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【IOF_39.log】軽油精製

 お疲れさまです。

 警視庁奥多摩警察署警務課長代理警部福原珠梨です。

 勤務中異常なし。


「ねえジュリちゃん、もう缶ビールないのー?」

 リリヤさん、冷蔵庫の缶ビールはもう全部飲んじゃったじゃないですか。補充はありません。

 すっかり署長室が居場所になってしまったようです。リリヤさんは、幽霊さんと仲良くなったようで、2人で楽しそうに話している姿をよく目にします。


 クソウズ池から原油を汲み上げて精製しようプロジェクトは順調に進んでいます。

 あれから木村係長と可愛さんは、何度もミノさんと打ち合わせと試作を重ね、いよいよ試運転の日を迎えました。

 ドラム缶の蒸留器自体は割とすぐにでき上りました。苦労したのは、池から原油を汲み上げてドラム缶に移すこと。池のほとりは硫化水素が発生していて、ちょっと油断すると死につながる危険があります。そこから原油を汲み上げることがなにより大変でした。

 汲み上げることは、古い井戸のポンプのような仕組みでできることが分かりました。あとは、ポンプを操作してドラム缶に原油を移す作業時間の確保です。これは風向きや時間との闘いでした。いくらガスマスクを装着しているといっても無制限に作業ができるわけではありません。時計で時間を厳密に測り、一切の妥協なく時間制限を守ることで危険を回避します。もちろん風向きも重要です。作業をするのは風上から。


 私は、ドラム缶いっぱいに原油を入れた方が一度にたくさん精製できていいと思いました。ところが、可愛さんが言うには、一割くらいの(あき)を残すべきだそうです。理由も説明されましたが、すみません、ちょっとよく理解できませんでした。とにかく、満タンにしてはダメ。それでも1回の精製で軽油なら50リットルくらいはできるだろうとのことでした。ずいぶん減ってしまうんですね。

 試行錯誤して、なんとか原油を人力で汲み上げることに成功しました。今後の課題としては、これを自動化することです。自動化するにあたり、動力源であるエンジンを動かすためにも人力で燃料を作っておかなければなりません。


 蒸留するときの温度を測定する目途も立ちました。

 K熱電対のリード線をテスターにつないで電圧を測ればいいという理屈は理解しました。ところが、センサーが発する電圧は、350度で14.3ミリボルトだそうです。

「14ボルトじゃないんですか?」

 思わず聞き返してしまいました。よくよく考えれば、あのセンサーで14ボルトも出るわけがないのです。電池じゃないんだから。

「そんなときお役に立つのがこちらっす!」

 可愛さんがテレビショッピングよろしくテスターを取り出しました。

「このテスターは、0から200ミリボルトっていう微弱な電圧でも測定できるレンジがあるっす。しかも、0.1ミリボルト単位の精度があるから14.3ミリボルトを正確に読み取れるっす」

 おお、鑑識すごい!

 これで温度管理も万全です。


 火力の方は、ミノさんから鍛冶用の窯を都合してもらい、少々魔改造して蒸留に適した構造としています。ドラム缶に直接火が当たらない間接的な熱がいいそうです。

 安全のために周囲になにもない場所を選んで蒸留器を設定しています。

 いよいよ蒸留開始です。

 ここにはリリヤさんを除く全員が集まりました。

 リリヤさんがいれば署は大丈夫。まがりなりにもこの星を管理している神様なんですから。

 蒸留器を一緒に開発したミノさんも立ち会ってくれています。万一、不具合が出たときの対応もお願いしています。

 もちろん、署から消火器も持ってきています。


「それでは、蒸留を開始します」


 私の宣言で一斉に行動を開始します。

 まずは、窯の上にドラム缶をセットして火をいれます。

 ドラム缶の中でぐつぐつと黒い原油がうねる。

 火力を押さえながら、テスターのデジタル表示がじりじりと上がっていくのを全員が息を詰めて見守ります。

 300度を越え、いよいよ目標の350度に近づきます。

 誰かがつばを飲み込む音が聞こえます。

 私は緊張で口の中がカラカラに乾いています。

 やがて、冷却管の先に透明な一滴がふるりと生まれ、受け桶の底に落ちました。


 ――ぽたり


 全員が思わず身を乗り出します。

 2滴、3滴……やがてそれは細い筋となって、規則正しく受け桶に流れ込み始めました。

 原油の黒とは似ても似つかぬ、淡い黄色がかった液体。

 鼻をつく刺激臭に混じって、どこか工場のような懐かしい匂いが広がります。


「……出たっす。軽油っす!」


 可愛さんが声を震わせながら叫びます。

 思わず誰かが拍手をし、続いて全員が次々に手を打ち鳴らし、その音が森に広がっていきました。

 私は、受け桶の中で増えていく液体を見つめながら、自然と目頭が熱くなりました。可愛さんも泣いています。普段は飄々としていますが、根はしっかりした女の子ですし、異世界で不安もあったことでしょう。

 木村係長とミノさんは、がっちりと固い握手でお互いの健闘を称えあっています。


 これは単なる燃料ではありません。

 異世界での暮らしを支える希望の油。

 そして、これが本国との通信を再び結ぶための、第一歩になったのです。

 おっと、いつまでも感動に浸ってはいられません。

 軽油の精製に成功したら、次は発電機の再稼働です。


 桶に溜まった軽油を備品である携行缶に移し署に戻ります。今回精製できた軽油は、事前の予想より若干少ない40リットルくらいでした。それでも初回にしては上出来と言えるでしょう。

 みんなが喜び勇んで地下の発電機室に行こうとするところを可愛さんが止めました。

「宿責、この軽油、まだ不純物がちょいちょい残ってるっす。いきなり発電機にぶち込むと、燃料ポンプとかシリンダーをガリガリ削っちゃうかもしれないっす。なので、エンジンオイルをちょびっと混ぜて潤滑性を上げるのがお勧めっす。目安は燃料の100分の1くらいっす。たとえば、この携行缶が20リットルすからオイルは200ミリリットル。牛乳瓶1本分くらいっすよ。混ぜすぎると排気がもくもく黒くなるけど、初回の試運転だし山の中だから気にしなくてもいいっすね。むしろ機械が生き返るかどうかの方がロマンっす!」

 潤滑性を上げる必要があるんですって!

「エンジンオイルなら車庫にドラム缶に入ったのがあるぜ。いま持って来るから待ってろ。400ミリリットルでいいな」

 木村係長が軽い足取りで車庫に向かいます。このあたりは交通課が詳しいですね。

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