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【IOF_53.log】宰相クロダ

「クロダよ」

 隣室で控えるクロダを呼び付ける。

「お呼びでしょうか」

「ああ、お呼びだ」

「左様でございますな。では、これにて……」

「ああ、待て、待て。用件はあるのだ」

「わたくし、こう見えても陛下よりかなり忙しい身でございまして。陛下のお寒いご冗談に付き合っている暇はございません」

 相変わらず手厳しいな。

「辺境伯領の視察に行く。公式ではない。隠密だ。護衛は最低限。行き先地に先遣で二、三名。道中の護衛はいらん。戦力なら俺ひとりで十分だろう。万一のことがあっても暗部が随伴するから対処できる。明日、行き先地の先遣を出発させろ。儂は、明後日の朝、出発する」

「御意。視察の目的は、辺境伯とローレンシア様から直接お話をお伺いになるということでよろしいですかな」

「ああ、それでよい。あと、可能であればクソウズ池の近くにあるというフクハラ様の拠点、なんといったか……」

「ショ、でございます」

「それだ、それ! そのショとやらも見てみたい」

「恐れながら申し上げます。手紙によると、ショは森が開けた広場にございます。そこを視察するには、こちら側の姿を隠し通すことが難しいかと存じます」

「隠密とは言っても、国民に余計な負担をかけないようにするだけだ。何も隠し事をしようというのではない。故に、フクハラ様に気取られても構わん。が……クロダのその口ぶりから察するに、フクハラ様と面会するには時期尚早ということだな」

「ご賢察、痛み入ります。おっしゃる通り、まだそのときではないと存じます。もう少しフクハラ様の力量なり為人(ひととなり)を見極め、こちらの方針を固めてから接触すべきです」

 こういうときのクロダの意見は、だいたい間違っていない。

 だてに先代の王から王家に使えているわけではない。クロダは、この国の内政にもっとも通じている官僚であり、その人脈や情報網は王家や暗部をもしのぐほどだと言われている。といっても、決して尊大な態度をとるものでもなく、とにかく国の繁栄を第一に考え行動する、余人をもって代えがたい家臣の一人だ。

 これまで、俺が突っ走りそうになるのを何度も抑えてもらったことがある。

 ローレルにもクロダのような腹心ができれば、国を導く王にすら届こうというもの。

 今のところはマーガレットが抑えているがなあ。

 あれは腹心という感じではないな。戦略級兵器は腹心とは言わん。


 翌々日、俺は王城があるチョーダを馬車で発った。護衛は付けていないし、馬車には王家の紋章もない。急ぐ旅ではないが、つい気が急いてしまう。娘のローレンシアに会えるということもあるかもしれん。

 途中、タテカワの町で一泊し、その翌日の昼前には辺境伯領に入ることができた。

「あれがクルマというものか」

 辺境伯の屋敷の門をくぐり、正面の庭園を回り込んだところで、屋敷の玄関脇に手紙に書いてあった鉄の馬車のようなものを見つけた。

 玄関先でヘキチが出迎えていたが、俺の視線はクルマに釘付けだ。

「よお、久しぶりだな」

 馬車が玄関先に着き、クロダに続いて降車した俺にヘキチが両手を広げて歓迎した。

「直前の先触れで済まなかった」

「いや、構わん。あの手紙を読んだら飛んでくるだろうと思っていたさ。ローレルを預かって以来じゃないか。お前が俺の屋敷に来るのは」

「ああ、そうだな。なかなかここまで足を運ぶ機会がない」

「これからは、なんだかんだで理由ができそうだぞ」

「ちがいない」

俺とヘキチはがっちりと右手を握り合った。


「玄関先で長話もなんだ。部屋で話そう」

「そうさせてもらおう。ところで、あそこにあるのが例のクルマか?」

「そうだ。ここからクソウズ池まであっという間だ。王都まででも半日もかからないだろう。馬が引く代わりにエンジンという機械を積んでいるらしい。フクハラ様たちの恐ろしいところは、クソウズ池の黒い水からエンジンを動かす燃料を作ってしまったってとこだ。死の水だと思っていたものが、実は資源だったんだよ」

