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【IOF_60.log】伝聞法則

 シモンとは?

「バルボアさん、自分の指をよーく見るっす。なんか面白い模様がないっすか?」

 ああ、確かに。渦巻のような波のような模様があるな。

「それが指紋っす。その指紋は『万人不同終生不変』といわれていて、同じ指紋の人はまずいないっす。難しい確率の話をすると、1兆人に1人の確率っす。そんなこと現実に起こり得ないっす。そして、生まれて死ぬまで指紋が変わることはないっす。つまり、あるところに残された指紋が誰かの指紋と一致したら、その物はその誰かさんが触ったということっす。泥棒の現場にある物に犯人と疑われている人の指紋があったらどうなるすか?」

 いきなりカワイ様のシモン講座が始まった。カクリツってなんだ?


「現場に残された指紋と犯人と疑われている人の指紋が一致したら、それはその人が泥棒の現場にいたということ……?」

 俺は、ちょっと自信がなかったので、最後は声が小さくなっていった。

「大正解っす! バルボアさん、捜査のセンスあるっすね」

 え? そうかな……なんか嬉しいな。

「指紋は、指の皮膚から出ている汗や油が触った物に着くことでできるっす」

 説明しながらもカワイ様の手は休むことなく動き続ける。

 今は、綿毛のようなもので瓶の全体にアルミニウムの粉をぽんぽんと乗せている。

「出てきたっすよ」

 カワイ様が瓶のふたをつまんで俺の目の前に差し出した。


「おお……」

 思わず声が漏れた。

 本当に瓶にシモンが現れている。

 今まで目に見えていなかっただけで、こういうものが残されていたとは。

「ここからが腕の見せ所っす」

 カワイ様は、綿毛のようなものから刷毛のようなものに持ち替えた。

「このままだと指紋の隆線がぼやけていて鑑別しにくいっす。隆線ていうのは、指紋の線のことっすよ。だから、この刷毛で余計なアルミ粉を落としつつ、隆線にはしっかりアルミ紛を乗っけていく必要があるっす。ここが熟練を要するところで、あまり強く刷毛で掃いてしまうと隆線を壊してしまって証拠を台無しにしてしまうっす。コツとしては、隆線の流れに沿って軽ーく軽ーくなぞってやるっす」

 カワイ様の説明のとおり、さっき見せてもらったときよりはっきりシモンが分かるようになっている。これは職人技だ。


「これで指紋の検出は終わりっす。だいたい10個くらい採取できそうな指紋が出たっすね。今度は、これをゼラチン紙に写し取るっす。これも慣れが必要なところっす。指紋の上にゼラチン紙を張り付けて転写するんすけど、慣れないと気泡が入って隆線がきれいに取れないっす。この作業はやり直しがきかない一発勝負っす」

 カワイ様が言う「ゼラチンシ」というのは、それ自体は透明なもので、それを黒い台紙に貼り付けてあるのだそう。シモンを採取するときに透明なものを台紙から剥がして、粘着面を指紋の上に乗せて隆線をゼラチン質に転写するという手順らしい。これは難しそうだ。

 カワイ様は、説明をしながら次々と指紋をゼラチンシに転写していく。とても真似できない手際の良さだ。

「当たり前っす。私はこれで飯食ってるすからね。未経験の騎士さんに初見で真似されたら立つ瀬がないっす。でも、こつこつ練習して自分なりに工夫していけば、騎士さんだって同じようにできるようになるっす。なんなら教えてあげるっすよ」

 なんとありがたい申し出! この技術は、騎士団の事件捜査を大きく変えてくれるだろう。

「でも、指紋を採取しただけで事件は解決しないっすよ。採取した指紋を犯人と疑われている人や参考人の指紋と比較して、どの人の指紋と一致するか鑑別するのがまた難しい作業っす」

 その通りだ。シモンを比べて誰のものかを特定しなければ意味がない。


「指紋が同じものかどうか鑑別するには、12個の特徴点が一致することを指摘する必要があるっす。特徴点ていうのは、隆線が分岐したり途切れたりするところのことっす。これが12個一致していれば、その指紋は同じだと言えるっす。そのあたりの技術も追々教えるっす」

 次々と新しい言葉が出てきて理解が追い付かない。いや、追い付かなければならないのに泣き言を言っている場合ではない。


「さてと、セドリさん、参考人指紋を取らせて欲しいっす」

「参考人シモンでございますか?」

「そうっす。いま採取した指紋と比べるためにセドリさんの指紋が必要っす」

「なぜです? 犯人はクロードなのですから、奴の指紋と比べれば済むのでは?」

「そうもいかないんすよ。クロードさんが犯人だとしても、他の人も指紋も付いているかもしれないっすからね。セドリさんもこの瓶に触ってたんすよね? それだったら指紋が取れているはずっすから、それを確かめる必要があるっす。ご協力お願いしますっす」

