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【IOF_70.log】幽霊と警視総監

 お疲れさまです。

 警視庁奥多摩警察署地域三係鷹の巣駐在所家族奥山五月(さつき)です。

 勤務中異常なし……でよかったかしら?


 はい、大掃除をしています。

 いきなり警視総監が来ることになってそれはもう大騒ぎです。

 大騒ぎといえば夫の行方不明もなかなかのものでした。

 あれは、夫の係が第二当番の日でした。第二当番というのは夜勤のことです。もっとも、夫は駐在所なので係の夜勤とは関係なく、駐在制という勤務形態になって、夜勤はありません。

 夜勤のときの方が係の統括係長と話がしやすいということと、書類を取りに行くと言って夫はパトカーで署に向かいました。たしか、午後7時ころだったでしょうか。夜道なので事故などないようにと思いながら送り出したのを覚えています。


 結局、交通事故どころではない大事件に巻き込まれることになってしまったわけですが……


 いつもなら往復で2時間もかけずに帰ってくるところ、その日は午後9時を過ぎても帰宅しません。10時になっても帰らないあたりで「何かあったのでは」と思い、署に電話をかけました。

 地域課に電話をかけたところ、なかなか出てくれません。

 だいぶ呼び出し音を鳴らしたところでようやく繋がりました。

「鷹の巣駐在の妻です。夫が署に行っているはずです。まだそちらにいますか?」

「いえ、奥山係長は、9時前には幹部室を出ています。まだ戻っていないのですか? となるともしかしたら……」

 電話の向こうは、なにやら慌ただしい雰囲気です。

「もしかしたらというのは?」

「ええ、実は、宿直員がごっそりと行方不明になっていまして。もしかしたら、奥山係長もその行方不明と関係があるのかもと思ったところです。ただ、いなくなったのが宿直員ばかりだったので、奥山係長は無関係の可能性もあります」

 宿直員の大量行方不明ですって? なんですか、それは。

「とにかく、署はいま大騒ぎになっています。申し訳ありませんが、しばらく様子を見ながら待機していてもらえますか。こちらでも把握できたことがあればお知らせしますので」

 急に不安になってきました。


 受話器を置いた私は、いても立ってもいられず駐在所の外に出て夜空を見上げました。

 満月が何事もなかったかのように淡い光を放ちます。

 きっと夫はこの夜空の下、どこかにいて、もうすぐ帰って来るに違いない。

 駐在所の居宅に戻った私は、娘の寝顔を確かめます。

 娘は地元の町役場に勤める公務員です。就職したのだから一人住まいでもすれば気楽でいいと思うのですが、まだ親に甘えたいのだそうです。そう言ってもらえるのは嬉しいので、ついつい甘やかしてしまいます。娘の思うつぼというやつです。

 この子が目を覚ますときまで夫が帰らなかったらどう説明しよう。考えがまとまりません。

 とりあえずリビングに戻ってコーヒーを淹れました。

 一人で飲むコーヒーは、いつもより苦みが強く感じます。


 11時、午前0時……夫は帰宅しません。

 まんじりともせず朝を迎えることになりました。

 この頃までには、夫の行方不明を確信しました。事故にでも遭っているなら必ず連絡があって然るべきです。


 娘を仕事に送り出し、一人で夫の帰りを待ちます。娘には、パパは仕事で帰ってこられないらしいと言ってあります。嘘ではありません。仕事に行って帰宅していないのは事実なのですから。

 10時すぎでしょうか。署から電話がありました。

 署の裏庭に自家用の給油所があるのですが、その前に夫が乗って行ったパトカーがキーを付けたままの状態で見つかったそうです。パトカーの中には、夫の荷物が残されていてドアロックされた様子もないということです。電話口の人もパトカーから夫だけがいなくなったようだと言っていました。

 もはやこれは行方不明で間違いありません。

 夫が自発的にいなくなるような心当たりもありませんので、なんらかの事故か犯罪に巻き込まれた可能性が高いのではないでしょうか。


 外に出て市街の方を見ると何機ものヘリコプターが旋回したりホバリングしたりしているのが見えました。取材のヘリコプターでしょう。上空から署の絵を撮ってもなにも分からないと思います。すみません、八つ当たりですね。

 署員が同時に何人も行方不明になったことに関して、午後から警視総監の記者会見があるそうです。夫の行方について手掛かりになるような情報があればいいのですが……


 テレビで記者会見を見ました。

 なにも分かりませんでした。

 行方不明者の中に夫の名前を見つけたときは心臓がギュッと縮まるような息苦しさを感じて、思わずテーブルに突っ伏してしまいました。間違いであって欲しいと願いました。


 署からは、夫が発見されるまでの間、駐在所の留守を頼まれました。警察の仕事は近くの駐在さんが肩代わりしてくれるそうです。ありがたいことです。

 うじうじしていても事態が解決することはありません。娘のためにも私が強くいなければ。

 ニュースで夫の行方不明を知った近所の方が何人も心配して訪ねてくださいます。励ましを受けながら思わず泣きそうになるのを必死に堪えて笑顔を作ります。感情と正反対の表情を作るのはメンタルをゴリゴリと削られます。励ましは嬉しいのに夜になるとグッタリする日が続きました。

