【IOF_37.log】K熱電対
お疲れさまです。
警視庁奥多摩警察署警務課長代理警部福原珠梨です。
勤務中異常なし。
ミノさんの工房で思わぬ収穫を得た私は、一刻も早く署に帰りたくなりました。
だって「黒水精煉之法」なんていう、いかにも原油を精製しますみたいな名前の錬金術が見つかったんです。これが実用化できれば発電機の燃料確保に道が開けます。
「南畝主任、緊急で帰りませんか?」
ワクワクを隠せない私は、緊急走行で署に戻ることを提案しました。
「いや、宿責、そもそも異世界で緊急走行の必要はないんじゃないですか? 信号もないし、走ってるのは馬車くらいなもんですよ」
南畝主任に苦笑されてしまいました。言われてみればその通りです。
「そ、そうですね。じゃあ通常走行で……」
「了解。ゆっくり早く戻ります」
南畝主任のゆっくり早い運転で署に戻りました。
ミノさんにもらったドラム缶みたいな装置を車から降ろしてもらったら、南畝主任には非番を与えて休んでもらいます。全員が張り詰めたまま働き続けるのは労働環境としてよくないと思います。
裏庭に可愛さんを呼んで、ドラム缶を見てもらいます。
可愛さんが「へー」とか「ははーん」とか言いながら色々な角度からドラム缶を監察しています。
「ミノっていう鍛冶屋、すごいっすね。これ、原油の蒸留器としてだいたい完成してるっすよ」
一通りの確認を終えた可愛さんが満足気に頷きます。
すごい!
でも、これってどういう原理なんですか? ドラム缶みたいな円筒形の容器の一番上から細い管が伸びているだけです。これで原油が精製できると言われても私にはさっぱりです。
「ざっくり言うとっすね、原油ってのはいろんな種類の油の寄せ鍋なんす。さらさらのガソリンから、どろどろのアスファルトまで、ぜーんぶ一緒に煮込まれてる感じっす」
「で、こいつをドラム缶でゆっくり加熱すると、軽い成分から順番に蒸発してくんすよ。たとえば、ちょっと温めただけで飛ぶのがガソリン。もう少し熱くすると灯油。さらに熱を上げれば軽油。一番重たいドロドロは蒸発しきれずに釜の底に残るっす。要は、成分ごとに蒸発する温度が違うってこと。だから火加減をちょいちょい調整してやれば、出てくる油を種類ごとに分けて集められるって寸法っす。科学的には常圧蒸留って言うんすけど……理系じゃない人にわかりやすく言うと、原油をじっくり煮て、湯気を冷やして液体に戻すと、順番にいろんな油が取れるってことっす!」
なるほど! 蒸発する温度の違いで油の種類が分かれるんですね。勉強になりました。軽油が取れる温度は?
「350度っす。軽油を採るなら目安は350度前後っす。これより低いと蒸気が立ちきらなくて、灯油混じりの中途半端なやつしか出ないっす。逆に370度を超えると重油分までガンガン蒸発して、軽油が濁っちゃうす。許される範囲はだいたいプラマイ10度ってとこすかね。精製所なら自動制御で温度をバシッとキープできるけど、こっちはドラム缶直火。火力が強すぎれば一気に温度が跳ねるし、弱すぎると途端に止まる。まるでラーメンの火加減を気にしてるみたいなもんっすよ。だから、火力調整が一番の肝になるっす。炎の色、煙突の具合、滴下の速さを全部見て判断するしかないっす。K熱電対でもあれば簡単に温度を測れるんすけど、それがなければ体感すね」
な、なんかすごく難しそうね……私たちの力でできるのか不安だわ。
ところで「K熱電対」て何?
「K熱電対ってのは、簡単に言うと温度センサーのド定番っすね。古いボイラーとか、焼却炉とか、あとは工場の乾燥炉なんかにも突っ込まれてるっす。金属の先っちょを火に晒すと、電圧がちょこっと出て、その電圧の大きさで温度がわかる仕組みなんすよ。要は、火のそばで焼けても壊れない温度計ってとこっす」
でも、センサーっていうことは、それだけじゃ温度は分からないんですよね?
「その通りっすね。専用のユニットがあれば簡単に温度が分かるっすけど、テスターで電圧を測るだけでも温度は計算できるっすよ。署にもテスターはあるからK熱電対さえ調達できれば350度の調節がぐっと楽になるっす」
「おい、ちょっと待て」
いつの間にか裏庭に出てきていた木村係長が割って入りました。
「焼却炉ならあるぞ。ほら」
木村係長が裏庭の隅を指さします。
確かに煙突が見えます。周りを撤去してきた放置自転車で囲まれて、炉本体はほとんど見えていません。
あれって、ダイオキシン規制で使えなくなった焼却炉ですね、きっと。
「署の施設として帳簿上は残っています。撤去費用の予算がつかないまま20年以上放置されています」
会計の小路さんまで加わりました。なるほど、廃棄物処理法改正のあおりを食らったわけですね。
色々な分野の方の知識が総合されてひとつの方向に向かっているって、なんかすごくいいです。
ということは、あの焼却炉にもKなんとかっていうセンサーがあるかもしれないですね。
「旧式の焼却炉なら、炉壁に突っ込まれてる棒みたいなのがK熱電対っす。だいたい、燃焼室の横っちょか、煙突の根元んとこに刺さってるっす。ただ、私は知識はあっても工作は得意じゃないから誰かにお願いしないと……」
可愛さんにも不得手なことがある!
「そこは俺のテリトリーだな。伊達に整備士の資格は取ってないぜ。おまけにアーク溶接もできるしガス切断だってお手の物だ。ちなみにだけど、どっちも署にあるぜ」
木村係長が整備士の資格を持っていたとは知りませんでした。そういえば、交通畑の人は、整備もできる人がいますね。
「俺は、前職があって整備士だったからな。板金もやってたからガス切断や溶接もできる」
ここの人たちって、異世界で生き延びるために選ばれて転移してきたんじゃないでしょうか。
「それじゃあ、K熱電対とやらを探して引っこ抜いてくるとしますか! こういう作業は滾るねえ。ツナギに着替えてくるわ」
木村係長が別館の交通課に駆け込んでいきました。




