【IOF_49.log】川路利良
「お嬢ちゃん、日本に帰りたくはないか?」
「帰りたくはないですね。一時滞在ならいいですけど、今の私はオヤシーマ王国が居場所なので」
お嬢ちゃんが胸を張って宣言しおった。
そのお胸、サイズもちょうどいいわい。
「よし、分かった。それでは冥魂府の通行証を貸与して進ぜよう」
「通行証ですか?」
「めったに貸与せんのじゃぞ。レアものじゃ。これを持っていれば、指定された世界と冥魂府の間を自由に行き来できるのじゃ。お嬢ちゃんには、日本とオヤシーマの資格を付けてやろう。他に行きたい世界はあるかの?」
「他の世界は存在自体知らないから資格はいりません」
「欲がないのお。その清らかな心に感じ入った。おまけとしてお嬢ちゃんの魂を安定させるコードも通行証のICチップに記録してやろう。お前さんの魂は、強制的に肉体から分離させられて不安定な状態じゃ。なにかの拍子で消失する可能性がある。だから、魂を安定させてやろう。魂が安定すれば浄化されようがお祓いされようが、まったく動じることはない。お嬢ちゃんが幽霊としての生涯を終えたいと思うときまで魂は保護される。天界公認幽霊じゃぞ。誇れ」
本人には言わんが、行ける世界のポリシーには「allow all」を付けといたぞ。何かの役に立つかもしれんからの。これでほぼ高位神じゃ。管理部にばれたら「お主らの開けたバグじゃろ?」ととぼけておくとしよう。それでもダメだったら「そういうことができる仕様にしている方が悪い」と逆切れじゃな。そんな高い資格があっても、あちこちの世界を飛び回って面白いのは最初のうちだけじゃ。そのうち気に入った世界にしか行かなくなるもんじゃ。儂もそうじゃった。
「ありがとうございます! これってリリヤさんのお友達特典ですよね?」
ぐ……鋭いのお、この子は。
「ま、まあ、そういう面もないこともないが……とにかく、これからはいつでも儂のところに遊びに来てよい。茶と茶菓子くらいは出そう。たまにはリリヤも連れて来い。よいな」
その半目をやめんか。孫に会いたいからというわけではない……
儂は金庫の中から未使用の冥魂府通行証を出して、お嬢ちゃんのコードをICチップに登録した。おまけの魂安定化も忘れとらんぞ。
ほれ、この通行証があれば冥魂府と日本とオヤシーマは自由に動ける。
「えっと、私は幽霊で質量がないです。どうやってこれを持っていれば?」
なんじゃ、そんな基礎も知らんのか。
「確かに幽霊は質量を持っとらん。しかし、仮想質量というものを属性として持っておる。これは、死ぬ直前の体重が反映される。お嬢ちゃん、死んだときの体重は何キロじゃった?」
「いくら冥魂府の偉い人だからって、女子に体重を聞くのはマナー違反だと思います!」
あ、これはマジで怒ってるやつじゃな。謝ったほうがよさそうじゃ。
「む、申し訳ない。何キロかは知らんが、死ぬ直前の体重がお嬢ちゃんの仮想質量じゃ。その質量の範囲でなら質量のある物を魂とともに移動させることができる。持つことはできんが、それらしい動作を伴わせれば、持っているように見せることもできる」
「そんな便利機能があったんですね。すごい! ところで、今更な質問していいですか?」
「よいぞ」
「おじいさんが所属する冥魂府とリリヤさんの空間省って同じ天界の役所なんですよね? 府と省は何か違いがあるんですか?」
「ほほー、お嬢さん、役所に興味があるのかの? それなら儂の秘書にならんか? 役所の仕事ができるぞ」
「いえ、役所に興味はありません。私は警察官になりたかったんです」
警察も役所だと思うんじゃが……
「そうか、役所には興味なしか。仕方ないの。天界には選挙で選ばれる最高責任者『内閣総理大神』という神がおる。そして、天界の行政を行うのが『省』じゃ。『府』は内閣総理大神直轄の組織でどこの省にも属さん。人の魂の扱いは少々特殊でな。あちこちの省にまたがることがあるんじゃ。だから内閣総理大神の直轄組織として冥魂府を作ったというわけじゃ。儂は、冥魂府に籍を置きながら内閣官房も兼ねておるがの」
