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【IOF_36.log】黒水精煉之法

 うちは武器屋じゃねえぞ。

 鍛冶屋のミノだ。

 冷やかしなら帰ってくれ。


 誰だよ、朝っぱらかどんどこドアをぶっ叩きやがって。

 こっちは寝起きで機嫌が悪いんだ。ぶっ飛ばすぞ。

「辺境伯様からの先触れだ。開けろ!」

 はあ? 辺境伯からの先触れだ? なんだよそれ、こっちには用はねえっての。

 分かったよ、うるせえな。今開けるから黙れこの野郎! 近所迷惑だろうが。近所に誰もいねえけどよ。


 王都から辺境に移り住んで、もうお貴族様とは関わらずに済むと思っていたんだ。

 お貴族様相手の仕事にはうんざりしてるんだ。

 はじめに出してきた注文を途中で変えたり、出来上がった武器を見てああだこうだ文句を言いやがる。金を持ってるくせに金にうるせえ。どいつもこいつもクソだ。

 いや、王様とここの辺境伯はクソじゃねえぞ。あの二人はバカだ。俺もバカだから妙に話が合うんだ。

 とはいえだ。朝っぱらから先触れなんぞ送ってきやがった辺境伯は評価を3段くらい下げてやる。クソの2歩手前だ。どうだ、恐れ入ったか。


「朝早くにすまない。もう間もなくしたら異界の地からいらっしゃった神の使徒様がお前に仕事を頼みに来る。くれぐれも失礼のないように。仕事の報酬は、全額辺境伯閣下が支払うから間違っても使徒様に請求することのないように。分かったか。先触れは以上だ」


 おいおい、誰が来るのか名前くらい言ってけよ。領主がバカなら部下もバカなのか?

 いや、待てよ。あの先触れ、神の使徒様が来るって言ってなかったか?

 神といやあテンテル様だ。

 その使徒様ねえ……

 わかんねえや。


 そんなこんなで朝飯を食って窯の火を調節していたら来たよ。

 いや、来たのテンテル様ご本人じゃねえか。

 思わず膝をついて拝んだね。神宮の御姿絵そのまんまだぞ。めちゃくちゃ美人じゃねえか。褐色の肌がそそるねえ。俺の嫁になってくれねえかな。

 セクハラやめてください?

 セクハラってなんだ。意味がわかんねえけど、どうやらテンテル様に怒られたらしい。

 俺、死ぬのかな。

「死ぬことはないと思いますよ」

 テンテル様が苦笑いで許してくれたらしい。

 初対面で肌の色がそそるとか、いきなり嫁になってくれとか言うのがどうやらセクハラっていうもんらしい。テンテル様の国じゃご法度なんだと。

 悪かった。もうやらねえから勘弁してくれ。


「あと、私はテンテルではありません。使徒でもないんです。この世界とは違う世界にある日本国から来た異世界人です」

 いやあ、テンテル様じゃないし使徒様でもないのは分かったけど、異世界人と言われたらやっぱりひれ伏すよ普通は。だって、神だって異世界人みたいなもんだろ? この世のものじゃないんだから。

「ああ、なるほど。そういう意味では同じようなものですね。いけない、申し遅れました、わたくし日本国から参りましたジュリ・フクハラと申します。辺境伯から先触れが届いていると思いますが、お仕事を依頼したくお邪魔した次第です」


 ご、ご丁寧にありがとうよ。

「すまない。俺は礼儀もなにも知らねえ。こんな口の利き方しかできねえが許してくれ。俺はミノ。元々、王都で武器職人をやってたんだが、お貴族様相手に嫌気がさして辺境まで落ちてきたってわけだ」


「ご丁寧にありがとうございます。腕は確かだけど変人だとか?」


 誰だ、そんなこと言いやがったのは。辺境伯の野郎だな。よし、クソの一歩手前まで評価下げだ。

「今日、こちらにお伺いしたのは、ふたつほど製作をお願いしたい道具があってのことです。今日は詳しい者を同行していないので、詳細は後日相談させていただきたいと思います。概要だけ申し上げますと、このずっと先にあるクソウズ池はご存じですか? その池に沸いている黒い水から特定の油を精製したいというのがひとつ。そしてもうひとつは、同じくクソウズ池から吹き出すメタンというガスを集めて火をおこすのに使うための装置です」


 クソウズ池ってあれだろ、死の池。そんなところに湧き出してる黒い水から油を精製だ? 気は確かか? あそこは近づいただけで死ぬっていう話だぞ。どうやって黒い水を使うっていうんだ?

「あ、ちょっと待て。いま、お前さん黒い水から油を精製するって言ったな」

「はい、おっしゃるとおりです」

「おいおいおい、古文書、ていうか石板なんだけどな。それに似たようなことが書いてあるぞ。『黒水精煉法』っていうんだ。ちょっと来い!」

 俺は、フクハラを工房の奥に引っ張り込んだ。いや、決してやましいことをしようとしたわけじゃねえぞ。

「ほら、この石板だ。こう書いてある」


 黒水、地の底より湧き出づ

 これを火甕に納め、烈火を以て熱すれば

 まず白き気立ちのぼり、これを冷石の器に導きて滴らしむ

 その滴るもの、燈油として夜を照らすに足る

 次に重き気、黄の油を吐き、これを集むれば力となる

 末には黒き泥を残す

 その泥、固くして塗りに用う

 是を以て、黒水を三に分かち、人の用に資す


 鍛冶っていうより錬金術って感じだけどな。

 それでだ、石板には図面も彫られてるんだが、その図面から再現したのが倉庫に転がってる。作ってはみたものの、使い方が分からねえ。そんなのばっかりだ。

 ああ、構わねえ。勝手に見てくるといい。

 フクハラが跳ねるように倉庫に入っていったぞ。そんなに嬉しいのかね。


「すみません。これがそうみたいなんですけど、しばらくお預かりできますか? 署に持ち帰って詳しい者に見せたいんです」

 なんだ「ショ」って? いやまあ持って行くのは構わんぞ。どうせ使い物にならなくて放っておいたんだ。タダでくれてやるよ。

「ありがとうございます。あと、この石板を写真撮影してもいいですか?」

 シャシンサツエイがなんなのかさっぱりわからん。フクハラの様子から悪いことをしようとしているじゃないことは、なんとなく分かる。好きにすればいい。


 なんだありゃ? 四角い箱に丸いガラス玉みたいなものがはまってるぞ。

 あれでシャシンサツエイってやつができるのか。いや、ニッポンコクってところの技術はよくわかんねえな。


「よし、と。じゃあ黒水精煉之法の道具をお預かりしますね。南畝主任、お願いします」

 おっと、顔が怖いあんちゃんが出てきたぞ。

 すげえな、軽々と持ち上げちまった。あれをどこに持っていくつもりなんだ?

 て、おい、なんだあの鉄でできた馬車みたいなやつは?!

「あれは車といいます。黒水精煉之法の道具をあの車に積んで帰ります。そうそう、黒水精煉之法でいろいろなことに使える燃料が作れるはずです。あの車も動かせるはずですよ。確証はありませんが……」

 へー、なんかすげえなあ。さっきからすげえなあしか言ってねえよ。俺。

 こういうのを嵐のように去っていったっていうのかな。ばーんと来てわーって帰っていきやがった。


 あと、去っていくクルマの上で女がぶんぶん手を振ってたのは見なかったことにしよう。


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