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【IOF_41.log】山の民

 お疲れさまです。

 警視庁奥多摩警察署警務課長代理警部福原珠梨です。

 勤務中異常なし。


「宿責! 要保護者1名!」


 電気とガスが復活して数日が経ちました。

 庁舎警戒をお願いしていた公安係の須田主任が玄関を入ってきました。

 須田主任は、男性と思われる人に肩を貸しています。


 見たところ、その男性はかすり傷程度で、特に手当も必要ないような感じがします。ただ、体力を消耗しているのか自立歩行がおぼつかない様子です。

 男性は、麻布のような目の粗い生地でできた貫頭衣を腰のあたりを紐で縛っています。足元も動物の革で作ったような簡単な靴を履いています。私の知識に照らすと、縄文時代の人の想像図みたいです。

 ただ、髪が短く切りそろえられ、脂ぎったような様子もないあたり、単に文明が遅れているというより、なにか理由があってそのような服装をしているのではないかと思えます。


「とりあえず受付前の椅子に座らせてください」

「了解」

「言葉は? 話せる状態ですか? 通じますか?」

「話せるには話せるんだけど、なんていうか独特な話し方なんです。話してることもだいたいは分かります。でも、なんていうか独特な言い回しです」

 須田主任が困惑しています。

 要約すると「独特な言語だけど、日本語話者でも理解可能」ということでしょうか。

 異世界に転移して真っ先に心配になるのは水と食料です。その次が言語でしょう。

 現地の人々と言葉でコミュニケーションが取れないのは何かと不便です。父の海外勤務について回った私は、地球の主要言語は理解することができます。ですが、さすがに異世界の言葉をゼロから習得するのは簡単なことではありません。

 須田主任が言うように「だいたい分かる」というのは、異世界で生活するうえで大きな助けになるはずです。ひとまず安心しました。


「こんにちは。私は日本国の警視庁奥多摩警察署の福原珠梨といいます。私の言葉は分かりますか?」

 私は床に膝をついて椅子に座ってぐったりしている男性と目の高さを合わせて問いかけます。

「……なるほど、覚ゆる」

 男性は、しばらく沈黙した後、一言だけ答えてくれました。

 覚ゆる?

 現代語で「覚える」は、忘れずに心にとどめるとか、記憶するといった意味で使われます。ただ、いまの文脈で私の問いに対する答えが「記憶する」では会話として通じていないように思います。

 これは、こちらの言葉が正しい意味で通じていないのか、私が彼の言葉を理解できていないのかのどちらかです。


「あー、分からない単語が出ちゃったみたいね。でも、大丈夫よ。転移した全員に言語補正を付与しておいたから。最初は理解できない単語とか言い回しがあっても、自然に分かるようになるから」


 お仕事モードのスーツ姿のリリヤさんが署長の椅子でふんぞり返りながら念話を飛ばしてきました。お仕事に行かなくていいのでしょうか?

「そうなんですか? あ、古語ですね。心得ました!」

 ふと、男性の言葉が日本語の古語に近いものだという理解が頭に浮かびました。これが言語補正なのですね。

「覚ゆる」も「心得る」もどちらも「理解する」とか「分かる」というような意味です。ということは、男性は私の質問を理解してくれているということになります。よかった。


「私の言葉が分かるようで安心しました。そこで、ふたつほど質問します。あなたはどなたで、今日ここに来たのはなぜですか?」

 男性は、物珍しげに辺りを見回していましたが、私が質問を投げかけるとしっかり目を合わせてくれました。聡明さを備えた美しい目です。

「われはミタケの族にて(そうろ)ふ。わが名はウマコ。家名は持たぬ。いにしへより山のいただきに坐します神の塔を守るものなり。里の人々、われらを山の民と呼びならはす。時おりは里にくだり、物と物とを取り換へいたすなり」

 なるほど。「山の民」と呼ばれるミタケ族でお名前が「ウマコ」さんとおっしゃる。山の頂上にある神の塔を守っていて、ときどき里に下りてきては物々交換、つまり交易しているということですね。

「されどこのたび、いみじき賊に行く手をはばまれ、命からがら逃げのび参りしものにて候ふ」

 えっと、「いみじ」って?

