【IOF_03.log】当番指示
お疲れさまです。
警視庁奥多摩警察署警務係巡査部長城取洋輔です。
勤務中異常なし。
「えっと、あと、留置場の巡視に入れる方は、こまめに巡視をお願いします。あ、忙しかったら私が行くんで大丈夫です。なにかご質問は? ないですか? それでは明日の朝までよろしくお願いします」
俺はいま当番責任者席の前で宿責の指示を受けている。
今日は、俺たち当番3班の当番勤務だ。
平日なので、日中は通常の仕事をして夕方から当番に就く。
そのとき、当番員が全員集まって、当番責任者から指示を受けるわけだ。これを「宿直集合」という。
なんだかんだ「扱い中」とか適当な理由をつけて集まらないメンバーは、だいたい固定でいる。お前らちゃんと集まれよ。どうせ遊んでるんだろ。
宿責っていうのは、宿直責任者の略なんだが正式な名称じゃない。
昔は、俺たち内勤特務の泊まり勤務のことを「宿直」といっていた。でも、今は「当番」だ。
宿直と当番、どう違うかって?
どちらも夜勤に就くことには変わりはない。
大きく違うのは夜勤が明けたあとの扱いだ。
宿直の場合、夜勤明けも普通の日勤で、定時まで働かされる。結構きついものだぞ、夜勤明けに五時すぎまで拘束されるんだ。その代わり、宿直手当が支給される。まあ、微々たるものだけど。
それで、当番の場合はどうかというと、夜勤が明けたら原則帰れる。あくまでも原則な、ここ大事。実際には、当番時間帯に扱った事件や事故の処理があってすぐには帰れないことがほとんどだ。逮捕なんてしてみろ。48時間以内に送致しなきゃならないから夜勤明けでも夜まで仕事することなんてざらだし、なんならもう一泊することも珍しくない。
そんな経緯があって、「当番責任者」より「宿直責任者」の方がなじんでいる。だから、つい「宿責」と口をついて出てしまう。「とうせき」だと透析みたいだし、宿責の方が言いやすい。
それにしても、今日の宿責、警務課長代理は面白い人だ。
警務課長代理なんて呼ぶとよそよそしいが、要は俺の上司だ。
ちょっと前に昇任でうちの署に来た若い警部さんで、まだ32歳らしい。めちゃくちゃ優秀だな。
福原代理が転勤してきたときは、まあ驚いた。
外国の警察から来た研修生じゃないかと思ってしまった。
つまりは、見た目がまるっきり外国人なのだ。
まず背がやたら高い。170センチ以上はあるんじゃないか。「うわ、でかっ!」と思った記憶がある。上司に対して失礼だとは思うが、思想信条の自由があるから思うだけなら許してもらいたい。
それに加えて肌の色が褐色だ。日焼けで荒れたような感じもなく、とても艶やかで思わず頬をつつきたくなってしまうような張りがある。上司に対して失礼だとは思うが、以下省略。
それだけじゃない。顔だって堀の深い目鼻立ちで、まるでヨーロッパ方面の人みたいだ。思わず見とれてしまう。
ぱっちりとした大きな目は、ややきつく見えるが、なだらかに弧を描く眉が目元のきつさを中和させ、優し気な印象を与える。
そんな目の中でくりくりとよく動く瞳は日本人離れした青紫色ときている。少し詩的な表現をすれば、空気が澄んだ夜明けの空みたいな色とでも言えばいいのか、まあきれいな色で吸い込まれそうな雰囲気を漂わせている。
視力があまりよくないようで、普段はコンタクトレンズを使っているらしい。しかし、ときどきメガネをかけることがある。細い銀色のメタルフレームで知的な雰囲気が5割増しくらいに跳ね上がる。
髪は日本人らしい漆黒のさらっさらストレートで、背中の中ほどくらいまである。ものすごく手入れがされているのだろう。天使の輪が輝きまくりだ。
普段、仕事のときはひとつにまとめているが、出退勤のときは下ろしている姿を見ることがある。歩くたびに左右に揺れる髪が光を纏っている様は見る者を魅了する。
ついでに言及すると隠れ巨乳である。ボンッ! キュッ! ボン! である。
警察官の制服は、活動しやすさが重視されているため、全体的にゆったりとしたデザインで体の線が出にくい。しかし、制服の上着を脱いでカッターシャツで仕事をしているときは、それまで隠れていた双丘がどんっ! と自己主張を始める。すごい。
まあなんだ、諸々の属性が俺の性癖にドストライクで刺さっている。上司に対して失礼だとは思うが、以下省略。
それだけじゃない。なんていうか、すごくいい匂いがする。
福原代理とは、決裁を受けたり打合せをしたりすることがある。上司と部下だから当たり前だ。
そういうとき、やむを得ず、必然的に、自然の成り行きで、お近づきになれる。こころなしか決裁や伺いを立てに行く回数が増えたような気がする。きっと気のせいだ。
お近づきになると、福原代理からはなんと表現していいのかすごくいい匂いがする。
たぶん香水ではない。香水には詳しくないし、確たる根拠もないが、俺の本能がそう告げるのだ。俗にいうフェロモンていうやつですか?
だから俺の肺活量がフル稼働するのも仕方のないことだ。上司に対して失礼だとは思うが、本当に許して欲しい。俺だって男の子なのだから。
あなたはサキュバスかなんかですかっ!!
失礼、少々取り乱しました。
肌の色に関しては、あまり触れる人がいない。当然だろう。
ところがだ、前に無神経な奴が「代理、その肌の色って日サロすか?」なんて訊きやがった。どこぞの鑑識係員だ。あたりの空気が一気に凍ったのは言うまでもない。
日焼けサロンじゃねえよ。もともとの色だよ。そういうデリケートなとこに触れるんじゃねえ。アホか。
「いえ、あの、母がインド人なのでその肌の色を受け継いだみたいです」
福原代理は、怒りもせずに苦笑いしていたっけ。
ほんと、いい人なんだよ福原代理は。いや、いい人というか自信がなさげに見えるんだよな。
今日だって当番指示のときに「忙しかったら留置場巡視は自分が回るからいい」とか言ってるし。
そんなことを言われたら「代理はどかっと座っててください。巡視は俺たちでやりますから」とか言いたくなるってものだ。
とはいっても、宿責としては巡視しなきゃならないのでまったく回らないというわけにもいかない。ま、気持ちの問題ってやつかな。
「宿責、ひとついいですか」
暴対の南畝主任が手を挙げた。
こいつ顔が怖いんだよ。がたいもでかいし。
黙ってりゃまんまヤクザものだ。
見た目から柔道選択者だと思うだろ?
ところがどっこいである。
なんと剣道選択者で署の代表選手でもある。
居合道もやっていて、かなりの腕前だという話を聞いたことがある。
「あ、はい、どうぞ」
福原代理は、相変わらずおどおどしている。でも、これが通常なので顔が怖い南畝主任にびびっているわけではなさそう。
「実は、日勤帯で溺死体の扱いがありまして、いま霊安室に安置してあるんですが、あとで検視に立ち会ってください」
「溺死ですか。ここでは珍しいですね。川ですか?」
「いえ、風呂です。茹っちゃってひどい状態なので申し訳ないのですが……」
「大丈夫です。が、頑張りますから」
福原代理が両手をぐっと握り込み「ふんす」といった感じで気合を入れるポーズを取る。
かわいい。
そんな感じで俺たちの長い長い当番勤務が始まった。




