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【IOF_06.log】消えた月

 お疲れさまです。

 警視庁奥多摩警察署地域第三係長鷹の巣駐在所勤務警部補奥山潤です。


 私は奥多摩警察署の鷹の巣駐在所で勤務しています。

 駐在所は、定期異動の対象にならないため、長く勤める人が多いのが特徴です。

 私もご多分に漏れず、もう15年くらいこの駐在所で勤務をしています。

 鷹の巣駐在は、登山口の近くにあることから、休日には多くの登山者が行きかいます。

 登山客がいるということは、遭難事故も発生します。

 なので、奥多摩警察署には山岳救助隊が編成されており、私も隊員として遭難者の捜索と救助にあたっています。


 山奥にある駐在所なので、よく名前を「山奥」と間違えられます。奥山です「お・く・や・ま」。


 奥山こと私は、山奥の駐在所から署に書類を取りに来ていました。係が当番勤務の日だったので、ふと思い出して夜にもかかわらずパトカーで馳せ参じた次第。

 山奥の駐在所で使うパトカーなので、四輪駆動車です。山道や不整地もぐいぐい登ってくれます。

 せっかく署に来たのだからパトカーに給油をして帰ろうと思い、裏庭にある自家用給油所で給油をしているときに異変が起きました。

 余談ですが、警察署には署の車に給油できる自家用の給油所があります。すべての署にあるわけではなく、これがない署は近くのガソリンスタンドで給油をすることになります。奥多摩警察署には自家用給油所があるというわけです。


「はー、今日は月がきれいだなあ」

 給油しながらなんとも気の抜けた独り言ともため息ともつかない言葉を発しているとき、突然停電が発生したのです。

 署の照明がすべて消え、それまで動いていた給油機のポンプも止まってしまいました。

 あたりをきょろきょろと見回してみると、周辺も真っ暗でなにも見えません。

 そのとき、視界の端に何か大きなものが動いたように映りました。

「え?」

 はっきりとした像ではないのですが、署の建物や敷地を囲んでいる外壁といったものがだぶっているように見えたのです。

 私は、思わず目をしばたたかせ、もう一度注視しました。

 署の建物に異常はみられませんでした。

 非常用の電源が稼働したのか、普段より少し暗く見えますが署内の照明も復活したようです。署の周りは相変わらず真っ暗のままですが。

「なんていうか、こういう真っ暗な夜も悪くないもんだ。ちょっと温泉みたいな臭いがするのも風流ってね」

 そう言いながら夜空を見上げた私は、また自分の目を疑うことになりました。


「さっきまであった月はどこにいった?」


 見上げた空には満天の星がきらめています。天の川のような星の群れも見えます。

 でも、つい数秒前までそこにあったはずの月がないのです。

 私は、しばらくの間、口を開けたまま中空を見上げていたようです。


「なにこれ、やだ真っ暗じゃない」


 どこかから聞こえた若い女性の声ではたと正気に戻ると、速足で署に駆け込みました。

「あ、宿責、外が、外が変なんです!」

 私は当番責任者席で何事か書き物をしている福原代理をみつけると大声で報告しました。

「えっと、確か鷹の巣駐在の山奥係長でしたっけ? ええ、そうですね。確かに変です。署の前の車がなくなっていますし、道路もない。市街地だったはずなのに目の前が林だか森のようになっています」

 宿責が立ち上がって窓の外を見ながら気の抜けたようなのんびりした口調で応じます。

「山奥じゃなくて奥山です。いや、それはまあいいんですけど、え、署の前がそんなことになっているんですか?」

「そうなんです。あ、奥山係長でしたね、ごめんなさい。で、署の前のことをご存じない山奥係長はどんな変なことを見たんですか?」

「山奥じゃなくて奥山です。宿責、わざとやってません? えっとですね、私が報告したかったのは、月が消えてしまったということです」

「月が消えた? 雲に隠れたとかではないんですか?」

「満天の星空ですよ。さっきの停電のときに突然月が消えたんです」

 のんびりと受け答えをする宿責と相対しているうちに、さっきまで慌てていたのが馬鹿らしくなってきました。

 月がなくなったくらいでなにを慌てていたのか恥じ入るばかりです。

「そういえば奥山係長は、こんな時間にどうしたんですか? 鷹の巣駐在はずいぶん遠いと思うんですけど」

 宿責がこてんと首をかしげます。

 外国人みたいな風貌でそんな仕草をするのは反則だと思います。破壊力が強すぎます。


 なんかいい匂いがするし。


「地域幹部室に書類を取りに来ていまして。そのついでに裏のスタンドでPCに給油をしていたところです」

 宿責の破壊工作に耐えた私、えらい。

「ああ、そうだったんですね。そうか、うちには自家用の給油所があったんですね。そこは軽油もありますか?」

「いえ、レギュラーガソリンだけですね」

「ああ、そうでしたか……」

 宿責が眉尻を下げます。

「発発ですか?」

「発発ってなんですか?」

 また宿責が首をかしげます。

 ぐっ、また破壊工作が……

「ああ、発発っていうのは発動発電機の略です。あれですよね、宿責が心配しているのは署の非常用発電機の燃料ですよね」

「そうなんです。あ、発発って発動発電機のことだったんですね。ひとつ賢くなりました。ありがとうございます」

 宿責が(大きな)胸の前で手を組んで嬉しそうに笑顔を向けてきます。

 破壊力マシマシです。そういえば駐在所勤務になってからというもの「マシマシ」とかできるようなラーメン屋さんにも行けなくなっていたなあ。

「それじゃあ、私が協定を結んでいるガソリンスタンドに軽油をもらいに行って来ましょうか?」

「本当ですか? 嬉しいです。あ、でも、署の前の道路も消えてしまったような状態で、夜中に外に出るのは危ないような気がします。数時間は電気が使えないようになってしまうかもしれませんが、明るくなってから署外活動を始めるようにしましょう」

「なるほど、確かにそうですね」

「では、山奥係長。すみませんが、最大の警備力を確保したいので、このままここで待機していただけますか」

「あ、はい。山奥ではなく奥山ですが……まあいいか」

 苦笑いするしかない。


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