 これもきっと言語補正で理解できるようになるんですよね。

 現代の理解だと「いみじ」は「はなはだしい」といったような意味になりそうです。ただ、はなはだしい賊というのもちょっと理解しにくいところがあります。

 おっと、浮かびました。

 ここで彼が言っている「いみじき」は「恐ろしい」という意味になるようです。つまり、恐ろしい賊に襲われ、命からがらここまで逃げ延びて来た、と。

 ご無事でなにより。


「ニッポンコクと申すは、いまだ聞かず」

 ああ、そうですよね。こちらの世界には日本国はありませんものね。

「信じられないかもしれませんが。私たちはこの世界とは別の世界にある日本国から来ました」

「この紋様、神の塔にて見おぼえあり。そなたらの申すニッポンコクは、神の国か?」

 署内の掲示物を見たウマコさんが、食いつかんばかりに迫ってきます。すみません、近いです。

「いえ、神の国ではありません。ですが、八百万(やおよろず)の神々がいらっしゃるというゆるい信仰が根付いている国でもあります」


「ヤオヨロズ! ヤオヨロズを知るか?! ヤオヨロズは神の御言葉ぞ。ヤオヨロズの神々おわす国とは、いと神々しきことよ!」


 ウマコさんが私の肩をつかんで揺さぶります。あの……揺さぶられっこ症候群に……

 どうやら日本と似たような宗教観をお持ちのようです。そのせいで若干すれ違いが生じて感動されているのではないでしょうか。

「ウマコさん、ちょっと落ち着きましょう。まずは肩から手を放してください」

「む……すまぬ。つい、たかぶりてしもうた……わがことながら、はずかしき」

 ウマコさんが耳を赤く染めています。意外と純朴でかわいらしいところがある男性のようです。

「えっと、さっきウマコさんは署内の文字を神の塔で見たことがあるとおっしゃいましたよね?」

「文字、と申すか? これら、われら、そして里人にも聖き紋様として伝わりたり。そなたら、この紋様、読みうるか?」

「はい、これが私たち日本国の公用語です」

「ニッポンコク、ああ、いと尊き国なり。われを巡礼に遣わしてくだされ!」

 ウマコさんの興奮が収まりません。

 巡礼にお連れすることはやぶさかではないのですが、残念ながら異世界から日本に戻る方法がありません。


「それで、ウマコさんは、どちらまで行くところだったのですか?」

「里へ下らんとせしが、賊に襲われ、荷も皆失せたり。かくなりては、山へ帰るほかあるまい」

 なるほど。里、たぶんオーメ領のことですね。そこまで行く予定が、途中で山賊に襲われて荷物も失ってしまった、と。そうなれば帰るしかないのは納得です。

 神の塔で日本語らしい紋様を見たことがあるというのも気になります。

「よろしければ山までお送りしましょうか? 道が分かれば車で行けるところまで行きます。その方が歩いて帰るより早いです」

「山まで送ってくださると申すか? まことに有り難し。されど、『クルマ』とやら、耳にしたことはなし。それは一体、如何なるものぞ?」

 車を見たことはないでしょうね。この世界にないものです。私は、ウマコさんを裏庭に案内します。

「おお!」

 裏庭に出たウマコさんは、感嘆の声を上げて驚いています。


「こちらの車でお送りしようと考えています」

 四輪駆動の軽自動車で登坂能力に長けたものです。

「かかるもの、目にしたことはなし。馬も引かずに、自ら動くと申すか? しかも、その身には聖き紋様が刻まれておる。そのようなものに乗れば、神の御怒りをこうむるやもしれぬ……」

 あ、また警視庁の文字で固まってしまった……

 大丈夫ですよ。さっきも言いましたけど、これは日本語です。聖なる紋様と似ているかもしれませんが、ここでは言語としての使い方です。

「あい、わかった。されば頼もう。道案内は我に任せよ。されど、道の途中よりは、この車とやら入れぬほど狭くなる。そこまで送ってくだされば、あとは我らの足で帰りつこう」

「族長にご挨拶をしてから神の塔を見に行きたいのですが可能ですか?」

「族長の許しあらば、案内いたそう。されど、神の塔は堅き囲いにて固く守られ、誰ひとり入ること(あた)わず。それでもよしと申すならば、道を示そうぞ」

 ウマコさんは、少し考えてから条件付きの許可をくれました。

「それでは山まで……」


「あーっ、宿責! ちょっといいですか! 地図端末がっ!」


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