 玄関を入り、クルマについての話をしつつ、執事の先導で応接室に案内された。

 お茶を出してくれたメイドがものすごく緊張しているようだった。

 いや、申し訳ない。

 俺は、手紙に書いてあったことを詳しく掘り下げて聞いた。

 手紙では伝わりにくいニュアンスもある。

 ヘキチの話によると、フクハラ様は創造神の加護をいただいていながら、まったくおごり高ぶるところがなく、むしろ謙虚に過ぎるのではないかと感じるほどだそうだ。それ故か、今では創造神がフクハラ様のショに住んでいるかのごとく長時間滞在しているらしい。いや、それはもう神宮、しかも最高位の神宮と言っていいのではないか?

「ああ、あと、これが創造神様がローレルに下賜なさったメイシというものだ」

 ヘキチが一枚の平板をテーブルに差し出した。

 これは見たこともない素材だ。

「それは紙だ。俺たちが普段使っているのは羊皮紙だ。使い道は同じだが滑らかさや張りが全然違う。そもそも原材料からしてまったく違う。羊皮紙は羊の皮だが、紙は木から作るらしい。まさに神の技術だ」

 紙だけにな。

 このメイシというものは面白いな。その人の所属や役職、連絡先などが一枚で分かる。これは我が国でも広めたい文化だな。

 確かにメイシには「現人神」と書いてある。この世に人となって現れた神ということだな。

「この紙というものをフクハラ様も日常の業務に使っているのがまた驚きなのだ。ローレルを保護して屋敷まで送り届けてくれた際、身柄を引き継いだ証として紙に署名を求められた。紙に書かれていたのが聖なる紋様なんだぞ、驚くしかないだろう」

 紙か……紙があれば国の事務に革命が起きるな。なんとかして、フクハラ様から紙を手に入れたいものだ。

 この日の会談をきっかけに、オーメ領が名刺発祥の地として名を馳せるのは、そう遠い未来のことではない。


「ときにヘキチよ。表のクルマにはどなたが乗ってこられたのだ?」

「ショの方々は、よく市に食材などの買い出しにみえる。その際、我が屋敷にクルマを停めて、市までは歩いて向かわれる。クルマで市に乗り付けると混乱を招きかねないというご配慮だ。今日は、フクハラ様とカワイ様がローレルを伴って買い物に行っている」

 これは僥倖。市に行けば会えるかもしれん。

「フクハラ様はテンテル様とよく似た肌の色と高い身長が目印だ。褐色の肌の女性は他にはおらん。すぐに見つけられるだろう。接触するのか?」

「いや、まだ接触するつもりはない。もう少しフクハラ様の為人を知ってからになろう」

「そうか。温厚な方だから、失礼さえなければあまり気を張る必要もない。不思議な方でな、相対して話をしていると、なぜだか穏やかな気持ちになる。そして、人がよすぎるからなのか、放っておけないと感じてしまうのだよ。創造神様の加護故か……」

 ヘキチが神を崇めるかのような表情で熱く語る。話を聞く限りでは、ほぼ神と言っていいお方だろう。あながち間違ってもいない。

 ここは、なんとしてもフクハラ様にはオヤシーマ王国内に留まっていただかなければならぬ。フクハラ様の御威光を戴いて、王家による統治を盤石のものにするのだ。

「まあ、お前の考えも分からんでもない。ただ、俺としては、フクハラ様を利用しようとすることに賛同はしかねるな。何の根拠もないんだが、フクハラ様には創造神様よりもっと大きな、とてつもない存在が背後にいらっしゃるような気がしてならんのだ。そういう上位の方の怒りに触れることは避けるべきだと本能が教えるんだ」

 野生動物の勘てやつか。

「誰が野生動物だ」

 俺の目の前にはヘキチ辺境伯閣下しかおらんが?

「言ってろ」


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