【IOF_20.log】未知との遭遇
お疲れさまです。
警視庁奥多摩警察署臨時職員の可能性がある幽霊の郡司蓉子です。
勤務中異常なし。
福原さんから偵察を命じられて、人の気配がする方向にふわふわと飛んでいます。
ふわふわと言っていますが、障害物に遮られることなく目標に向けてひたすら直進できるので、割とスピードは出ていると思います。体感で60キロメートルくらいは出ているんじゃないでしょうか。いい加減な体感ですけど。
向かっているのは、署から見て南東の方角です。
どのくらい離れているかは分かりませんが、人が3人いる気配を捉え続けています。3人は、場所を移動していません。キャンプでもしているのかな?
あ、道に出ましたよ。
うん、なかなか広いんじゃないでしょうか。舗装はされていませんが、よく整備されているように見えます。道路管理者さん、いい仕事してますね。
人の気配がする方角と道が伸びている方角がだいたい同じような感じなので、このまま道をたどるように浮遊してみます。
20分もしないうちに道から少し外れた場所で人の気配が濃くなりました。
車輪の跡のことをわだちっていうんでしたっけ? それが道から外れて森の奥へ向かっています。その先から人の気配がするので、おそらくそこに3人がいるはずです。
なにやら人の声が聞こえてきます。
「Fu〇kですわ!!」
え? 一瞬、我が耳を疑いました。
玉を転がすようなよく通る声で発せられた罵詈雑言が澄んだ森の空気を汚しながら広がっていきます。
どういう状況でそのような下品なことを口にできるんでしょう。
ええ、まあ私は割と平気で言えますけどね。そういうことを言って罵倒してくれというお客様もいらっしゃいましたし。どこにでも変態さんはいるんですね。
幽霊のデフォルト状態、つまり姿を隠している私は、ゆっくりと声のした方に近づきます。
馬車が見えました。
ひっくり返っています。
どうやら事故があったみたいです。
宙に浮きながら抜き足差し足で忍び寄ります。
あ、人が見えました。3人で焚火を囲んでいます。
メイド服を着た女性とドレス姿の若い女の子。それと、特徴のないジャケットとパンツ姿の壮年男性。
女の子のドレスはざっくりと破けちゃってます。女の子が頑張って手で押さえているみたいだけど、それでも真っ白なおみ足が覗いています。
きっと、さっきの下品な罵詈雑言は、ドレス姿の女の子が発したんだと思います。きっとそうよ。メイドさんは年齢的に違うと思う。おじさんだったら驚きだわ。
私は1本の木の陰に身を隠し、顔だけをのぞかせて様子を窺いました。
これからどうするんだ、みたいなことを話し合っているみたいです。
「どなたかいらっしゃいますの?」
わっ、ドレス姿の女の子がこちらを振り向きました!
見つかった?
幽霊はデフォルトで見えないはずじゃ……
あ、でもチュートリアルで霊感の強い人には見えることがあるって言ってたよね。もしかして、あの子は霊感が強いのかも。
気づかれて困ることもないんだけど、隠れているつもりのところをみつかると、なんとなく「まずい」って思っちゃいますよね。
あ、そうだ。私には「隠密」のスキルがあるんだ。
ちょっと使ってみようかな。
えい、隠密!
