【IOF_33.log】お嬢様は大金貨100枚
お疲れさまです。
警視庁奥多摩警察署警務課長代理警部福原珠梨です。
勤務中異常なし。
ヘキチ辺境伯のお屋敷に宿泊することになりました。
うっかりしたことに、着替えを持参していませんでした。そもそも、当番勤務分の着替えしか用意がないのでどうしようもないのですが。
異世界に転移して2日、こちらの世界は湿度が低く過ごしやすい気温です。それほど汗をかくようなこともありませんが、さすがに今日の夜が明けると3日目に入り、そろそろ汗臭さなどが気になってくる頃です。今晩は我慢するとして、明日、帰署したら洗濯機を回しましょう。
辺境伯の印象ですが……
でっかいです。
応接室に入ってきた辺境伯を見て、思わず口に出そうにりました。
南畝主任といい勝負です。
でも、顔の怖さでは南畝主任が勝っています。南畝主任、自信をもって!
シルバーが混じるブロンドの髪は、軽くウェーブがかかり、無造作でありながら品格があります。
そして、大きく張った顎が意志の強さを感じさせます。
節くれだった手指が長年の鍛錬を物語っているようで、辺境伯がただの貴族ではないことが分かります。
私と南畝主任は立ち上がって軽く頭を下げ、辺境伯を迎えました。
「そうかしこまらんでくれ。そういうのは苦手なのだ」
なるほど、そういうお方なのですね。
とはいえ、初対面です。私は、外交官の娘として恥ずかしくない所作と言葉遣いで挨拶を申し上げました。辺境伯は、驚いたような感心したような顔で頷いていらっしゃいました。つかみはOK?
挨拶と、その後の流れで無線通話の実演をして、晩餐までは客間で待機することになりました。南畝主任は別の部屋です。
通された客間も立派なもので、ベッドなどクイーンサイズくらいはあるのじゃないかと思うほどです。私が大人じゃなかったら迷わずダイブしていたところです。軽くダイブしたのは内緒ですよ。
このあとは晩餐になります。この国のテーブルマナーは承知していません。ですが、地球で通用するものであれば、それほど大きな違いはないと思います。南畝主任は……うん、がんばってください。
テーブルマナーは、イギリス式に則っておけば大きな間違いはありません。イギリス式が分からないときは、自信をもって優雅に振舞っていれば多少の失敗は目立たなくなります。緊張のあまり、ぎこちなくなる方が無作法に見えてしまうものです。国際的なパーティや晩餐会のような場であっても、ことさらにマナー違反をあげつらう方がマナーに反しているとされるくらいです。
本日の晩餐出席者は、ホスト側が辺境伯、令夫人、ご子息がお二人、そしてローレル様の合計5名。ローレル様は末娘だそうです。ゲスト側は私と南畝主任の2名です。
初めて異世界のお料理をいただきました。
お味は……お料理は人それぞれ感じる味が異なりますから……私の立場でコメントすべきでないと考えます。
すみません、あまり口に合いませんでした。全体的に味は濃いめでしたが、日本の「うまみ」に慣れた舌には、塩気がストレートすぎるように感じました。いえ、決してまずかったわけではありません。慣れの問題でもあるように思います。
食事を進めながら、閣下がオーメ領について説明をしてくださいました。
「ここオーメ領は、辺境なだけにあまり産業が発展していない。それでも二つだけ自慢できることがある。ひとつは養蚕だ。領内では良質の桑の葉が育つ。それを使った養蚕が盛んで生糸の生産も主要産業のひとつになっている。もう一つが鉱山から採掘される白金だ。白金は、金よりも値打ちがある鉱物で、産出量は多くないが領の財政を支えてくれる重要なものだ。ただ、これも少々悩みがあって、白金の採掘をするときにクズ石が大量に出る。これの処分に困っている。クズ石だからといって、そこいらに捨てるわけにもいかん。鉱物が雨水で流れ出すと人の健康を害することが知られているからな」
なるほど、生糸と白金ですか。どちらも高級品で利益率はよさそうです。
いけない、閣下にお願いしなければならないことが二つありました。危なく忘れてしまうところでした。ただ泊まりに来たわけではないのに、しっかりしなさい、自分。
「閣下にお願いしたいことが二つございます。一つは、ローレンシアお嬢様ほかお二人を保護した記録にご署名をいただきたく存じます」
「そんなことか。まったく問題ない。セバスに渡してくれれば、明日こちらを発つまでに署名しておこう」
これは事務的な手続きです。辺境伯としても対応に困るようなことではありませんね。
「ありがとうございます。後ほどセバスチャン様にお渡しいたします。もう一つのお願いは、人を紹介していただきたいのです」
「ふむ、人か。どういった者をお探しかな」
「鍛冶職人をご紹介いただきたく。武器よりも日用品や道具類を得意とする方が望ましいです。さらに、わがままを申し上げれば、代金を後払いでお請けいただける方。わたくしどもは、昨日、異世界より転移してきたもので、いまだこの国の通貨を持っておりません。これから通貨の取得に向かって活動するつもりでございますが、当座、使える資金がない状態でございます。そういった事情を酌んでいただける方だとありがたく……」
話しているうちにどんどん情けなくなって、声が尻すぼみになってしまいます。
異世界から転移してきたという素性の知れない、取引実績も信用もない者が「後払いで」なんてお願いできるわけないのは重々承知です。私が逆の立場だったら、絶対引き受けないとまでは言わなくても、かなり厳しい条件を突きつけて支払いの実行を担保することでしょう。
「生活用品や道具類が得意な鍛冶職人か……そうだな、適任が1人いるな。道具屋のような奴で腕は確かなのだが、かなりの変わり者でな。古文書に書かれている道具を再現しようと、訳の分からない物ばかり作っておる。ほとんど失敗しているらしいが。そいつならフクハラ様の求めるものが作れるやもしれぬ」
それは好都合。私が頼みたいのは、まさに異世界の知識にある道具ですから。もしかしたら、すでに似たような物を作っているかもしれませんね。
「あと、代金だが案ずることはない。奴への依頼分は、全額私が持とう。なに、娘やメイドたちを助けてくれた礼とでも思ってくれればいい。娘の命に比べれば安いものだ。それとは別に、謝礼として大金貨五50枚を渡そう。これは、とあるところから出るもので私の腹は痛まん。だが、心配するような金ではない。まっとうな支払いだ」
なんかすごい金額のような謝礼が飛び出しました。
こちらの貨幣価値が分からないので、実際にどれくらいの謝礼なのかイメージできません。はいそうですかと受け取ってしまっていいものか……
「あらお父様。わたくしの命の価値は、たったそれっぽっちでして?」
ローレル様がいたずらっぽく笑います。
「う、うむ……そうだな……それでは大金貨100枚だ」
「妥当ですわ」
ローレル様が満足そうに頷きました。どうやらお二人の交渉が妥結したようです。なぜいきなり大金貨100枚ももらえることになったのか理解に苦しむ部分も多々あります。ですが、貴族からの礼を断るのもまた失礼なこと。ここはありがたくいただくことにします。お金はいくらあっても困りません。




