【IOF_61.log】裏帳簿
お疲れさまです。
警視庁異世界警察署警務課会計係小路結です。
勤務中異常なし。
いま、帳簿付けが楽しい。
異世界に転移してから、日本のお金は価値がなくなった。その代わりといってはなんだが、現地の通貨が手に入った。領主のお嬢様を保護した謝礼として領主である辺境伯から大金貨100枚をいただいたのだ。
この大金貨100枚をスタートにして、新しく会計帳簿を作った。
まっさらの状態から会計帳簿を付け始めるのは初めて。
もらった大金貨100枚は、会社でいえば資本金みたいなものだ。このお金をもとにして、異世界での経済活動が帳簿として記録されていく。お金の流れは、色々なことを可視化してくれる。それを追っていくのが楽しくて、異世界でホームシックになっている暇などない。
ただ、帳簿を付ける立場として言わせてもらうと、お金の単位がないのは勘弁してほしい。こちらでは「銀貨何枚で金貨1枚」といった数え方をする。それで実際の取引場面では問題ないのは分かっている。でも、帳簿を付けるときに不便なのだ。
やはり、通貨の単位が欲しい。
たとえば、銅貨1枚を「1テンテル」のように定めて、銀貨なら「10テンテル」、金貨なら「100テンテル」とすれば帳簿付けがとてもやりやすくなる。帳簿の金額に「金貨1枚、大銀貨1枚、銀貨2枚、銅貨8枚」とか書くのはとても煩雑に感じる。これに対して、通貨単位を使えば「178テンテル」だけで済んでしまう。とっても簡単。
テンテルが不敬なら「ジュリ」でもいい。ああ、本当にこれはよさそうだ。私が国の中枢に食い込んだら絶対通貨単位を実装して単位を「ジュリ」にする。これは目標ではない。決定事項だ。
帳簿付けとリリヤさんが持ち込む薄い本が楽しみな私に、町での仕事が舞い込んだ。
福原代理から説明を受けた内容によると、町で冤罪があって、セドリ商会の商会長が首謀者で元従業員のクロードという男性に、ありもしない泥棒の罪を着せようとしたとのこと。
手口はいたって単純。商会の従業員に嘘の目撃証言を騎士団に通報させ、その証言に基づいてクロードさんを処罰させようとしただけのことだ。
その事件を福原代理が捜査の指揮を執り、見事解決したとのこと。
まず、被害にあった金貨を入れていたとされるガラス瓶。これに犯人とされたクロードさんの指紋がひとつも付着していなかった。その代わり、被害者であるセドリ商会長、もうセドリでいいか、そいつの指紋だけが10個以上も着いていたとういことだ。つまり、クロードさんはガラス瓶に触れていなかったのだ。おまけに福原代理の華麗な反対尋問により、騎士団に通報した目撃者は、セドリに命令されて嘘の証言を行っていることが露見した。
早い話が、セドリの自作自演だった。バカか?
なんでこんなことをしたのかというと、セドリは、商会の帳簿をごまかして税金の額が少なくなるように工作していたのだ。そのことに気付いた元従業員のクロードさんは、セドリに翻意するよう意見したが、アホなセドリは改めるどころかクロードさんをクビにして追い出してしまった。
それだけでは腹の虫がおさまらないセドリが、クロードさんに濡れ衣を着せて破滅に追い込んでやろうとしたのが事件の動機となっている。逆切れも甚だしい。
そんな流れで事の発端が帳簿の工作による脱税だったことが判明した。
その事実を裏付けるために帳簿操作ならぬ帳簿捜査のために私が呼ばれたという流れだ。
私は、福原代理に連れられて町の騎士団本部に着いた。
道中は、狭い車室内で福原代理が呼吸で吐いた二酸化炭素を吸っていると思うと興奮して危うく過呼吸を起こすところだった。福原代理の体内で作られた二酸化炭素だぞ。感動で眩暈がする。福原代理の美しさは罪だ。誰もが惹きつけられて抗うことができない。まさに原罪。
車を降りるとき、ちょっとふらついてしまった。息を吸う一方であまり吐かなかったからだろう。福原代理製二酸化炭素を吐くなんてできるか。とっさに福原代理が支えてくれた。なんかいい匂いがする。至福である。私、このまま死ぬのかな?
