【IOF_44.log】神の塔
あまりここに長くいても話がややこしくなりそうなので、ウマコさんにお願いして神の塔へ案内してもらうことにしました。
族長さん、帰りにまた寄りますから。
「そなた、ずっとここに留まりおられても、我らは一向に構わぬのだがな」
いやいや、私が構いますから。
「それでは須田主任、山の民の集落から神の塔視察に向かうことを報告してください」
「了解」
須田主任の報告が終わったところで、ウマコさんに続いてより細くなった山道に分け入ります。
もう、ほぼ獣道といった風情で、普段あまり人が通っていないことが窺えます。聞くところによると、祭事のときくらいしか神の塔まで行くことはないそうです。
集落に着く前、山道の傾斜が緩くて楽勝だと言いました。
盛大にフラグを回収させていただきます。
めちゃ急斜面です。きついです。運動不足を痛感します。
前に、警察の情報通信を支える技術職の紹介で、災害で停電になったとき山頂の無線中継所に燃料を届けるためタンクを背負って山道を登っている写真を見たことがあります。まさに、こういう仕事をなさっていたんですね。立てこもり事件の現場に防弾ヘルメットと防弾チョッキ姿で最前線に乗り込んで通信を確保するなんて話も聞きます。「最強の体育会系エンジニア集団」と言われるのも納得です。
そんな技術職にリスペクトを捧げつつ、ぜえぜえ言いながらウマコさんの後を追います。ウマコさんの歩調はまったく乱れません。私は乱れまくっています。
「あれなるは神の塔」
もうダメですと白旗を上げようと思っていたところ、ウマコさんが立ち止まって山頂方向を指さしました。
間違いなく無線中継所でしょう、あれは。
「中継所ですね……しかも御岳山の中継所と……まるっきり同じです」
須田主任が息を切らしながら頷きます。
下の方は木々に隠れて見えませんが、塔の上部が見えています。
塔にはパラボラアンテナや八木アンテナが取り付けられ、明らかに無線局といった外観を呈しています。公安係の須田主任が「同じ」と言うのですから、ほぼ同じ外観で間違いないでしょう。
こんなところでこちらから見た異世界の遺跡のようなものを発見するとは思いませんでした。日本語が紋様として伝わっていたり、古語を話す民族がいたり、無線中継所が残っていたりと不思議な繋がりを感じざるを得ません。
鍵があるので中に入れるかどうか試してみましょう。
最後の坂を上り切ると、息を整えるのももどかしく、三人で柵の周りに生い茂る草を抜き取ります。
塔本体、それと外周の柵のいずれにも中継所であることを示す表示物はありません。
警備上の都合で施設名を出せない警察施設は多いです。
「ここが本当に御岳山の中継所ならこの鍵で開くはずだよ」
須田主任が「中継所」と書いたプラスチックの札が付いた鍵束から一本の鍵を選んで、神代から人の侵入を拒み続けていた柵の鍵穴に差し込みます。緊張の瞬間です。
長い間にわたって使われていなかった錠は簡単には回りません。須田主任が鍵を回そうと何度か力をこめます。あまり力を入れすぎると鍵が折れる可能性があります。どうしても固いときは潤滑剤を使って再チャレンジすることも視野にいれるべきでしょう。
何度か試していると、突然「がりっ」というさびた金属をこすり合わせるような音がして鍵が回りました。
やっぱり御岳山の中継所だったようです!
「なんと! 神代の昔より、誰ひとり開くこと能わざりし塔を開かれたと申すか! やはり、あなた方こそ神の使徒に相違あるまい!」
ウマコさんが私に向かって跪きます。
相違あるんですよ……とりあえず立ってください。
なにやら不満そうな顔をしているウマコさんを放置して柵の中に足を踏み入れます。
慌ててウマコさんも続いてきました。
中継所本体である鉄筋コンクリート造りの小屋のドアを開錠します。
ドアには二つの鍵がかかっています。ワンドアツーロックです。柵の鍵で難儀したので、こちらもなかなか開かないのではと思っていました。しかし、予想より軽く鍵が回り、あっさりドアを開けることに成功です。リリヤさんがお手入れしてくれていたのでしょうか。
「私は知らないよ」
リリヤさんの念話です。まあ、そうでしょうね。そういう細かいお仕事は苦手そうですもんね。
「不敬ですわよ」
これは失敬。それなら、敬われることをしていただきましょう。さあさあ。
「私は存在するだけで敬われるべき神なの」
うまく逃げたようです。このあたりも天界の対応要領に書いてあるに違いありません。
「そ、そんなことなくってよ!」
幽霊さんに得意の壁抜けで中の様子を見てもらいましょう。
気配を消した幽霊さんが小屋の中に吸い込まれるように消えていきます。
「あははは、真っ暗でなんにも見えなかった」
壁から顔だけを出した幽霊さんが元気に報告してくれました。
生き物の気配はどうだったのでしょうか。知りたかったのはそこです。
「あー、生き物の気配はありませんねえ」
そうですか。それでは小屋に入ってみることにします。
念のため拳銃をサックから取り出して、銃口を斜め下45度に向けた状態で腰にあてがいます。
これは、拳銃使用の予備動作でまだ使用ではありません。人に向けてからが使用です。もちろん引き金に指は触れません。
須田俊がドアノブを回し、ドアを手前に開きます。
ギシギシと鈍い音をさせながらドアが開いて行きます。室内から埃っぽい空気が流れ出てきました。須田主任が腰に着けたサックからLEDライトを取り出して明かりを灯します。
須田主任は、光束を左右にゆっくり往復させ、室内をまんべんなく照らします。
無線の中継所ですから、専門外の私が見て分かるようなものはありません。なんか、色々な機械があるなあ、という程度です。
「非常用電源の発電機があるけど、当然のように燃料は空だね」
LEDライトの光がタンクのようなものを浮かび上がらせます。タンクには「軽油」と表示があり、ディーゼル発電機であることが分かりました。これなら署で作った軽油を使って動かすことができるかもしれません。
「ちょっとこれ……なんていうか、感動する場面かもしれないのに、役所感がすごくて力が抜ける」
須田主任の目線は、私の身長くらいあるラックに向かっています。ラックにはいくつも機器が収められていますが、それぞれがどういう機器なのかは謎です。
そんな中で須田主任の目を引いたのがラックに収められている機器に何かを差し込むような形で口が開いているもの。
そのスロットの脇には、白地に明朝体で「神符専用」と打たれた安っぽいラベルシールが貼られていたのです。ご丁寧にルビまで振られています。どう見ても、神代の神器というよりは役所の備品ですよ、これは。
……これ、ほんとに神代の装置なの?
「超有名なラベルライターの基本設定になっている明朝体だね。事務屋の匂いがぷんぷんする」
須田主任の見立てに激しく同意です。