「うわあ、天界もなにかと面倒そうですね」
「権力を持った神が暴走した歴史から学んだ結果じゃよ。権力を集中させずにうまいことバランスを取ろうとしているんじゃ。神とて精神体のようなものじゃ。精神があれば欲も生まれる。その辺は人間となんも変わらんよ。お、そろそろ戻らなくてよいのか? 仲間が帰りを待っておるじゃろ」
「あ、そうですね。心配しているかも。この通行証は、どうやって使うんですか? 冥魂府と日本とオヤシーマ王国を行ったり来たりできるのは分かったんですけど、通行証を使ったとき、私はどこに飛ばされるんですか?」
「これはじゃな、お嬢ちゃんが行きたいと頭に思い浮かべたところに飛べる仕様になっとる。ただし、それは実際に行ったことがある場所に限られる。だから、日本に行きたいと思ったのに行ったことがない地球の裏側、ブラジルとかいったかの、そんなところに飛ばされるようなことはない」
「へー、便利なんですね。でも、冥魂府で私が知ってる場所は、この部屋だけですよ? 次、冥魂府に来るときも、この部屋でいいんですか?」
「いや、それはセキュリティを確保する上で問題がある。これでも儂は政府高官じゃからな。それに、毎度天現界壁をぶち破られでもしたら修繕費がかさんで会計監査と決算で突き上げを食らってたまらん。よし、お嬢ちゃんが飛んでくるのに適当な場所を案内してやろう」
秘書課のお姉さんを呼んでお茶してるところに飛んでこられたらまずいからの。リリヤに伝わったらどやされるわい。
「ふーん……」
おい、そのジト目はやめんか。疚しいところなぞ少ししかないぞ。
聡いのかバカなのか分からん子じゃな。
儂は、お嬢ちゃんを聴聞室の前室に連れて行った。
「今度から冥魂府に来るときはこの部屋に飛んでくるといい。ここは聴聞室の前室で、聴聞を受ける魂の待合室みたいなものじゃ。たまーに封印行きにするか救済するか際どい魂から直接話を聞くことがあっての。そのための部屋じゃ。だから、幽霊のお前さんがおっても咎められん」
「分かりました! ここを使わせてもらいますね。今日は色々と教えてくれてありがとうございます。今度はリリヤさんを連れてきます。じゃあオヤシーマ王国に帰ります!」
うむ。息災でな。
幽霊が手を振りながら消えていきおった。
陽気な幽霊じゃ。儂の秘書に……
26 映えと善処
お疲れさまです。
警視庁異世界警察署警務課長代理警部福原珠梨です。
勤務中異常なし。
私のせいで幽霊さんが消えてしまいました。
どうしましょう……
御岳山の無線中継所で神符専用スロットに山の民から預かった神符を挿入したら幽霊さんがケーブルに吸い込まれるように消えてしまったんです。
その後も異変がありました。
幽霊さんが消える直前のこと。
神符を挿入したところ1台の機械がうなりを上げ始めたのです。
「うわっ、すごい発熱してるっす。これは止めないと火を噴くかもしれないっすよ!」
機械の具合を観察していた可愛さんが、その唸りを上げた機械の異常を告げました。
私も軽く指を触れてみました。ものすごく熱いです。
まだ神符を挿入して1分も経っていません。可愛さんが言うように、このまま温度が上がっていったら火災なんてことになりかねません。
「電源を切りましょう!」
私の声に呼応して可愛さんが大本の電源を落とし、機械の唸りは止まりました。発熱した機械はまだ熱いままでしたが、徐々に冷めていくのが感じられます。
それにしてもすごい発熱でした。神符を挿入するたびにあの発熱があるとすると、いずれ機械が壊れてしまうかもしれません。
「神符に書いてあった『2m』なんすけど、電波の波長が2メートルだけじゃなくて『2分間』ていう意味もあったのかもしれないっす」
え、どういうこと?