「いや、しかし、それは承服いたしかねますぞ……」

「どうしたすか? 顔色が悪いすよ。セドリさんの指紋を取ると何かまずいことでもあるすか?」

「そ、そんなことはございません。何もまずいことなど……ただ、このシモンとやらが本当に万人不同なのか疑わしいものです。そんなもので犯人かどうかなど分かるはずがないではありませんか」

「もちろんすよ。もし、この瓶にクロードさんの指紋があったとしても、それだけでクロードさんが犯人だとは言えないっす。指紋が証明してくれるのは、クロードさんがこの瓶に触れたという事実だけっす。そして、この瓶があったこの部屋に立ち入った可能性があるという事実までっすね」

「私が言いたいのはそういうことではないのです。シモンで個人が特定できるのが疑わしいと言っているのです」

「そういうことなら、偶然同じ指紋が現れる確率が1兆分の1だっていう論文を出すっすよ? その問題は、すでに科学的、統計学的に証明されたことっす。すでに証明されていることを『疑わしい』と言ったところで、それは通らないっす」

「ううむ……ああ言えばこう言いおって……小賢しい女だ。いいでしょう、サンコウニンシモンとやらを取っていただきましょう」

「ご協力に感謝するっす」


 カワイ様は、黒い板のようなものを出し、そこにセドリの指を押し当て、いつくかの仕切り線が書かれた紙に氏の指を乗せた。するとどうだろう、紙にセドリのシモンが現れたのだ。これも驚きの技術だ。いま、さらっと「紙」と言ってしまったが、これもわが国にはない物だ。我が国で紙といえば羊皮紙しかない。カワイ様が使っている紙は、羊皮紙とは比べ物にならないくらい滑らかで白い。どんな技術で作られているのだろう。


「指紋採取は終わりですね。それでは、次は目撃者からお話をお伺いしたいです。たしか、目撃者は商会の従業員だったそうですね?」

 フクハラ様が穏やかに話を切り出した。

「そうです。うちの商会の従業員が、留守の商会の様子を確かめに来たところ、クロードが商会の前で金貨を数えているのを見たと言っておりました」

「その従業員は、クロードさんをご存じだったのですね?」

「そ、そう言っておりましたな……」

「その従業員は、いま商会にいらっしゃいますか?」

「ああ、たしかいたはずです。呼んで参りましょうか?」

「はい。お願いします」


 セドリが事務所の奥に消え、間もなく1人の男を連れてきた。

「この男がクロードを見た者です」

「お仕事中すみません。少しお手伝いをお願いしてもよろしいですか」

 フクハラ様が男を連れて商会の外に出た。

「3日前、あなたがクロードさんを見たのは、どのあたりからですか?」

 男は、少し考え込んでからおもむろに歩き始め、30歩ほど歩いたところで立ち止まった。

「そこからクロードさんが金貨を数えているところを見たわけですね」

 男が頷く。

「なるほど。30歩ですから18メートル、こちらの単位にしたら10ケーンくらいですか。実は、3日前は新月、つまり月が出ていない夜でした。月明かりがない夜道、10ケーン離れたところから、クロードさんだと分かりましたか? そして、手元で金貨を数えていたと間違いなく証言できますか?」


 お、男ががくがくと震えだしたぞ。セドリをちらちらと見ているな。

「おい、お前! お前はクロードを見たんだろう! 金貨を数えているのを見たんだ! そうだな? そうだと言え!」

 男は黙って首を横に振った。

「これで証拠を一つ潰せましたね。今回の事件は、この証言さえ崩せれば、クロードさんの犯人性が否定できてしまいます」

 あっさりとクロードの無実を証明してしまった。カワイ様といいフクハラ様といい、異界の捜査というのは恐ろしいものだ。

「バルボアさん、この国に無辜(むこ)の人を罪に陥れることが何かの犯罪になりますか?」

「いえ、人を罪に陥れること自体は犯罪になりません。ですが、騎士団に嘘の通報や証言をするのは、結局、領主の判断を誤らせることになります。そういう文脈で罪に問われる可能性はあります」

「では、この男性は騎士団に預けた方がよさそうですね。それともう一つ、自分では直接手を下さずに、誰かに命令したり(そそのか)したりして犯罪を実行させるのはどうですか?」

「そういう法はありません。だから、本当に悪い奴は、いつも自分では手を汚さず、手下にやらせています。それで何度悔しい思いをしたことか……」

「そのあたりも改善の余地がありそうです。さあ、私たちは騎士団本部に戻りましょう。戻ったらクロードさんの指紋採取をして、現場指紋との照合です」

「はっ!」


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