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【IOF_22.log】聖なる紋様

「不敬ですわよ」


 お嬢様に脇腹をつつかれました。

「別人でいらっしゃいますか? 神宮に掲げらえている御姿絵と変わらぬ褐色の御肌、夜より深い黒髪、まさにテンテル様の御姿そのものでございます?」

 なぜか最後が疑問形になってしまいました。

「はい、確かにすごく似ているらしいです。ですが、ここをご覧ください」

 テンテル様はご自身の耳を指さされます。

「テンテルは、横に長い耳を持っていらっしゃったはず。私は、ほら皆さんと同じ形の耳です。ですから、私はテンテルではありません」

「で、ですが、この国では、テンテル様のようなお肌の色をした者は一人としておりません。やはりテンテル様、あるいはテンテル様の御使い様でいらっしゃるのでは?」

 お嬢様が興奮気味におっしゃいます。

「そうですねえ、これを言うと余計に勘違いされてしまうかもしれないのですが……」

 テンテル様が口ごもります。

「実は、私、と後ろの車に乗っている者もみなそうなのですが、この国、というかこの世界の人間ではありません。日本国という異世界の国から転移してきたものです」

 異世界! そんなものが存在するのですね! なんてファンタジー!


「すみません、もう少し近づいてもいいですか? あまり遠いとお話もしにくいと思いますので」

 もちろんでございます!

 テンテル様にお近づきになれる光栄に浴せるとは感激です。

「そちらでお話をしませんか」

 テンテル様は、焚火を囲むように置いた枯れ木を指さしてほほ笑まれます。

 尊い。マジ尊い。

「はっ、それでは失礼いたします」

 わたくしたちは礼を解き、各々枯れ木に腰かけました。


「改めて自己紹介をします。私はテンテルではなく、異世界にある日本国から来た警察官で名前を福原珠梨といいます」

 フクハラジュリ? ジュリが家名でいらっしゃるのでしょうか。

「こちらの名乗り方ではジュリ・フクハラとなります。フクハラが家名です」

「それでは、フクハラ様とお呼びすればよろしくて?」

 お嬢様が確認してくださいました。

「様も不要なのですが……まあ、『さん』くらいでお願いできれば……」

 フクハラ様は、尊ばれるのがお好きではないようです。

「それではフクハラ様、先ほどおっしゃった『ケイサツカン』とはどのようなものですの?」

「ああ、そうですね。こちらには警察という組織がないのですね。騎士団や衛兵のようなものはありますか?」

「わが領地でいえば辺境伯騎士団がございますわ」

「そうですか。その辺境伯騎士団は犯罪の取り締まりを行っていますか?」

「ええ、犯罪者を捕らえたり、お尋ね者を探したりしておりますわ」

「それなら、私が所属している警察は、騎士団に似たような組織です。戦闘は職務ではありませんが、治安の維持を任務としています」

「なるほど、騎士団から治安の維持に関する部分を抜き出したようなものなのですね。興味深い組織ですわ」

 お嬢様がフクハラ様の御言葉を真剣にお聞きになっています。注意散漫なお嬢様にしては珍しいことでございます。


「ところで、フクハラ様のお話をお伺いして気づいたことがございます。フクハラ様は、わたくしどもと会する以前にテンテル様のことをご存じでいらしたご様子。異世界からいらしたとの由です。となれば、いずこかでお耳に入れたものと拝察いたします」

 少しの矛盾も見逃しません。わたくしできるメイドですので。

「そこを説明してしまうと余計にややこしくなるので、できれば避けたいのですが……そうもいきませんね」

 フクハラ様がため息を漏らし、眉を下げられます。困惑の表情もお美しい。

「私たちは、昨夜、日本国から転移して参りました。そして、転移して間もなく、この星を管理している神リリヤさんと会い、話をする機会を得ました」

「なんですって?! 神とお会いになったとは! ですが、この国の神はテンテル様。リリヤ様というお名前は初めて拝聴いたしましたわ」

 わたくしもお嬢様に同感でございます。

「そのあたりは、少々複雑でして……ここで長話もなんですから、一度皆さんを署にご案内したいと思います。そして、そこから車、ああ、車というのはあそこに止めてある、先ほど私が降りてきたもののことです。あれでお屋敷までお送りいたします。いかがですか? 無理強いはいたしませんが、ここでこのまま過ごすよりは安全ですし、簡単なお食事もご提供できます」