結論、死ななかった。
騎士団本部には、すでにセドリ商会から押収された帳簿が用意されていた。
さっと一瞥しただけで「うわっ、汚い」と漏らしてしまった。汚れているわけではない。帳簿としての体裁がなっていない。字も汚い。セドリの性格が表れているのだろう。
会ったこともないセドリのことがなぜこんなに嫌いなんだろう? ああ、そうか。福原代理から聞いた話で、セドリは福原代理や可愛さんに食ってかかったということだった。神より尊い福原代理とその部下ぞ? 万死に値する。
さっきからちっとも話が進まない。これも原罪故か……
「裏帳簿がありますね」
汚らわしい帳簿を一通り見終わった私が福原代理に報告した。
「やはり裏帳簿ですか」
福原代理もそう予想していたようだ。さすがです。尊敬します。
「これは『単式簿記』という書き方です。これだとお金の入りと出、そして残高しか把握できません。そもそもお金以外の資産、土地とか建物といった不動産や宝石、貴金属、価値のある美術品、骨とう品みたいなものがまったく反映されません。お金をこういった資産にして保有してしまうと帳簿上の残高が少なく見えます。あと、借金も帳簿に現れません。むしろお金の入りとして記録されるので実態とは逆のことを記録することになります。『わーい、お金が増えた』と喜んでいたら、実は借金でした、なんてことになるわけです」
「なるほど。お小遣い帳レベルならいいけど、ある程度の規模の経済活動には向かないということですね」
まったくその通り。
「裏帳簿を探しに行きますか? バルボアさん」
「はっ、税金のごまかしは重罪とされています。追及が必要かと」
「そうすると、このメンバーだけではちょっと頼りないですね。一度署に戻って須田主任と幽霊さんを連れてきましょう」
私たちは福原代理が運転する軽のパトカーで署に戻ることにした。
なぜ上司である福原代理に運転させているかって?
警察車両を運転するには、公安委員会の運転免許の他に警視庁部内の運転技能検定に合格している必要があるからだ。お恥ずかしながら私は検定を持っていない。
異世界なのだから、そんなことを気にしなくてもいいのだが、福原代理はそういうところが厳格で、守れる規則は守る方針を示している。だから、運転も検定を持っている自分がやると言われた。「旅の恥はかき捨て」ということわざがある。福原代理は、旅先でも恥をかかせないタイプだ。
署に着いたバルボアさんが、腰を抜かさんばかりに驚いていた。署に入ったオヤシーマ王国人としては5人目になる。少しずつ現地の人との関りが増えてきているのを実感する。
後にこのバルボアさんが、オヤシーマ王国の初代内務省警保局長になるのだが、このときはまだ私を含めて誰も知らない。
「須田主任は、公安事件で捜索差押に従事したことはありますか?」
福原代理が須田主任を引っ張ってきた。
「え、はい、ありますよ」
突然の質問に須田主任は困惑しているようだ。無理もない。
「それなら心強いです。これから脱税の疑いがある商会に騎士団と協力して捜索に入ります。須田主任は、立会人の行動から重要な証拠の隠し場所を特定して欲しいんです」
「そういうことなら任せて。要は行動観察でお宝の隠し場所を見つければいいんだね」
「その通りです。幽霊さんも同行してください。幽霊さんにしか頼めない仕事があります」
「わっ、嬉しい! 行きます!」
最近、出番が少なくなっていた郡司さんが、元々浮遊しているところ、さらに飛び跳ねて喜んでいる。
セドリ商会に着いた。バルボアさんの先導でどかどかと踏み込む。
「日本なら令状が必要になるところですが、ここは異世界のルールというかやり方に従います」
人様の建物に勝手に踏み込んでいたが、令状はいらないのだろうか? そう思っていたところで福原代理が疑問に答えてくれた。やはりそうか。