 署員の行方不明は、娘がいる町役場でも話題になったそうです。娘が駐在の娘であることを知る人からは心配されたと話してくれました。

「パパはどこまで仕事に行ったんだろうね」

 散歩の行き先でも尋ねるかのように聞いてくる娘です。でも、本心では父親の帰りを心待ちにしているのがよく分かります。朝起きてきたときに目が腫れぼったいことがあるからです。


 慣れてはいけないことですが、慣れてしまう自分が恨めしいです。心配しつつも、夫がいないことが日常になるのが現実です。そうしないと心が耐えきれないからなのかもしれません。


 そんなある日、近所のおばあさんが私の様子を見に来てくれました。駐在所の見張所で対応して、しばし世間話に花を咲かせました。こういう何気ない会話が気持ちを楽にしてくれます。

 ひとしきり話をした私は、外に出ておばあさんを見送りました。

 見張所に戻ると、誰かいるような気がします。でも、私の他に誰もいません。不思議に思っていると虚空から声が聞こえてきました。


「奥山さんの奥さまですか?」


 びっくりです。

 私しかいないのに誰かが私を呼ぶんです。

 私の声ではありません。だから、私じゃないです。

 声の感じからして若い女性です。

「え? どなたですか?ていうか、誰かいるんですか?」

 キョロキョロと周りを見回します。

「あの、驚かないで欲しいんですけど、私は幽霊です。あ、でも、絶対に人には危害を加えません!」

 なんだ、幽霊さんですか。それなら驚くことではありません。

 駐在所は、山間部にあります。山には行き場のない魂が迷い込んでくるのでしょう。ふわふわと漂う幽体のようなものを見ることがあります。見慣れているというほどではないものの、それほど恐れる必要はないと感じるくらいには耐性が付いています。

 そのことを告げると幽霊さんは姿を現してくれました。

 想像していたよりかわいらしい若い女性です。

 私は、つい嬉しくなってしまって彼女を家に案内しました。

 私が自己紹介をすると、彼女も名前を教えてくれました。郡司蓉子さんとおっしゃるそうです。とても親しみやすい幽霊さんです。

 ほっこりしているところに蓉子さんからとんでもない話が飛び出します。

 夫が異世界に転移していました。

 あの日、いなくなった他の人たちも一緒だそうです。

 そして、全員無事で元気に暮らしていると聞いて、心を凍りつかせていた不安という氷が解けていくような気持ちになりました。

 ほっとしながらも手に持ったカップの中のコーヒーが波紋を描いていたのは仕方ありません。


 蓉子さんは、異世界の金貨を持っていました。見たこともないデザインの金貨です。普段使っている硬貨と比べてずいぶん雑な鋳造だなと思いました。

 聞くと、夫が転移した異世界は、中世ヨーロッパくらいの文明、技術レベルだそうです。それであれば、あの金貨も納得できます。

 その後、蓉子さんに頼まれて駐在所の前で金貨を手に持って写真に収まりました。その写真を異世界から警視庁に送って異世界の存在を認めてもらうのだそうです。役所に異世界の存在を認めさせるのは大変そうです。

 蓉子さんが異世界から持ってきた金貨は私が預かることになりました。私が署に提出して警視庁本部に送ります。これも異世界の存在を証明する手段のひとつです。

 自分が異世界の存在を証明する人間になるなんて想像すらしたことがありません。

 蓉子さんが帰り際に嬉しいことを約束してくれました。一度異世界に帰って、また会いに来てくれるそうで、そのとき夫のビデオレターを届けてくれると。

 そして、最後に夫への伝言を受けてくれると言われたとき、それまで押さえていた涙腺が崩壊しました。夫への言葉を考えただけで涙が止まりません。

 留守は預かっていること、生きて帰って欲しいことを伝えてもらうようにお願いしました。


 蓉子さんの姿が消えてしばらくの間、私はなにもできずに呆けていたようです。はたと我に帰った私は、警察電話の受話器を取ります。異世界の金貨を預かったことを署に報告するためです。

 電話を受けた署の人は、初めは笑って相手にしてくれませんでした。無理もありません。私だっていきなり「異世界から幽霊が来て異世界の金貨を置いていった」なんて聞かされたら絶対に信じません。むしろ、すぐに信じられる人の方がヤバいです。

 電話では埒があかないと判断した私は、駐在所から原付を法定速度の範囲内で飛ばして金貨を署に持って行きました。30キロはもどかしい。でも私は駐在所夫人。違反はいけない。

 さすがに現物があれば対応しないわけにもいかないでしょう。受け取りを渋る相手を勢いで押し切りました。異世界人の妻をなめるな。

 金貨の受け取りを拒否しなかった君。私に感謝なさい。あなたが受け取らなかったら新元素オバキウムは発見されなかったのですよ! よい仕事をしたわ。


 それから数日後、また驚くことが起こります。

 今度は駐在所に警視総監が来るというんです。夫とともに着任して以来、初めてのことです。

 就任直後の初動巡視をするには時期が過ぎています。特に用事はないように思います。強いて言えば例の金貨の件でしょうか。などと考えていたら用件が伝えられました。

 先日の幽霊さん、蓉子さんがまた来てくれるそうです。そして、警視庁の代表と初めて会うことになり、その場所としてうちが選ばれたのだそう。なんて光栄なこと!


 ずいぶん説明が長くなりました。

 大掃除をしている理由は、そういうことです。

 蓉子さんが来たら異世界で動く夫の姿を見られて声も聞けるはず。データをもらえないかしら? 娘にも見せてあげたいです。

 まずは大掃除を完璧にこなして当日を待つことにします。

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