【IOF_56.log】ちょっと待った
「ん?」
若い男性を取り押さえていた騎士の一人が振り向きます。
「あ、あなたはフクハラ様! フクハラ様がいかがなさいましたか? この者は、セドリ商会に忍び込み盗みを働いた疑いで騎士団本部に連行するところです」
ええ、そのようですね。
「ところで、その男性には目撃証言以外に被害と犯人を結びつける証拠があるのですか?」
「いや、目撃証言だけだ。通報してくれた市民を信用するのも騎士団の務め。目撃証言は自白に次いで重要な証拠になる」
その騎士は誇らしげに話してくれました。
うん、これは冤罪のリスクが高いですね。
「ご迷惑はお掛けしませんので、私と同僚の女性で騎士団本部までご一緒させていただいても?」
「フクハラ様がケイサツという騎士団の中の治安維持部門のようなお仕事をなさっているのは承知しておりますが……私の一存では決められません。少々お待ちを」
騎士が取り押さえを他の人に代わってもらい、分隊長と呼ぶ騎士のもとに走り寄って、事情を説明しています。
「お待たせした。騎士団までご同行いただいて構いません。辺境伯殿からフクハラ様には最大限便宜を図るようお達しがなされている」
騎士団のお許しがいただけました。私たちは、縄でぐるぐる巻きにされた男性を連れた騎士団とともに市を後にします。また拝まれています。はいはい、テンテルじゃありませんよ。
騎士団の本部は、市街の外れにありました。普段、私たちが使っている街道とは辺境伯邸を挟んでほぼ反対側です。今まで足を運んだことがない地区でした。
騎士団本部もなかなか大きくて威厳のある建物です。周囲は堅牢な塀で囲まれ、門番がびしっと背を伸ばして警戒しています。凛々しくて素敵です。
建物の奥の方から掛け声と木の棒を打ち付け合うような音が聞こえます。
「裏が訓練場になっている。今は、若い騎士候補の訓練中だ」
分隊長さんが教えてくれました。機動隊で小隊長をしていたころのことを思い出しました。新隊員訓練で技術係にヘロヘロになるまでしごかれたのは懐かしい思い出です。若輩者ですので、それほど前のことでもないのですが。
「ここに入れ」
連れてこられた男性は、手続きもなにもなくいきなり地下の牢屋に放り込まれました。
日本だったら、いきなり留置場に入れることはありません。
署に連行、これを引致と言います。引致された被疑者は、まず取調室でその逮捕に対する弁解の機会が与えられます。誤認逮捕であったり逮捕の要件を欠いていたりして、そのまま身柄を拘束することが不適切という場合もあるからです。
今回のケースでは、まずそれがありません。いきなり牢屋です。逃走防止のためにはいいのかもしれません。でも、連行された男性の扱いを見ていると、逃走防止というよりすでに有罪を前提とした懲らしめの一環として牢屋に入れられているように感じます。
ひょっとして、この世界には任意捜査というものがないのでは?
犯人が検挙されると、どんな罪種であろうと身柄を拘束されるのが当たり前になっているような気がします。
「犯人を牢屋に入れないで取り調べをすることはありますか?」
「いや、ないな。犯人は牢屋に入れるもんだろう?」
分隊長さんが「なに当たり前のことを聞くのだ?」といった顔をしています。
なるほど、身柄の拘束が捜査、つまり犯罪事実を明らかにするためではなく、犯人を懲らしめる手段になっていることが分かりました。
犯人、いえ、まだ犯人と断定されていない段階の被疑者に、逃走するおそれや証拠を壊したり隠したりするおそれがなければ身柄を拘束する必要はありません。
証拠隠滅の中には、共犯者や関係者との口裏合わせや自殺といったことも含みます。日本の捜査機関は、そういった事情を総合的に判断して身柄拘束の必要性を判断します。自殺は、逃走ではありませんが、被疑者本人という最大の証拠がなくなってしまうことから身柄拘束の理由になります。
逃げることなく、騎士団からの呼び出しに応じる、そして証拠を隠すようなこともないのであれば、身柄を拘束しないまま取り調べを行うことが十分可能です。
ここは制度を見直していただく必要がありそうです。必要だとは思いますが、私のような異世界から来た得体の知れない人間に……神と勘違いされるので、それを利用するのもありかもしれませんが、本物の神様に叱られそうなので控えます……自分たちの制度についてあれこれ口を出されたら誰でも気持ちよくはないです。
騎士団で事件の捜査にあたっている方たちは、領主の命に従っているだけで、自分たちで捜査のやり方を変えたり、被疑者の身柄拘束を解いたりすることはできないでしょう。
となると、交渉相手は領主であるヘキチ様です。
その前に、この後、牢屋にいる彼がどうなるのかを聞いておく必要があります。
「この男性は、この後どうなりますか?」
「そうだな、まずは泥棒の事実を自白させる。そうしたら領主様に報告して、それを受けた領主様が処罰を決める」
「自白させるというのは、具体的にはどのようなことを?」
「やつが進んでしゃべればそれでよし。口を割らないなら拷問すればいい」
やっぱりそうなりますか……
「すみません、分隊長さん。ちょっと上でお話を聞かせてもらっていいですか」
「あ、ああ、構わんが」
私と可愛さんは、分隊長さんと一階に上がります。
「目撃者のお話は聞き及んでいます。被害者のセドリ商会の方はどのように状況を説明なさっているのですか?」
「被害者か。セドリ商会は、なんというか、あまり評判がいい商会じゃないな」
名前からなんとなくそんな気はしていました。
「割と阿漕な商売で、恨まれるほどではないが嫌っている者が多い」
そうなんですね。被害時の状況は?
「おとといのことだな。商会長は所用があってオーメ領を離れていたそうだ。ただ、出かける前に商会の戸締りを忘れたような気がして、帰るまでずっと心配していたということだ」
分かります。家を出て電車に乗ったあたりで「あ、電気消したっけ?」となることがあります。今更家に戻るわけにもいかず、その日はモヤモヤした気持ちで過ごすことなるわけです。そういうことですよね?
「それで、帰ってみたら商会の中が荒らされていて、事務所の戸棚にしまっておいた金貨がごっそりなくなっていたそうだ」
ごっそりですか。それは大変です。
「ごっそりと言っていたが、実際はガラス瓶に入れたヘソクリみたいなもんで、金貨50枚くらいらしい」
金貨50枚とういと、金貨1枚が日本円で10,000円だから500,000円相当ですね。
「他に金目のものは置いてなかったのですか?」
「他にはない」
「いつも商会を締めるときは、おとといと同じようにその日の売上を残しておくことはないと」
「そういう話だな」
「今回の事件は泥棒ですが、泥棒であればどのくらいの罰を受けるのか、事前に決まっていますか?」
「いや、泥棒に限らず、どんな罰を与えるかは領主様がお決めになる」
「分かりました。ありがとうございます。この件について領主様とちょっと相談したいことがあります。勝手なお願いで申し訳ありませんが、私が戻るまで地下の男性に対する取り調べは待っていただけますか?」
「うーむ……まあ、領主様から便宜を図れと命を受けている以上やむを得んだろう。フクハラ様がお帰りになるまで取り調べは待たせよう」
話の分かる分隊長さんでよかった。




