【IOF_52.log】国王タイロン
辺境伯め、ついに気がふれおったか。
オヤシーマ王国国王タイロン・エド・テンテルウスである。
面を上げよ。
それは、辺境伯からの早馬による手紙から始まった。
奴からは定期的に手紙が届く。
預けている娘の状況を報告するためだ。
娘である第四王女のローレンシアは、手元で大事に育てるつもりだったのだが、どうにもできがよすぎて王都での教育の枠に収まりきらなかった。
放っておいても貴族としての礼法を勝手に覚えて実践しているし、一度本を読んだらそうそう忘れることもない。
5歳のころには、国の税金について宰相と対等に議論を交わしていたくらいだ。
俺は、税金とか財務のことはよく分からんのだ。
それだけだったらよかった……優秀な王女ということでもてはやされただろう。
だが、そうはならなかった。
まず、行動が突飛すぎる。直情径行とでも言おうか、思いついたことはすぐに行動に移さないと気が済まない。賢い子だから悪いことはやらんのだが、周りが振り回される。勝手に城を抜け出すのは日常茶飯事。止めても無駄で、いつの間にか姿を消している。
知らぬ間に俺の配下である暗部を掌握していたときは腰を抜かした。
あまりにも優秀、そして人を誑し込む能力に長けているということで、将来は王位を継ぐのではないかと噂されるようになった。
それが他の王子、王女を生んだ側室たちは面白くなかったのだろう。
ローレンシアを亡き者にしようという動きがあると暗部からの報告が入った。
うんざりするが王家ではよくある話だ。
人の心というものは、広いようで狭いものだ。
俺も妃や側室たちが何を考えているのかをすべて把握することなどできん。
中には闇を抱えている者だっているだろう。
俺は、ローレンシアの安全を確保するため、彼女をかつての戦友であるヘキチ辺境伯に預けることにした。
王都からヘキチ辺境伯領までは、馬車で2日はかかる。そこで辺境伯の名を名乗って暮らすようになれば、娘に王位継承の意志は薄いと思われるだろう。そう期待した。
事実、娘を辺境に送ってからは、悪い噂を耳にしなくなった。
辺境でも相変わらず突飛な行動は変わらないらしい。
思いついたらいなくなるし、日がな一日牧場で牛と昼寝をしていることもあると報告を受けている。
元気に育ってくれているようで、それはそれで嬉しいのだが、まがりなりにも王位継承権を持った王女がそれでよいのか?
そんな王女の様子が定期的に辺境伯から届くようになっている。
しかし、今回は定期の報告時期ではない。しかも、ローレルからの手紙も一緒に届いている。何事だ?
辺境伯からの手紙には神又は神の使徒と思われる女性との接触について記されていた。
内容は、辺境伯の精神状態を疑うようなことばかりだった。あいつ正気か?
概略次のようなことが書いてあったが、余計な抒情詩的表現が多く無駄に長い。まあ落ち着けと言ってやりたい。
曰く。
西の山間に光の柱が降り立ったこと。
そこに異世界から女性が転移したこと。
その女性と接触を持ったこと。
女性は建国の祖、テンテル様と瓜二つであったこと。
しかしながら、女性は自身が神であることを頑なに否定していること。
女性と連れの者たちは、信じられないような文明と技術を有していること。
女性は、ニッポンコクという国からの転移者であり、名をジュリ・フクハラということ。
などがものすごく冗長な文で記されている。羊皮紙の無駄遣いはやめろ。お前のポエムはいらん。
そして、娘ローレルからの手紙には、さらに衝撃的なことが記されていた。
「クルマ」という馬なしで走る鉄の馬車のような乗り物を駆っていること。
「ムセン」なる装置で領の屋敷とクソウズ池付近にある拠点とで会話ができること。
フクハラ様は、鑑定のスキルを有していること。
フクハラ様は、この世界の創造神リリヤ・コノエ様の加護を受けていること。
この国は、リリヤ様が使いに出したテンテル様により建国されたものであること。
リリヤ様とお目通りがかないご挨拶の機会をいただいたこと。
リリヤ様と異界の食べ物「カップラーメン」なるものを食したこと。
後半は目まいがしてきた。
この国の歴史と宗教がひっくり返るぞ。
創造神様と会っただと?
それに加えて、あろうことか食事を共にしたと?
神って、そんなにカジュアルなものでよかったのか?
カップラーメンが大層美味だったと日記のような終わり方をしている。
王女から王に宛てた手紙とは思えんな。
カップラーメンとはそんなにうまいのか。食べてみたいな。
ともあれ、フクハラなる女性が創造神の加護を受けていることや、テンテル様と瓜二つだということは、我が国にとって僥倖であろう。
彼女との関係をしっかりと築けば、異世界の高度な文明を取り込むことができ、我が国の国力が飛躍的に向上するであろう。他国を出し抜く好機といえる。
「クロダよ。お主はどう思う?」
俺は、側で控えている宰相のクロダに2人からの手紙を差し出した。
「拝見いたします」
クロダは、恭しく手紙を受け取ると、文面に目を通し始めた。
「手紙の文面からだけですと、なんとも評価のしようがないというのが正直な感想でございますな。なにしろ内容が突拍子もない。これを信じろと申されましても、わたくしにはとても無理でございます」
クロダが手紙を差し戻して自席の椅子に腰を降ろす。
「そうであろうな……」
俺も同じだ。
「そうはいっても、でございますが。ローレンシア殿下は突飛な言動をなさる割には、嘘をおっしゃらないまっすぐなお方。ですから、ここに記されていることも真実を多く含んでいるとした上で対応なさるのが賢明かと」
「そうだな。ひとつ暗部に確認させよう。梟はおるか?」
「はっ、ここに」
王の執務室に姿のない男の声が響いた。
「なにが『ここに』だ。姿が見えんぞ。まあいい。ちょっと辺境伯領まで飛んでくれ。マーガレットかローレルに付いている他の暗部の奴に確認して参れ。手紙の内容は、もう分かっているな?」
「御意」
天井裏で人が足を滑らせたような音がした。俺は、気づかなかったことにする。あいつ大丈夫か?
「陛下、復命にございます」
執務室で一人になったところに梟が現れた。姿はないが。
いや、早すぎんか? おれが下命したのは昨日だぞ。お前たちは、どういう移動や連絡手段を使ってるんだ?
「秘伝のレシピにございます」
なに言ってんだこいつ。
「マーガレット殿に確認して参りました。手紙に記されていたことは全て真実。いずれもマーガレット殿も目撃あるいは体験したこととの由」
マジか……マーガレットもカップラーメンを食べたのか。うらやましいな。
「マジにございます。わたくしも思わずマジかと漏らしてしまいましたところ、無言でマーガレット殿にボコられましたので疑うのは御身のためにならないと進言いたします」
そうか。よく生きて帰ったな。しっかり養生しろ。
「御意」
最後が少し涙声に聞こえたのも気のせいだろう。強く生きろ。




