【IOF_72.log】国交を樹立しますわ!
さて、ことが大きくなってきたようだ。
オヤシーマ王国宰相カンベエ・グンシ・クロダである。
王命とあらば。
「ローレンシア王女殿下。本日は何用でございましょう」
第四王女殿下が宮中にお出ましあそばされるのは久しぶりだ。
王宮にて社交に勤しむよりも辺境伯領で牛とお戯れになることを好まれる殿下が御自らお出ましとは、火急の用件でもあるのだろうか。
おおむね想像はつくが。
「殿下、まずは御湯浴みと御装束を改められますよう。陛下の御前に泥塗れのまま参じることは、如何に殿下といえども礼を欠きましょう」
この殿下は馬車で参内するという方法をご存じないのだろうか。なぜ御自ら早馬を駆って参られる。しかも、マーガレットに先導させるものだから、巻き上げられた泥を全身に浴びて泥塗れではないか。せめて前を走りなされ。
言っても聞くような殿下ではないか……
「まあ、クロダ。そんなに心配ばかりなさっていると、禿げてしまいましてよ?」
「殿下、ご心配には及びません。これ以上進行のしようがございませぬゆえ」
私は殿下と遊戯に興じるために宰相をやっているわけではない。
目を離したすきにいなくなっているではないか。陛下の執務室に潜り込んだに違いない。
やれやれ、後を追うことにするか。
「お父様! ニッポンコクと国交を樹立しますわ!」
殿下の後を追って陛下の執務室に入ったのと同時に、泥だらけの殿下が突拍子もないことをおっしゃった。突拍子もない言動はいつものことだが、今回は内容に一段と磨きがかかっている。
「待て待て、ローレルよ。王城では陛下と呼べと何度も……」
「へい、そうですか。今の部分にしっかりと『へいか』が含まれておりますから、問題ございませんわね。お父様?」
陛下のお言葉に被せたな。普通であれば手打ちであろう。
「訳の分からぬことを……しかし、なんだ。確かに俺はよく『結論から申せ』とは言っているが、今のは端的に過ぎるのではないか?」
「これをご覧くださいませ」
陛下のお言葉を無視できるのは殿下くらいのものでございますよ。
泥塗れの殿下が泥塗れのマーガレットから半透明の薄い板のようなものを受け取り、陛下の午前に差し出した。なんだあれは? マーガレット、お前も着替えたらどうか。
「この半透明の板のようなものは『クリアファイル』といいますわ。今日、ご覧に入れたいのはこれではございませんの。クリアファイルもニッポンコクの高い技術により作られし物ではございますが、これはまだ我が国には到底手が出せない代物ですわ。ご覧に入れたいのは、こちらの『紙』ですの」
殿下がクリアファイルの間から、真っ白で布のようなものを取り出された。
「いかがかしら? 我が国で書き物に使える物といえば羊皮紙、木簡、布、革、蝋板がございますでしょ? どうぞ、クロダもお手に取ってご覧なさい」
陛下と私は、それぞれに「紙」というものを手に取る。
なんだこれは?!
羊皮紙に似ていながら獣の皮のような厚みがない。
布のように薄く、さりとて縫い目もなく均一に白い。
蝋板のように書付の面を持ちながら重さなく柔軟だ。
まるで漂白された布を極めて薄い板のように伸ばしたかのようではないか。
「クロダよ。俺にも少し言うことを残してくれないか」
先に言った者が勝ちにございます。
「ところで、この紙がどうしたのだ?」
ああ、陛下。どうかお気づきください。この紙なる物の価値を。
「さすがお父様ですわ。ひょっとして羊皮紙商人の回し者でいらっしゃいますのね」
殿下の痛烈なカウンター!
