【IOF_54.log】お忍び視察
さて、俺は市の視察に行くとするか。
「クロダ、参るぞ」
「御意」
俺はクロダを伴って徒歩で屋敷を出ることにした。
オーメ領は、それほど大きな街ではない。ほとんどの機能が領主邸の周りに集まっている。俺が目指している市も領主邸から歩いて半刻もかからない距離だ。領内の様子を見ながら散歩するのにちょうどいい。
王城にいると、街を自由に散策することもままならない。たまには辺境でのんびりするのも悪くないな。自分が何者であるかを誰からも気にされない時間というのは、存外大事なものなのかもしれない。
市は活気があった。
市に活気がある領地は例外なく発展していて領地経営もうまくいっている。領地にとって経済活動は血液みたいなものだ。血液がよく巡れば体も活性化する。逆に体調が思わしくないといって瀉血のようなことをすると余計に健康を害する。領地経営が苦しいときに増税で領民の経済活動を滞らせる領主はクソだ。国王にも同じことが言える。財政に詳しくなくても、これくらいのことは肌感覚として分かる。
俺は、普段できない屋台での買い食いを楽しんだ。
得体の知れない肉の串焼きでクロダが心配していたが無視だ。ほら、結局食べてるじゃないか。
お、あれがフクハラ様だな。
ヘキチが言っていたように、すぐに見つけられた。
女性にしては背が高い。周りの女性から頭一つ分以上は抜きん出ている。
周囲より頭が出ているから顔もよく見える。そして、その顔が褐色の肌だ。目立たないはずがない。
フクハラ様は、すっかり市の人たちと馴染んでいるようで、笑顔で言葉を交わしながら店を覗き込んでいる。
ローレルもフクハラ様と並び歩いているではないか。
遠目にもずいぶん親しげであることが分かる。
やや遅れて従うマーガレットは……
相変わらず隙がないな。もう俺に気付きやがった。
フクハラ様は、時折、店の者や歩いている者から祈りを捧げられている。照れ臭いのだろう、苦笑しながら手をひらひらとさせて、やんわりと否定しているようだ。
子供たちからも「テンテルさまー」と言われて周りを取り囲まれたりする。そんなとき、フクハラ様は地面に膝をつき、子供と目線を合わせて話をしている。着ている服が汚れることなどまったく意に介していないようだ。
とても高貴な身分を持つ者の態度とは思えない。いや、これは卑下しているのではない。感心しているのだ。
付き人と思われる女性に荷物をすべて持たせていないのも貴族的ではない。むしろフクハラ様の方が大きな荷物を持っているではないか。
「クロダよ、フクハラ様を見た印象はどうだ?」
「左様でございますな……本当に短時間拝見しただけですので、まだ正確なところは判断いたしかねます。しかし、穏やかなお人柄であることだけは間違いなく見て取れます。子供相手にお召し物が汚れることもいとわず膝をつくなど、なかなかできることではございません」
ふむ、クロダも同じような意見か。
「やはり王族側に取り込むべきであろうな。彼女は、まちがいなく我らの力になる」
「そのことでございますが、わたくしはタイロン様と少々見解が異なります」
クロダが軽く頭を下げる。よい、別に俺の意見に異を唱えることに頭を下げるな。そういう家臣がいなければ国は傾く。
「恐縮にございます。わたくしも、ヘキチ殿がおっしゃっていたように、フクハラ様には創造神様だけでなく、もっと高位の存在とつながっているような気がしてならないのです。あの方は、利用すべき人物ではない。いえ、ひょっとしたら人ですらなく、神に近い存在なのかもしれません。フクハラ様と関りを持つのであれば、歩みを共にする対等な関係が望ましいかと愚考いたします」
人を見る目に関しては、この国随一と信ずるクロダをしてそこまで言わせるか……
恐怖心は抱かないが恐ろしいお方だ。
「おい待て、この野郎!」
クロダと話しながらフクハラ様の姿を目で追っていたら、突然、男の怒鳴り声が耳に飛び込んできた。
何事だ?
「なんなんだよ! なんで俺が捕まんなきゃならねえんだよ!」
「うるさい! お前がやったのを見たと言っている人がいるんだ」
なにやら騎士団の捕り物のようだ。
十七、八歳の男が騎士団に取り押さえられたまま、大声で喚いているぞ。
ここは俺が出ては、かえって面倒なことになる。しばらく様子を見ることにしよう。
「だから俺が何をしたってんだよ?! 離せよ!」
「ええい、おとなしくしろ! おとといの夜、お前がセドリ商会から金を数えながら出てきたところを見た人がいるんだ!」
「知らねえよそんなこと!」
「うるさい! とにかく騎士団まで連行する! 騎士団の本部できっちり吐かせてやる」
コソ泥か。たいした事件でもなさそうだ。
国王の俺が出る幕ではないな。
「すみません。ちょっといいですか?」
フクハラ様が捕り物中の騎士団に声をかけた。
なにをするつもりか?




