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【IOF_59.log】指紋採取

 団長室を後にした俺は、すぐにフクハラ様と引き合わされた。もちろんローレンシア様も一緒だ。順番としては、フクハラ様がローレンシア様を伴って騎士団を訪れ、ローレンシア様から団長に下命があったらしい。だから、俺が団長室を出るのを待たれていたというわけだ。端から逃げ道なし。

 いや、治安維持と事件を扱うことは嫌いじゃない。むしろ気に入ってる仕事だ。しかし、行動を共にする相手が相手だ。よりによって領主様のお嬢様と異世界から来たテンテル様の使徒であると噂されているフクハラ様だ。責任の重さが半端ではない。

 愚痴ばかり言っていても仕方ない。この大仕事、やり遂げてやろうじゃないか。

 ローレンシア様とフクハラ様の前に進み出て騎士の礼を執る。

「ヘキチ辺境伯の娘、ローレンシアよ」

「日本国から参りましたジュリ・フクハラです。この度は不躾なお願いにもかかわらず、ご協力をいただけるとのこと、感謝いたします。こちらは同僚のフウカ・カワイです」

「フウカ・カワイっす。よろしくっす」

「騎士のバルボアです。本日からフクハラ様の指揮下に入ります」

 お二人の名乗りを待ってご挨拶申し上げる。

 フクハラ様は、現場のときからだがやたら腰が低い。神の使徒であれば貴族と同等か王族並みの身分だと思うのだが、まったくそのような素振りが見えない。

 そして、いい匂いがする(2回目)。

 これだけでこの任務を与えられた見返りとして十分だ。

 カワイ様は、ふわっとした雰囲気のかわいい系お嬢さんだ。でも、口を開くと言葉の語尾が独特だ。あの「っす」とは?

「っすは、っす。特に意味はないっす」

 左様でございますか。

「早速ですが、セドリ商会に連れて行ってください。そこで商会長さんからお話を聞きたいのと、ちょっとした作業をしたいです」

「了解しました。ご案内します」

 騎士団本部を出てセドリ商会に向かう途中、フクハラ様と話すことができた。とても穏やかな話し方で、まったく偉そうなところがない。俺のような下っ端にも敬語を崩すこともなく、丁寧に接してくれているのが伝わってくる。この事件に関わっている間だけだがしっかりお仕えしよう。


「セドリ殿はおられるか」

 セドリ商会に着き、商会長を呼び出す。

「おお、これは騎士様。本日はどのようなご用件で? クロードが盗みを認めましたか?」

 セドリがいやらしい作り笑いで奥の事務所から現れた。

「いや、その件ではあるが用件としてはそうではない。こちらにいらっしゃるのはフクハラ様とおっしゃり異国からいらっしゃった。フクハラ様は異国で事件の捜査を専門とする仕事をなさっており、とても進んだ捜査技術と知識をお持ちでいらっしゃる。今回の事件でフクハラ様のお力をお借りすることとなった」

「左様でございますか。いや、とてもお美しいお方ですので、わたくし、てっきりいずこかの姫様かと思っておりました」

 相変わらずいやらしい笑顔だ。

「フクハラです。よろしくお願いいたします。バルボアさんからご紹介いただきましたように、私は異界から参りました。異界とはずいぶん環境が違い、毎日驚くことばかりです。特に、夜の暗さですね。私がいた国では夜でも明かりがあって、女性が一人でも歩けるようなところでした。こちらは夜道が怖いですね。この前など躓いて転びそうになってしまいました」

 セドリのくだらない与太話は完全に無視された。ざまあ。

「ああ、夜は気を付けないといけません。そもそも女性の一人歩きはよろしくありません。なにしろ七、八ケーンも離れたら顔も分かりません。よくよく気を付けませんと」

「いや、本当におっしゃる通りです。ご指導ありがとうございます」

 フクハラ様が頭を下げた。神の使徒様が頭を下げるなどあってもよいのですか!


「すみません、雑談が過ぎました。本題に入ります。事件当日に金貨を入れていたガラス瓶というのはどれですか?」

 フクハラ様は、セドリのくだらない与太話をぶった切って本題に入られた。いいご判断だ。

「ああ、それならあちらに。いまお持ちします」

 セドリが事務所の壁に作りつけられた戸棚を指さす。

「待ってください!」

 フクハラ様が珍しく強めの言葉でセドリを制した。

「うおっと……」

 セドリが慌てて戸棚に伸ばした手を引っ込めた。

「戸棚から取り出すのはわたくしどもがやります。そのガラス瓶について教えてください。ガラス瓶は、被害の後どなたが触りましたか?」

 フクハラ様は、セドリと戸棚の間に割って入るように移動した。

「戸棚の中の物は、私以外誰にも触らないようにきつく申し付けています。だから、私しか触った者はおりません」

 セドリが自信たっぷりに答える。

「そうですか。分かりました。可愛さん、作業を始めてください」

「了解っす!」

 カワイ様は、被っていた帽子のつばを後ろに回し、ポケットから透明の袋に入った四角い布のようなものを口と鼻を覆うように着けた。ああ、なるほど、布から耳に掛ける紐が出ているのか。そして、別のポケットから白い手袋を出して両手にはめた。

「セドリさんは、どうぞ椅子にお座りになってください。バルボアさん、セドリさんが作業中に手を出さないように側にいてあげてください」

 フクハラ様の指示に従って、椅子に座ったセドリの隣に立つ。

「被害に遭ったのは、このガラス瓶っすね」

 カワイ様が戸棚からガラス瓶のふたの部分を指でつまんで取出し、セドリに見せて確認した。

「ええ、それです。その中に私の大事なポケットマネーを入れておいたんです。それをあのクロードめが盗んで行ったんです。なんてやつだ!」

 セドリが悔しがってみせた。

 あまりにも安っぽい演技だったので誰も反応しない。

 カワイ様は、銀色の四角い箱から灰色の敷物のようなものを取出し、テーブルの上に広げた。

 その上に瓶をそっと置き、また銀色の箱から手の平より少し小さいくらいで乳白色の箱を出す。そのあと、細い棒の先に綿毛のようなものが付いたものともう一本、やはり細い刷毛のようなものを取り出して敷物の上に置いた。

「さて、始めるっすよ」

 カワイ様が肩をぐるんぐるん回して気合を入れている。口の周りを布で覆っているからか、声がくぐもっている。見た目はゆるふわ女子だが言動は男性っぽくて面白い。

 カワイ様は乳白色の箱のふたを取り除く。ふわっと白っぽい粉が舞った。

 箱の中を覗き込むと、淡い灰色をした粉が入っていた。その粉は、とても粒が細かいのか少しの風でも舞い上がってしまうほどだ。

「これはアルミニウムっていう金属の粉っす。こっちにはアルミニウムってあるっすか?」

 アルミニウムという金属は聞いたことがない。

「アルミニウムをものすごーく細かく砕いた粉っす。これをこの瓶にぽんぽんと付けていくっす。そうすると指紋が現れるっす。この瓶を触った人の指紋しか残らないすから、瓶から指紋が出たら、その人は触ってるっす」

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