【IOF_65.log】奥さまと異世界金貨
「奥山さんの奥さまですか?」
「え? どなたですか? ていうか、誰かいるんですか?」
奥さまと思しき人がきょろきょろと周りを見回します。なんか、悪いことをしているような気がしてきました。
「あの、驚かないで欲しいんですけど、私は幽霊です。あ、でも、絶対に人には危害を加えません!」
「幽霊? それなら特に驚きはしないけど。ここは山奥だから迷っている人がたまにいるもの」
奥さまは、意外と肝の据わった方でした。
「それでは、これから姿をお見せします」
「ええ、どうぞ」
私は不可視を解除して姿を現します。
「あらっ、かわいい幽霊さんだこと!」
驚くと思った奥さまは、以外にも大喜び。むしろこっちが驚きましたよ。
「ここだと人目につきます。どこか人目のないところでお話がしたいです。かなり重要なお話です」
「そうなの? じゃあ家の方に案内するわね」
駐在所ですからね、普段の生活空間があるわけです。
リビングに通された私は、勧められた椅子に座るような体勢で浮遊します。
「自己紹介するわね。私は奥山五月。奥山潤の妻です」
やっぱり奥さまでした。これで都度「奥さまらしき人」とか言わなくて済みます。
「私は、郡司蓉子といいます。奥多摩警察署の霊安室にいた死体から魂だけが分離した幽霊です」
「あら、そうだったの」
奥さま、意外とあっけらかんとしています。
「奥山さんが行方不明になっている件です」
私が切り出すと奥さまの顔色が変わりました。
「な、なにか知っているんですか? 幽霊さんが来るということは、まさか……」
奥さまが絶句します。
「ご安心ください。奥山さんは無事です。ただ、この世界にはいません」
「この世界にいない? やはり冥界とかですか?」
「いえ、間違いなく生きています。その点は安心してください。ただ……」
「ただ?」
奥さまが私の目を覗き込むように首を傾げます。
「行方不明になった当日の当番責任者だった福原警部さんたちと一緒に異世界に転移しています。今は、転移先で共同生活を送っているところです」
「そうなのね。それをあなたが知っているのはなぜ?」
「はい、私も一緒に転移したからです。私も現地で皆さんと一緒に毎日過ごしています」
「でも、今あなたは日本にいるわよ? あなたは日本に帰ってこられたということよね? じゃあ、夫も帰ってこられるのね?」
奥さまの顔が期待に満ちています。この先を伝えるのが心苦しいです。
「それが……残念ながら奥山さんは帰ってこられません。ただ、『今は』という条件がつきます。絶対に帰れないわけではないそうです。向こうの世界を管理している神様がそう言っていました」
「帰ってこられる可能性があるのは嬉しいことだけど、神様がっていうところでなんだか急に怪しげになってくるわ」
「分かります」
思わず私も苦笑してしまいます。
「急に『神様が言ってました』なんて言われても信じられなくて当然です。でも、私がこうして日本に帰って来られたのは神様の計らいがあったからです」
懐から冥魂府通行証を取り出して奥さまに見せます。
「冥魂府通行証、ヨウコ・グンジ……なにこれ?」
「これは、冥魂府という死者の魂を管理している天界の役所が発行した通行証です。この通行証を持っていると、冥魂府を経由して転移先、オヤシーマ王国といいます。そこと日本を往来することができるんです。往来できるのは、肉体を持たない魂だけなので、奥山さんたちは、この通行証では往来できません」
「そうなの……」
納得いかないような表情です。
「たぶん厳重に伏せられていると思うんですが、異世界から警視庁に転移についての報告書が送られています。文書管理システムというものが使えるようになったそうです。だから、警視庁が情報を握りつぶさない限り、その報告書で転移の事実が分かりますし、報告書には全員の写真が添付されていますから、元気な姿を確認することができます」
「とっても嬉しい情報だけど、警視庁が異世界の存在を認めるとは到底思えないし、もし本当に報告書が上がっていたとしても、私が見ることなんてできないでしょうね」
奥さま、ちょっと寂しそうです。
「また会ってもらえるなら、今度は写真とかビデオレターも持って来ます!」
「本当?! それはすごく嬉しいわ!」
奥さまの顔がぱあっと明るくなりました。
「それで、今日は二つお願いがあります」
「なに? 私ができることなら協力するわよ」
奥さまがぐいっと体を前に寄せてきます。
「いま、異世界のお金を持ってきています。金貨1枚です。これを奥さまに預けますから、奥多摩警察署に届けて欲しいんです。異世界から来た幽霊が置いていったと。これがお願いの一つ目です」
革袋から金貨を取り出してテーブルの上に置きます。
「これが異世界の金貨……」
奥さまは、手を触れていいものか戸惑っている様子です。
「触って大丈夫です。世界を移動するとき、天界の検疫システムが働いて、不衛生なものは取り除かれるようになっているそうです」
「そ、そうなのね。それじゃあ……」
奥さまが恐る恐る金貨を手の平に乗せます。
「思ったより重量感あるのね」
「純金に近いらしいです」
「売ったらお金になっちゃうわね」
「う、売らないでくださいよ!」
「冗談よ」
奥さま、いい笑顔です。
「もう一つのお願いは、この金貨を持った奥さまの写真を撮らせて欲しいということです。その写真を私が異世界に持ち帰って、異世界からの報告書に写真を添付します。報告は異世界から日本に移動することの検証結果です。奥さまが異世界の金貨を持っているということは、誰かが異世界から金貨を持ち込んだということ。そして、その写真を日本から異世界に持ち帰ることができているということを証明するためです」
奥さんが感心しています。
「全面協力するわ。どうすればいいの?」
金貨の面が見えるように手に持って駐在所の前で写真を撮りましょう。
奥さまは、リクエスト通りのポーズで写真に収まってくれました。当初の計画通りにはいきませんでしたが、目的としては達成できたと思います。
「ご協力ありがとうございます。私はこれで失礼しますが、奥山さんにお伝えすることはありますか?」
奥さまの目から涙が溢れ出しました。
「留守はしっかり預かります。だから、必ず生きて帰ってください。娘ともども待っています。そうお伝えください」
承りました!
「では、必ずまた来ます。奥山さんのビデオレター楽しみにしていてください」
奥さまが涙でぐちゃぐちゃのまま笑っています。
名残惜しくはありますが、私も戻らなければなりません。
「移動目標、冥魂府聴聞室前室!」
「移動目標、オヤシーマ王国オーメ領異世界警察署!」
2段階の移動で署に戻ってきました。
まずは、福原さんに報告。そのあと奥山さんに奥さんからのメッセージを伝えなければ。




