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【IOF_55.log】捕り物

 お疲れさまです。

 警視庁異世界警察署警務課長代理警部福原珠梨です。

 勤務中異常なし。


 軽油の精製がある程度軌道に乗ってきたので、署での生活にも余裕が生まれてきました。

 始めのうちは、文字通りその日暮らしでした。今日、どうやって生き延びようと考えていました。

 それでも人間は強いもので、1週間もすると環境に順応してきます。

 幸い署は上階に単身者待機寮があります。しかも、うまいことに5階と6階の2フロアあるので、フロアごとに男女を分けて部屋を使うことができました。節電のためにエレベーターは使用禁止にしているため、階段利用でちょっとした運動にもなります。女性は5階を使わせてもらっています。男性には頑張って6階まで階段を使ってもらいます。男性フロアには鍛冶職人のミノさんも住んでいます。


 本来であれば、寮に部外者を入居させるなんてもってのほかで、もし入居させるなら寮を管理している厚生課あたりに許可の上申をしなければなりません。絶対許可されないので、この件に関しては秘匿でお願いします。

 各人で個室が使えるというだけで、QOLがかなり向上しました。一人になれる空間と時間があると、異世界という異常な環境で受け取るストレスが解消されるような気がします。私だけかもしれませんが……

 洗濯機で洗濯ができるようにもなりました。これも節電のため個々人ではなく、男女別に集めて洗濯機を回しています。目下、下着の枚数が少なくてローテーションに苦労するのが悩みです。

 生活必需品や着替えなどは、幽霊さんが日本と異世界の間を往復できるようになれば、早晩解決できると見通しを立てています。


 食料は、備蓄が潤沢にあるので、まだまだ賄えています。しかし、非常食やカップラーメンばかりでは飽きが来ますし、栄養バランスもよくないように思います。ですから、ある程度生活が落ち着いた段階で町に買い出しに行くことにしました。

 買い出しに行くにあたり、町での混乱を避けるため、事前に辺境伯閣下に話を通し、町の治安を守る騎士団や辺境伯軍にもお触れを出してもらいました。

 町までは車で行くことになります。町の皆さんの多くは車をご存じありません。そんなところへいきなり車で乗り付けたら大混乱に陥ること必至です。混乱を避けるため、車は辺境伯邸の敷地内に駐車させてもらえることになりました。


 そして、数日おきに署から町まで食料品や現地調達可能な日用品を買いに出ることにしました。

 買い出しで町に出る目的は、食料などの調達はもちろんですが、町の人に顔を覚えてもらうためでもあります。いつ日本に戻れるか分からない状況です。もしかしたら長期にわたるかもしれません。そうなると、私たちだけで孤立していては、いずれ生活に行き詰ります。

 やはり生きていくうえで地元の方々との交流は必要です。そのために、こちらから町に出て買い物や会話をすることで、少しずつでも関係を作っていけたらいいと考えたからです。

 これは分かっていたことですが、私が町に行くと大騒ぎになりました。あちこちで跪く人がたくさん現れ、そこまではしないまでも手を合わせて拝む人、逆に怖がって逃げてしまう人もそこそこの数いらっしゃいました。


 分かっていたとはいえ、跪かれたり拝まれたりすると、どうしていいのか困惑してしまいます。

 たいていは、手を左右に振って「私はテンテルじゃないんですよ」と言いますが、なかなか信じてもらえません。

 拝まれるだけなら買い出しの支障になるようなことはありません。ですが、本当に最初のころは言葉を交わしてもらうことすらできませんでした。嫌われているとか避けられているというのではなく、「畏れ多くて口がきけない」ということだったそうです。

 それでも回を重ねるごとに皆さん口を開いてくれるようになりましたし、今では世間話もできるようになりました。近所のおばちゃんになったような気分です。悪い気はしませんね。

 相変わらず拝まれることはありますが、そこはもう受け入れようと思っています。まだ「違うんですよ」と言っていますけど、いずれは慣れるんじゃないでしょうか。

 今でもすっかり受け入れていることもあります。それは、子供たちが「テンテルさまー」と言って周りに集まってきてくれることです。これはもう受け入れるしかない!

 かわいいんです、子供たちが。


 たぶん、古のテンテル様もこんな気持ちだったに違いありません。中身は川路大警視ですけど。

 あ、中身川路大警視で気づいてしまいました。

 テンテル様が子をなさなかった理由に。

 精神的BLじゃないですか……

 川路大警視にそっちの気がなかったら、そりゃあ子はなせませんよね。

 今はどちらの世界にいらっしゃるのやら。一度お会いしてみたいものです。当時の気持ちなんかも聞いてみたいです。リリヤさんのおじい様ならご存じかもしれません。今度、幽霊さんに聞きに行ってもらいましょう。


 そんなわけで、今日は可愛さんと買い出しです。

 買い出しには、たいてい私が参加しています。

 私が買い物に行くと、なぜかお店の人がおまけしてくれたり、屋台のおじ様が串焼きを無料でくれたりするのです。だから、私は皆さんの推挙で固定メンバーとなりました。

 今日は、ローレルさんも一緒です。ローレルさんがいると当然のようにマーガレットさんもいらっしゃいます。

 マーガレットさんは、無表情でとっつきにくい印象でしたが、何度かお話をする機会があり、実は冗談が好きな普通のお嬢さんだということが分かりました。無表情は仕事用の仮面だそうです。

 普通のお嬢さんと言ったときに、ローレルさんが吹き出し、それをマーガレットさんが半目で睨んでいたのはなぜでしょう?

 ある程度買い物も済み、買い食いでお腹も満たされたので、そろそろ帰ろうかということになりました。


 少し離れたところから、男性同士が言い争うような怒鳴り声が聞こえてきました。

 ケンカでしょうか。

 職業柄、ケンカやゴタゴタがあると、つい引き離しに入りたくなってしまいます。

 ローレル様には少し離れているようにお願いして、私と可愛さんは声のなる方に近寄ります。

 声の主は、若い男性と騎士団の騎士さん五名ほど。

 どうやら若い男性に窃盗の疑いがかけられているようです。

 しかし、その後の話を聞いていると、若い男性は目撃証言だけで騎士団本部に連行されそうになっているらしいことが分かってきました。

 現代日本の人権感覚からすると、明らかにこれは違法捜査で看過できません。

 しかし、ここは異世界です。しかも、文明は中世ヨーロッパ並みだろうと推測できます。

 文化も法制度も人権意識も異なるこの地に、現代日本の警察捜査の感覚を持ち込んでいいものか大いに迷います。

 そうこう逡巡している間にも、若い男性は連行されそうになっています。


「すみません。ちょっといいですか」


 脊髄反射で声が出てしまいました。


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