陛下が苦虫を嚙み潰したようなお顔をなさる。ふむ、嫌味を嫌味と理解することはおできになる。
「お父様、この『紙』と申します品は、異国の地ニッポンコクよりもたらされたものにございます。これは、羊皮紙よりも遥かに廉価に、しかも大量に作ることが叶うと伺っておりますわ」
「これにより、学びを志す者誰もが書物を手にすることができ、知識は普く民へと行き渡りますわ。これがどのような効果をもたらしますでしょう?」
「文書が豊かになれば政も整い、記録は確かに残され、我が国の法と秩序はより盤石なものとなりましょう。さらに、商人たちは帳面を容易に整え、取引はより正確に、そして活発になりますのよ。もちろん、帳面が整えば税収も確かなものになりますわ」
一気にまくし立てましたな。
お嬢様は、大きく息をなさいます。
「紙は、ただの白き板ではございません。国を豊かにし、民を賢くし、王権を揺るぎないものにする……そのような力を秘めておりますわ」
陛下が完全にお嬢様の演説に聞き入っておられる。
「お父様、この紙ひとつを取っても、ニッポンコクという国がいかに進んだ知と技を有しているかがお分かりになりますでしょう?」
「我が国は、なんとしてもこの技を手に入れなければなりませんわ。けれど、ただ紙を真似るだけでは足りませんの。その製法を、思想を、そして彼の国が積み重ねた学びの道を正しく知らねばなりません」
「そのためには、国と国との交わり、つまり国交を結ぶほかございませんわ! 国交を開けば新たな交易の道も開けましょう。ニッポンコクの知恵や技が宝石や香料のごとく、我が国を輝かせますわ。この第四王女の願い、どうかお聞き届けくださいませ」
完璧でございます。クロダ、感服いたしました。
「お父様、我が国は、ニッポンコクの知や技を一から積み上げる必要などございませんの。すでにその道を歩んだ先達から直接学ぶことができる。これは、我が国にとって何よりも大きな恵みにございますわ」
「しかも、幸運なことに、わたくしどもの傍らには、そのニッポンコクより参られし尊きお方がおいでです。そのご存在は、我が国にとって師であり、導きでありましょう。これは偶然などではございません。まるで建国の祖が我らを再びお導きくださったかのような……国にとってまたとない慶事にございます。どうか、どうか、この機を逃されませんように……お父様」
お嬢様が泣いておられる!
ここは不肖クロダめが最後の一押しを。
「陛下、失礼ながら申し上げます。殿下のお言葉、まことにその通りにございます。フクハラ様の御出現は、偶然でも幸運でもなく、まさしく天命にございましょう。幾星霜を経て、再び建国の祖が我らをお導きくださった。そうとしか考えられませぬ。この機を逃すことは、すなわち祖先の恩寵を退けるに等しゅうございます。陛下……どうか、ご決断を」
陛下が沈黙めされた。
このようなとき、陛下はたいてい何も考えていない。
考えなしに人の心を震わせる言葉を吐くのが陛下なのだ。
しばし待とう。
「……よかろう。俺はニッポンコクとの国交樹立を決する。その交渉、大任を汝に委ねる。確かに重責だが、なに、恐れることはない。失敗したならば、その責めはすべてこの父が負おう。首が要るというなら俺が差し出すまでよ。だからこそ心置きなく務めよ、ローレンシア第四王女!」
さすが陛下。締めるところはきっちりと締めて見せる。
「陛下の仰せ、しかと承りました。この第四王女ローレンシア、国の大義を胸に、ニッポンコクとの交わりを必ずや成し遂げて御覧に入れましょう。王女として、臣下として、民の娘として、すべてを懸けてお仕えいたします」
お嬢様言葉が消え、完璧なカーテシーでご挨拶なさる王女様は威厳が泥をまとっているかのようだ。
「国交樹立の第一歩……それは、ニッポンコクの方々へわが心を直接届けることにございます。故に、この王宮を背景に、ビデオレターなるものを撮影し、然るべくお届けいたしますわ。我が国の誠意と決意、余すところなく示してみせましょう」
「ビデオレター?」
陛下が訝っておられる。私も知らぬ言葉だ。
「ビデオレターとは、ニッポンコクにて用いられている極めて不思議な技術でございますの。声と姿をそのまま記録して、遠く離れた場所へと届けられる手立てでございます。羊皮紙に書きつける手紙のように言葉を伝えられるだけでなく、わたくしの声色や表情まで正しく相手に届きますのよ。まるで鏡に映したわたくしが、そのまま彼の地で話しかけているかのように。これこそ、国交の始まりにふさわしいご挨拶の手段だと思いませんこと?」
声と姿をそのまま遠方へ? 絵姿を写すのみならず、言葉までだと……俄かには信じ難いが、これが本当であれば国交の端緒としては相応しいといえる。
「ふむ、ビデオレターについては承知した。正直、信じ難いという気持ちもあるが、ローレルの言葉を信じよう」
「それと、お父様。撮影とやらは、フクハラ様でなければできませんの。ですから、どうか王命にてフクハラ様を王宮へお招きくださいませ。あら、まだ謁見も済んでおりませんでしたわね。まずは、お父様……いえ、陛下の御前にお通しするところから始めなくてはなりませんわね」
「ああ、そうだな。クロダ、遺漏なきよう手配せよ」
「は、王命とあらば」
事の重大性から、王命をフクハラ様にお伝えする使者は私が出向くべきと判断した。




