【IOF_01.log】プロローグ
お疲れさまです。
警視庁総務部企画課総監秘書係警部補前島龍雅です。
「前代未聞の事態であり、現在も全体配備を発令するとともに、機動隊三個大隊による山岳地帯の捜索並びに都内全域における検問の実施による行方不明者の発見に全力を挙げているところです」
警視庁本部庁舎17階大会議室。
警視総監がものすごい数のムービーやスチールカメラの前で記者会見を行っています。
ことの発端は、前日に発生した大規模停電にあります。
前日の午後8時ころ、警視庁の第九方面を中心とした広範囲での停電が発生しました。電力会社の供給域がすべて停電するいわゆるブラックアウトというほどのことではありませんでしたが、そこそこ広範囲にわたる停電でした。
あ、第九方面というのは、なじみのない言葉ですね。
ご説明しましょう。
警視庁の管轄は、東京都です。
あるあるな勘違いなのですが、警視庁を日本警察のトップで全国警察を統括しているというものがあります。実は、そんなことはなくて、警視庁はただの東京都警察本部のようなもので、法律上名称が「警視庁」と決まっているだけです。
そして、東京都を一から十までの方面に分けています。
第九方面は、八王子市、町田市、日野市、多摩市、稲城市、青梅市、福生市、羽村市、あきる野市、そして奥多摩郡を担当区としています。
簡単に言えば東京都の西半分くらいを含む広い地域です。
青梅市や奥多摩郡の方は、山間部が多く、奥多摩郡には檜原村という東京都内唯一の村が存在しています。
そんな第九方面区内の広い地域で停電がありました。
それ自体は、警視総監が記者会見をするような大事件ではありません。
実際、停電は5分も続くことなくすぐに復旧したのですから、社会的な影響はほとんどありませんでした。
では、なぜ警視総監が記者会見をしているのかというと、停電からの復旧後に入った一本の110番通報から始まった大騒動です。
「あのー、警察署にどなたもいらっしゃらないんですけど」
山間部を管轄する奥多摩警察署を訪ねた一般の方が、署の1階に誰もいないことを不審に思って、署の受付にあった電話から110番通報したそうです。
その通報が110番受理台から無線指令台に伝達されます。
「警視庁から奥多摩」
「・・・」
「警視庁から奥多摩」
「・・・」
「警視庁から奥多摩、無線の傍受を願います」
「・・・」
無線指令台が奥多摩警察署を呼び出しますが応答がありません。
仕方なく無線指令台から署の警務係に電話をかけたそうです。
それでも誰も電話に出んわ……
失礼しました。
「おーい、リモコン、呼ばれてるぞー」
署の2階にある刑事組織犯罪対策課の大部屋にいた刑事が1階に下りてきました。
「あれっ、誰もいないのかよ。あ、すみません、なにかご用でしょうか」
刑事が受付で困惑している通報者をみつけました。
通報者は、道を聞きに来ただけなので、刑事が地図を見せながら案内してすぐに立ち去ったそうです。
「なんだよ、起き番の連中は。ていうか、うちの課はさっき楓夏が臨場するって言ってたからいなくてもおかしくはないか」
刑事が頭を掻きながら2階の交通課に顔を出しました。
「起き番の木村係長は?」
「え? ここにはいませんよ。起き番なんだからリモコンにいるんじゃないですか?」
同じ当番班の巡査がきょとんとした顔で答えます。
それはそうでしょう。
当番のときは、2交代で勤務して休憩していない班のことを「起き番」といいます。起き番のときは、警部補である係長がリモコンという無線指揮を執る部屋に詰めるのが通常です。
だから、交通課の巡査も起き番の係長なら当然リモコンにいるはずだと思ったわけです。
「あっそ、いないの。おかしいなあ」
刑事は、ぶつぶつ言いながら生活安全課を覗き込みました。
「安田係長、素乃子います?」
「いえ、今は起き番のはずですよ。臨場もないから1階にいませんか? いやあ、さっきの停電は肝を冷やしましたよ。データが飛ぶかと思いました」
パソコンでなにやら書類作成をしていた保安係長が顔を上げて刑事に笑顔で答えます。
ここまできて刑事は背中に気持ちの悪い汗が浮かぶのを感じたそうです。
署内の各部屋を見て回りましたが、結局、起き番の人間は誰も見つけられません。
そればかりか、当番責任者の警務課長代理もいなくなっているではありませんか。
「これはまずいのでは」
もう一度1階に戻った刑事が鳴り続けている警務係の電話をとったそうです。
「はい、奥多摩の警務席です」
「こちらは110番指令台です。先ほどから無線も有線も応答がありません。なにかありましたか?」
多少苛立った感じで問い詰められた刑事が語気荒く答えました。
「起き番と宿責が消えました!」
「行方不明となったのは、当番責任者であった福原珠梨警部以下9名。このうち1名は当番員ではない行政職員です。なお、当番員であった8名は、いずれも実弾5発が装填された状態の拳銃を装着した状態で行方不明となっており、警視庁としましてはこの事実を最大限に重くとらえ、一刻も早い発見に努めているところです」
総監が淡々と説明を続けます。
なにそれやばくないですか?
「警察官9名、いや、1名は行政職員でしたか。これだけの警察官が一度に行方不明になった例はないと思います。しかも、全員が実弾が装填された拳銃を持った状態での行方不明です。テロやクーデターといった可能性はないんですか?」
ほら、やっぱり記者が突っ込んできました。
「当番員である8名は、いずれも外国のエージェントとの接触形跡はありません。また、国内の革命勢力や右翼団体との接点も把握されておりませんので、現時点ではテロやクーデターの可能性は低いものととらえております」
「含みのある言い方ですね。『当番員は』ということは、当番責任者の福原警部には何かがあるということですか?」
いや、総監も正直がすぎるでしょ。「事実を確認中」とでも言っておけばいいのに。
「誤解を招いたようで申し訳ありません。福原警部については父君が外交官であり、高校卒業まで赴任先に帯同していたことから、現地政府の関係者と多数接触していた事実が確認されております。しかし、その接触が日本国内の治安に影響を及ぼすものであるとは考えられておりません」
「そういうことでしたか。ところで、署に保管していた拳銃や実弾はなくなっていないでしょうね?」
「なくなった拳銃や実弾はないと報告を受けております」
みなさん、どこいっちゃったんですかね?




