【IOF_47.log】天現界壁破壊
久々の来客がとんでもない破壊者じゃった。
天界冥魂府上席管理官ロマノフ・コノエじゃ。
今日はノー残業デーじゃ。
その日の決裁を終わらせて、ちょっと秘書課のお姉さんと立ち話をしていたら、突然、儂の部屋から「がっしゃーん!」とガラスが割れる音がしたんじゃ。
あの部屋のガラスが割れるはずないんじゃがなぁ……
秘書課のお姉さんと別れ、後ろ髪を引かれる思いで部屋に戻ってびっくりしたわ。
割れるはずがない窓ガラスが割れておる。
おまけに部屋の床には初めて見る若い女の子の魂が座り込んでおるぞ。
「なんじゃ、派手に天現界壁をぶち抜いてきおったな」
儂は、その子に声をかけた。
「え? えと、その……なんか、ごめんなさい」
女の子は立ち上がってぺこりと頭を下げおった。
うむ、儂好みの可愛い子じゃな。この子なら転生で決裁してもいいわい。
「謝らんでいい。こんなの修繕課に依頼を出せばすぐふさいでもらえるわい。儂は、この冥魂府で人の輪廻転生を管理しておるロマノフ・コノエじゃ。ところで、お嬢ちゃんよ。お主は、どうやってこの天現界壁をぶち抜いたんじゃ? そもそも魂が天現界壁にたどり着くことはないはずなんじゃよ」
「テンゲンカイヘキですか? なんですかそれ? て、これって窓ガラスじゃないんですか? あ、私はヨウコ・グンジです。よろしくお願いします」
ああ、そう思うのも無理はないか。
天現界壁は、俗称「世界の壁」とも言われておる。俗世、つまり現じゃな、それと天界を隔てる壁じゃな。役所は難しい言葉を使いたがっていかん。分かりにくくてすまなんだ。
お嬢ちゃんがぶち破ったのは、一応、窓の体裁をとっておるが、実世界と冥魂府を隔てる世界の壁じゃからな。
「私、神の塔って言われている無線中継所から電波に吸い込まれてここまで飛ばされてきました」
電波か……ずいぶん昔の人間も何度か電波で天現界壁をぶち抜こうとしてくれたわい。そのときは空間省から事前に通報があって阻止してやったがな。今回は部屋を空けた隙に破られてしもうた。いや、不覚、不覚。
「ところで、お嬢ちゃんは魂のようじゃが、死んだばっかりかの?」
「いえ、私は死んでからずいぶん経っています。そのあたりの詳しい説明必要ですか?」
「ぜひ聞かせてくれんか」
「いいですよ。おじいさん、いい人みたいだから特別に教えてあげます。私は、地球という星の日本にいました。ある日、お風呂で溺死して警察の霊安室で検視を待っている状態でした。そうしたら、警察署ごと異世界に転移してしまったんです。そのときに私の腐乱死体がどこかに消えてしまい、魂の私だけが幽霊になって異世界に転移したというわけです」
絶妙なタイミングで転移が発生したんじゃな。
「そうするとあれじゃな。空間省の検疫に引っかかって、腐乱死体は『不衛生なもの』として異世界に持ち込ませてもらえなかったんじゃろ。だから魂だけが転移したんじゃ」
「あ、それです、それ! リリヤさんもそんなことを言ってました!」
おい、ちょっと待て。いま、リリヤと言ったな。
「お嬢ちゃん、ちょっと詳しく話をせんかの。そっちのソファに移ろうじゃないか」
儂は、女の子と差し向かいでソファに腰を下ろした。
やっぱり好みじゃ、この子。秘書で雇えんかの。
「お嬢ちゃんは、ひょっとしてオヤシーマから来たんかの?」
「はい、そうです。オヤシーマ王国から電波に乗って飛んできました」
リリヤの星だからな。なんでもありじゃな。
「そうか、リリヤは元気かの? 最近ちっとも顔を出さんでな」
「え、おじいさん、リリヤさんとお知り合いなんですか?」
お前さん、さっき儂が名乗ったの聞いてないじゃろ。
「リリヤは儂の孫じゃよ」
「そうだったんですか。どうりで雰囲気が似ていると思ったんですよ!」
「取ってつけたような嘘は言わんでもいいぞ」
「あはは、バレました? ごめんなさい」
「しかし、あれじゃな。あの子のところから天現界壁をぶち破って飛び込んでくるとは、これも何かの縁かもしれんな」
「袖振り合うも他生の縁って言いますしね」
「お前さん、もう死んでるから他生もなにもないじゃろ」
「そっか!」
この子、バカなのかな。
「お嬢ちゃん、今は幽霊なんじゃろ? 普通の魂みたいに新生するか転生しなくてよいのかの」
「一緒に転移した警察署のみなさんが、仲間のように接してくれていますし、大事なお仕事も任されています。とてもやりがいがあるんです。それに、リリヤさんと仲良くなれました。いっつもだらしな……いつも穏やかでおっとりしているけど、やるときはやるっていう感じで尊敬できる神様です。だから、許されるならこのまま幽霊でみんなと関わっていたいです」
「いま、ちょっと不穏な単語が聞こえたような気がするんじゃが……」
「耳が遠くなったんじゃないですか?」
「お主、封印行きでいいかの」
「それって、新生も転生もしなくて魂が封印されちゃうんですか? それはちょっと……」
「冗談じゃ。儂にそんな軽口を叩いた魂はお嬢ちゃんが初めてじゃ。いや、面白い魂じゃ。気に入った。ところで、リリヤはどうじゃ? 息災か?」
「はい。毎日顔を出して私たちのことを気にかけてくれています。この前なんて、署のみんなで原油から軽油を精製したんですけど、それが成功したとき、みんなからは見えないところで泣いていました。それくら、人間のことを思ってくれています。本物の神様みたいですよ」
本物の神じゃからな。
「それで、本当はもっと手を貸して人間を不幸から救いたいって言ってました。でも、神様のルールで、あんまり手を出しちゃいけなくて、それが辛いってしょんぼりしていました」
リリヤは昔から変わっとらんの。
「リリヤはの、星を管理する神になる前から人間が大好きじゃった。星の管理者になったのも人間と関わりたいからじゃ。ただ、天界の規則で、神は基本的に人間に手を貸してはいかんとされておる。それをリリヤは不満に思っておるんじゃろうな。もうずいぶん前のことじゃが、あの子が儂のところに遊びに来たときにこぼしておったわ」
『わたくにとって、自分の管理下にある世界の人々が不幸になるのは耐え難いことですの。ですから、不幸に見舞われそうな方々をお見掛けいたしますと、ほんの僅かだけその方の人生がよい方に向くようにと手を差し伸べております。願わくばすべての人々をお救いして差し上げたいのですけれども、わたくしひとりで世界中に目を行き渡らせるには力不足でございます。どうしても指のすき間からこぼれていく人がいらっしゃって……それがどうしようもなく悲しいのでございます』
「天界のルールに真っ向から逆らっておるからのお。あの子の勤務評定は毎年ABCDEの五段階評価でDじゃよ。気の毒に……」
「そうだったんですか」
いかんな。お嬢さんまでしょんぼりさせてしもうた。
「お嬢さんはこれからどうするんじゃ?」
「私は、オヤシーマ王国に帰ろうと思います」
「どうやって?」
「え?」
「だから、どうやって帰るんじゃ?」
「どうやってって、今来た電波に乗って……」
「電波は、もうないぞ」
「えーっ、じゃあどうやって帰ればいいんですか?!」
まあ、そうなるじゃろの。




