【IOF_05.log】ここはどこ?
「ごぉぉぉん」
突然地下から何かの機械が動き始めたような音が聞こえてきました。
その直後、非常用の照明が点灯して署内が見渡せる程度には明るくなりました。
地下に設置された停電時の緊急用発電機が自動的に起動したようです。
「よかった」
私は胸をなでおろしました。自分が思っていた以上に真っ暗闇が怖かったようです。
「あ、え? ええええええええええ?!」
玄関を出た可愛さんが奇声を上げています。語尾がおかしいのではなく、奇声です。
「可愛さん、どうしました?!」
可愛さんの後を追うように玄関に駆け寄ります。
「しょ、署の前の車が全部なくなってみゃーす!」
なんだか語尾がさらにひどいことになっています。
「あと、署の前の道路がないっす! 外が真っ暗っすよー!!」
可愛さんの声が震えています。
「可愛さん、なにを言っているんですか、ってええええええええ?!」
思わず私も奇声を上げてしまいました。
署の前は駐車場になっていて、現場に臨場するための捜査用車両や事故処理車がとめてあったはずですが、それらもすべてなくなっているではありませんか。
可愛さんが現場採証用の集光灯で署の前を照らしていますが、署の前を通っていたはずの道路もなく、雑草が生えた地面になっています。
そして、少し先を照らすと生い茂る木々が浮かび上がりました。
「たしかうちの署って、一応市街地にありましたよね?」
「はいっす。田舎警察だったけどとりあえず道は通ってたような気がするっすよ」
「どういうこと?」
二人で首をひねります。
「あと、かすかに硫化水素の臭いがするっす。近くに温泉でもあるんすかね」
「硫化水素ですか。かすかな臭いならいいんですけど、強く臭うようになると中毒の危険がありますね」
「そうっすね。要警戒っす」
私ははたと思いつきました。非常用の発電はいつまで持つのだろうかと。
腕時計を確認すると、今は9時ちょっと前。
そうすると発電は、もって午前3時まで。まずいです。
私は、非常用電源の発電機を動かす燃料が心配になりました。
非常用電源は、本当に災害時の一時的な電源を賄うことを想定したもので、継続的な減力供給を行うことは考えられていません。
大規模な地震災害で電力会社からの電力供給が長時間にわたって止まったような場合でも、協定を結んでいる給油施設から燃料の融通を受けられるようになっています。
しかし、給油がない状態で発電機を連続使用した場合、備蓄の燃料ではせいぜい6時間程度しかもちません。
なので、このまま停電が続いて燃料の補給がないとしたら、翌日の午前3時くらいには電気が使えない状態に陥ってしまいます。
「えっと、みなさん、こんな状況の中申し訳ないんですけど、本当に必要なもの以外の電気利用は控えていただけると助かります。停電が長引くと明日の3時ころには発電機が止まります」
私は玄関から署の受付に戻って、そこでわたわたしている当番員のみなさんに電気使用の自粛をお願いしました。
「了解! あと、この先の指示をください」
無茶なお願いをしたにもかかわらず、当番員のみなさんは快く応じてくれました。みなさんいい人です。
「この先ですか……えっと、そうですね……」
私は何を指示していいのか思案してしまいました。ダメですね、こういうとき「俺についてこい!」みたいな強いリーダーシップを発揮できない幹部なんて。
「福原代理」
おろおろしている私に警務係の城取主任がそっとメモを手渡してくれました。
そのメモにはこう書かれていました。
1 留置場
2 署内の人員確認
3 指揮命令系統の確立
わー、城取主任ありがとう!
ねえ、当番責任者代わってくれません?
え、ダメ? ちぇ
「えっと、それじゃあ城取主任は留置場の確認をお願いします。被留置者の一時解放も含めて検討します」
「了解」
城取主任が2階に駆け上がって行きました。
「次がなんでしたっけ。あ、そうそう、それでは交通の木村係長と生安の正村さんは署内の人員確認をお願いします。署内にいる人は全員この1階に集まってもらってください。あと、上の寮も見てもらって、在寮している人は全員寮員参集を発令します」
「了解しました」
「公安の須田主任と暴対の南畝主任は、非常用電話と無線、110番システム、それと地図端末が使えるかどうかを確認してください。あ、ついでにけいしWANもお願いします」
「了解です!」
「とりあえずこんなものかしら。私はあれね、状況を報告できるようにまとめておかないと」
城取主任のおかげで当番責任者らしいことができて一安心した私は、一旦自席に腰を落ち着けることにしました。あとはみなさんの報告を待ちましょう。
「あれっ? 誰かゴミ箱の中を捨ててくれましたか?」
席のすぐ脇にあるゴミ箱を見ると、少したまっていたはずのゴミがきれいさっぱりなくなっています。
誰が捨ててくれたのでしょう。あとでお礼を言わないとですね。