「神符をスロットに挿入して動かしたら、すごい発熱したっす。あのまま使い続けたらいずれ熱で機械が壊れるところだったっす。だから、あの『2m』は2分間という意味で、連続使用時間が2分間までということを教えていたんじゃないかと思うす」
なるほど。ダブルミーニングということですね。
ということは、この神符を挿入した上で何かをなそうとしたら、2分間で終わらせなければならないわけですか。なかなか忙しい作業です。
それはそうとして、幽霊さんが消えてしまいました。
考えられる可能性は二つです。
1つ どこか別の場所に行ってしまった。
2つ 消えてなくなった。
どちらの場合にしても、幽霊さんが再びここに戻ってこられる可能性は低そうです。
私が神符を使った場合の影響をよく調べずに実行してしまったことで幽霊さんが消えてしまいました。元々署員ではありませんでしたが、一緒に転移してきてからずっと仲間として活動してきました。私の責任でお別れになってしまうのはとても辛いです。
「幽霊さん、消えてしまいました……」
しんと静まり返った中継所に私の漏らした声が重く広がります。
「宿責が責任を感じることはないですよ。誰も予想できなかったんですから。ほら、予見可能性がなけりゃ過失責任だって生じないんだし」
木村係長がフォローを入れてくれました。いつも交通事故事件を捜査して、過失の認定をしている木村係長らしいフォローです。ありがとうございます。
確かに刑法の過失犯理論ではそうなんですけど、気持ちの問題として責任を感じないわけにはいかないのです。
全員が言葉も発することなく、その場に立ち尽くします。
おそらく、皆さん「幽霊さんはどうなったのか」が気になっているのだと思います。
「署に戻りましょう」
どれくらい呆けていたでしょう。
ここにいても解決策が思いつきません。一旦、署に帰ってリリヤさんにでも相談してみます。リリヤさんなら何か分かるかもしれません。
中継所の鍵を締め、後ろ髪を引かれる思いで下山を始めます。
そのときです。
「待ってくださーい!」
背後から聞き覚えのある声が聞こえました。
咄嗟に振り返ると、中継所の小屋から上半身を出した幽霊さんがぶんぶんと手を振っています。
「幽霊さん!」
「蓉子ちゃん!」
「蓉子さん!」
「郡司!」
その場にいたみんなが口々に幽霊さんを呼びます。
初めて幽霊さんの姿を見たウマコさんだけは言葉を失っています。
「急にケーブルに吸い込まれて消えてしまったから驚きました。戻って来られたんですね。私がしっかり確認しないまま神符をスロットに挿入したばっかりに幽霊さんをどこかに飛ばしてしまったみたいです。本当にすみませんでした」
幽霊さんに深々と頭を下げます。
「いやいやいや、頭を上げてください。ケーブルに吸い込まれたあとは、アンテナからびゅーん! と飛んで行ったんですよ。よくわかんないんですけど、電波にするっと乗っちゃったみたいで、乗り心地としてはウォータースライダーでした。めっちゃ楽しかったです!」
楽しかったのならよかった。少し安心しました。
いえ、よくないんです。
ウォータースライダーで飛んで行った先はどこで、どうやって帰ってきたのかです。だって、行くときは電波に乗れていましたが、帰りは中継所の機械が動いていないから電波も飛んでいなかったはず……
「そこのとこは、ちょっと長くなります。だから下山しながらお話をしますね」
何か色々とあったようです。
そこからは幽霊さんから飛んで行ったあとのことを聞きながら下山しました。途中、山の民の集落で挨拶と軽い説明をしました。また拝まれてきました。いい加減慣れてきた自分が怖いです。
幽霊さんから聞いた話を要約するとこんな感じです。
電波が飛んで行った先は、天界にある冥魂府という役所の上席管理官室であること。
電波は、上席管理官室の窓ガラスを破って幽霊さんを部屋の中に放り込んだこと。
電波が破った窓ガラスは、「天現界壁」でこちらの世界と天界を分けていたこと。
太古の昔にも人間が天現界壁を破ろうと試みていたが空間省の事前察知で阻止されてきたこと。