「失礼ながら、周囲に人の気配はございません」
ほらね、メイドさんもそう言ってるでしょ。
ドレス姿の女の子も首をひねりつつ納得していたみたい。
幽霊が基本的に見えない存在だから、隠密は使えないスキルだと思っていたけど、デフォルトの能力に隠密のスキルを重ね掛けすると、霊感のある人からも姿を隠すことができそうね。いいこと気づいちゃった。
これは福原さんに報告しなくちゃ。
組織人としては「報告」「連絡」「相談」を大事にしないと。
よし、急いで署に戻って人の存在が確認できたと報告しなくちゃ。
「ということで、人の存在が確認できました。3人は、馬車の事故かなにかで動けなくなっている様子です」
急ぎ署に戻った私は、見たままの状況を福原さんに報告しました。
「そうでしたか。やはり人がいたんですね。幽霊さん、ありがとうございました」
いえいえ、どういたしまして。
期待してくれた人にほめられると嬉しいですね。
またお手伝いしたくなっちゃいます。なんでも言ってくださいね。死なない程度のことなら喜んで引き受けますよ。
「もう死んでる」
小路さんの突っ込みが私の心臓をえぐります。会計係こわい。
「森の中で動けなくなっているのは穏やかではありませんね。このまま夜になったら野生動物に襲われる事態にもなりかねません。署から車を出して保護します」
福原さんが例の3人を保護すると決めたようです。
「どんな人か分からない状況で保護に着手するのは危険では?」
鷹の巣駐在さんの心配も分かります。異世界ですからね、いきなり大魔法とかをぶっぱなされて全滅なんてことになったら大変です。
「山奥係長の懸念も理解しています」
「山奥ではなく奥山です。では、何か策が?」
福原さん、絶対わざとやってますよね。そうですよね?
「何度も間違えてすみません」
間違えてる認識はあるんだ。
「いま奥山係長がおっしゃったように、異世界で初めて人と接触をもつわけですから、当然、危険が予想されます。ですが、それは、異世界に限ったことではありません。元いた東京でも、路上で寝込んでいる酔っぱらいを保護しようとしたところ、いきなり殴りかかられて受傷することがあります。危険性としては、それと大きな違いはないと思います。奥山係長、どう思われますか?」
「そうですねえ。どう思うかと聞かれると返事に困りますね。宿責が『こうだ』と言い切ってくれれば、私たちはそれに従うだけですよ」
奥山係長がぽりぽりと頬を掻きます。ちょっと照れ臭そうです。
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。それでは、現地の方3名を保護することとします。要保護者が3名なので、こちらは5名、車両2台で向かいます。まずは、私が声をかけて様子を窺います。そして、相手がこちらに対して害意をもっていないことが分かったら保護に着手しようと思います」
もし、攻撃されたらどうするのかな?
「相手方から攻撃された場合、制圧可能なら保護に伴う実力行使として制圧します。制圧することが難しいほどの攻撃だったら……」
全員が息をのみます。
「みんなで逃げましょう」
みんなの肩の力が抜けたようです。
こういう場面でも緊張をほぐしてくれる福原さんは素敵です。
「保護に向かうメンバーは、私、木村係長、奥山係長、須田主任、それと正村さん。以上5名です。車は四輪駆動のものを2台出します。全員弾こめで拳銃携行のこと。地域課から保護マットを3組、鑑識から防水マットを2枚出してください。用意するものはこれくらいですかね。あ、幽霊さんは道案内をお願いします」
任せてください!
「在署の4名は、外周警戒をしっかりお願いします。正村さんは、帰ってきたら保護簿の作成準備をお願いします。異世界ですが、手続きはきちんとしておきましょう。それでは準備ができ次第出発します」
「了解!」
「宿責、保護簿は作りますが、保護の法的根拠は何を使いますか?」
保護に法的根拠ってあったんだ。知らなかった。そりゃそうか、警察だもんね、何をするにも法律の後ろ盾は必要ですよね。
「そうですねえ、通常は警職法3条を使うところですが、警職法だと『迷い子、病人、負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者』となっていて、メイドや従者と思われる人を連れた少女は、保護者を伴わない迷い子とは考えにくいです。そうなると、警察法2条でいくしかありませんね」
「具体的には、保護の必要を認めた理由をどう書きますか?」
「交通閑散な森林内において、馬車の事故により移動不能の状態となっており、このまま放置すれば本人の生命又は身体に重大な危害が及ぶおそれがあり、応急の救護の必要を認めた、とでもしておきましょう」
「了解しました」
すごい。すぐにさらさらと作文できちゃうんですね。
「他にご質問とかなければ出発します。幽霊さん、道案内をお願いします」
かしこまり!