 フクハラ様は立ち上がり、ぱんぱんとお召し物のほこりを払われました。

 フクハラ様がお召しになっているものは、この国にはないとても不思議な意匠をしています。この国では、女性はドレスかワンピースが多く、フクハラ様のようにズボンをお召しになっている方はほとんど見かけません。女性騎士は男性と同じような制服をお召しですので、そういった例外はございます。フクハラ様は騎士団と同じような任務の組織に属しているとおっしゃっていたので、活動しやすいズボンをお召しなのも納得できます。

「それは願ってもない僥倖。ぜひお願いするわ」

 お嬢様がスカートの裾を気にしつつカーテシーで礼を執ります。


「それでは、あちらの車の中に人を待たせています。ご案内いたしますので、あとに続いてください」

 フクハラ様がクルマなるものに向かって歩き始めましたので、わたくしどももそれに続きました。

「フクハラ様、『ショ』とはなんですの?」

「それはですね、皆さんの感覚でいくと騎士団の屯所や詰所のようなものかと思います。騎士団本部ではなく、騎士が駐在しているところとお考えいただければ」

 早くもお嬢様はフクハラ様と打ち解けたご様子。肩を並べて歩く様は、姉妹と言っても通じるのではないかと思うようなまばゆい光景でございます。ええ、お嬢様の従者としての欲目があることは重々承知しております。

「それでは、女性お二人は私と前の車に、従者の方は後ろの車に乗ってください。二手に分けるのは、単に乗れる人数の都合です。他意はありません」


 フクハラ様の案内でクルマなる箱の側まで足を運んだところでわたくしの体が硬直いたしました。

 箱の横に刻まれた「警」の紋様。

 あれは、神宮の碑に刻まれし、ミセラニアス教の最重要教義を示すとされる聖なる紋様「自警」のうちのひとつに似ています。

 いえ、似ているのではございません。同じものです。

 ミセラニアス教は、比較的戒律がゆるく、神宮に残る聖なる紋様も民草が意匠として用いることを黙認してくださいます。

 しかし、「自」と「警」の紋様だけは神宮内でのみ拝見することができる秘中の秘とされているもの。それをクルマに刻印することが許されるフクハラ様は、神ではないとしても、神の使途で間違いないのではないでしょうか。

 そのことをご説明するため、わたくしは木の枝を使い地面に「自」と「警」の紋様を描きました。禁則事項ではございますが、目前の事態に即せば些末なことでございます。

「あ、あの、フクハラ様。このクルマなるものに刻まれている『警』の紋様は……」

 お嬢様が恐る恐るフクハラ様にご確認なさいました。


「これですか? これは『ケイ』と読む漢字で、私たちの国の言葉です。ここにある3文字で『ケイシチョウ』と読みます。私たちの国の言葉、日本語はとても複雑で、漢字のほか平仮名や片仮名といった3種類の文字をひとつの文の中で使い分けます」

「読むですって?! フクハラ様は、この紋様が読めるのですか?」

 お嬢様もわたくしも驚きと畏怖の念のあまり膝が震えております。

 これはとんでもないことになりました。

 神宮の碑に刻まれている聖なる紋様が文字であり、フクハラ様の母国語であったなんて。

 ミセラニアス教の歴史がひっくり返ることになりかねません。

 あまりにも重要かつ危険すぎる情報です。取扱注意どころではございません。とりあえず厳秘で。

「ねえ、マーガレット。わたくしたち、いま歴史の生き証人になってしまったようですわね」

 ええ、ええ、まったくおっしゃるとおりでございます。

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