天現界壁を破って天界に飛び込んだのは幽霊さんが初めてだったこと。
冥魂府の上席管理官室は、ロマノフ・コノエといい、リリヤさんのおじいさんだったこと。
幽霊さんは、ロマノフさんから冥魂府の通行証を貸与されたこと。
通行証を持っていれば冥魂府とオヤシーマ王国、それと日本を自由に行き来できること。
幽霊さんには「仮想質量」があり、その質量に相当する物を動かしたり運んだりできること。
通行証には、幽霊さんの魂を安定させる効果があり、浄化や除霊に耐えられること。
とまあこんな感じです。
俄かには信じがたい内容ばかりで理解が追い付いていません。
特に衝撃的だったのは、幽霊さんがここオヤシーマ王国と日本を往来できるようになったことです。懸案だった両国間での連絡が可能になります。
ただ、日本側に異世界と幽霊の存在を認めさせ、幽霊さんがメッセンジャーとして動くことを承認してもらう必要があります。役所に異世界や幽霊の存在を認めさせるのは、すごくハードルが高そうです。
突然、幽霊さんが警視庁関係者のところに姿を現しても相手にしてもらえないでしょう。警察が幽霊の存在を公式に認めるとは思えません。対応するとしても非公然のユニットに動いてもらうしかないです。ひとつ、適任だと思う非公然のユニットに心当たりがあります。B四零号室という警務部付が集まる部屋です。あそこなら超常現象くらいで動じることはないと思います。
まずは、署に戻ってリリヤさんに報告と相談ですね。
「至急、至急! 異世界から異世界33」
これからのことを徒然に考えていたところ、無線の至急報で思考が現実に戻されました。
「至急、至急。異世界33です。どうぞ」
「現在より5分ほど前、それまで使用不能であった文書管理システムが復旧。システム上、当署の署名が奥多摩警察署から異世界警察署へと変更になっている。詳細は調査中。どうぞ」
「異世界33了解。引き続き調査を行われたい。どうぞ」
「異世界了解。以上、異世界」
文書管理システムが復旧ですか……
タイミングから考えて、神符と何らか関係がありそうです。
私たちは、少し急いで山道を下り署に帰りました。
「蓉子ちゃん、おじい様に会ってきたんだ。いや、びっくりだね。まさか中継所の電波が天現界壁をぶち破っちゃうとはね。しかも、穴を開けた先がよりによっておじい様の部屋だっていうから再度びっくりだね」
リリヤさんが、いつになく真面目な顔で驚きを隠せない様子です。
幽霊さんが、ロマノフさんから冥魂府の通行証をもらったことをリリヤさんに説明します。
「3度目のびっくりだよ! いや、びっくりどころじゃないよ。びっくり仰天だよ。天界の私が天を仰ぐってのも変だけど。その通行証は、冥魂府でも上位の職員にしか貸与されないやつで、幽霊に貸与された例なんて存じ上げませんわ。蓉子ちゃん、よっぽどおじい様に気に入られたみたいだねえ」
驚きながらもどこかしら嬉しそうなリリヤさんです。
幽霊さんが3つの世界を自由に行き来するのは天界的に問題はないのでしょうか?
「そのあたりは特に問題ないと思うよ。だって、冥魂府は、死者の魂を新しい命として新生させるか、前生の記憶を保ったまま転生させるか、どうしようもない魂を封印するかを決める役所なのですわ。新生させたり転生させたりするときって、どうしても世界間で魂をやり取りすることになるわけよ。オヤシーマのテンテルも日本から魂を融通してもらって転生させた例だし。あのときはおじい様にお世話になったわ。だから、魂が世界間を行き来するのは普通にあることで全然問題ないってこと」
いま、さらっとこの国に日本語の残渣が多い理由を言っていたような気がします。
日本から魂を転生させたら、そりゃあ日本語が伝わっているでしょう。伝わり方が言語寄りではなく紋様としてだったみたいですけど。
そうなってくると、誰の魂を転生させたのか、ものすごく思い当たる人物がひとり浮かびます。
「テンテルとして転生させたのは、川路利良さんではありませんか?」




