車という乗り物で参ります。王都の方はまだ車をご存じないかと思います。いま、当日用いる車の写真を撮影して1枚お持ち帰りいただきます。その写真によって、わたくしの乗り物を識別していただけますようお願いいたします」

 写真とな? 第四王女殿下がおっしゃっていたビデオとはまた異なるものか。

「ビデオは絵が動くのですが、写真は絵のように動きのないものです。城取主任、署長車の写真を撮って、1枚プリントしてください」

 フクハラ様が部下の男性に指示を出していらっしゃる。よく分からない言葉がいくつも混ざる。異界の文明だろうか。


「署長、写真プリントできました」

 男性が紙のようなものをフクハラ様に手渡した。

「当日は、この車で参内いたします。警備の方々に周知していだけますと幸いです」

 なんだこれは?!

 極めて薄い板に絵が描かれている。しかし、この絵は絵画のレベルをはるかに超えた写実的なものだ。映っている「クルマ」なる乗り物も初めて見る。

「これがクルマにございますか?」

「はい、この車で参ります」

「承知いたしました。ひとつ申しそびれておりました。参内当日、ビデオレターの撮影をお願いしたいと第四王女殿下がおっしゃっていたことをお伝えいたします」

「承知しました。心得ておきます」

「それではわたくしはこれにて失礼仕ります」

「わざわざ遠くまでご足労いただきありがとうございます。気を付けてお帰りください」

 フクハラ様が玄関先で丁寧な挨拶により見送ってくださった。実に尊きお方だ。

 第四王女殿下とともにこの国をお導きいただけるのであれば、このクロダ、身命を賭してお仕えいたす所存。


 復路、馬上の私は、すでに謁見の日が待ち遠しくなっていた。

「神にお目通り願えばよかったか……いや、そんなことになったら、たぶん私は死ぬ」


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