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【IOF_18.log】光の柱

 クソウズ池の手前で途方に暮れております。

 ジョシュア・タマ・ヘキチ辺境伯の娘ローレンシア・コリ・ヘキチでございます。

 ごきげんよう。


 わたくし、ただいま大変困っておりますの。

 いわゆる帰宅困難者というやつでございますわ。

 せっかくのドレスも土まみれになりましてよ! しかも、スカートが破れて脚が見えてしまっていますわ。ぷんすこですわ!

「ごきげんよう」とご挨拶はいたしましたけれど、実際のところ、ご機嫌麗しゅうなど一切ございませんの。ぷんすこぷんすこでございますの。

 どなたか、どうかお助けくださいまし!


 さて、事の起こりは昨晩まで遡りますわ。

 夜も更けた二一の刻のころ、辺境伯騎士団の夜番が、お屋敷に飛び込んで参りましたの。

 なにやら息を切らして、もう大変そうでございましたの。

 お父様がご立派にお声をおかけになりましたわ。

「報告いたします! 西の山に、天より光の柱が降ってまいりました!」

 なにそれ、神話かしら? って思いましたの。

 お父様も真顔でお尋ねあそばしました。

「西の山といえばクソウズ池がある方角だな……して、その柱とやら、地より立ち上がったのではなく、天より降ってきたと申すのだな?」

「はっ! 何人もが見ておりますゆえ、間違いございません!」

「ふむ……山火事ではないのだな」

「いまのところ、火の手は確認されておりません!」

 わたくし、横で聞いていても、まるでテンテル様の建国神話の再現かと胸がどきどきいたしましたわ。

「お父様、これは吉兆かもしれませんわよ!」

「テンテル様の建国神話か……いや、どうだろうな。あれはミセラニアス教に伝わる神話だ。大きな声では言えないが、創作ではないかと思っているのだよ」

「お父様! たとえお屋敷の中であっても、そのようなことをおっしゃるものではありません」

「いや、すまん、すまん。今のは聞かなかったことにしてくれ」

 お父様は、敬虔なミセラニアス教の信徒であらせられ、神殿とも良好な関係をお築きでございます。

 けれども現実主義的と申しましょうか、神話の類をそのまま信じるには少々懐疑的なお考えをお示しになることもございますの。

 それでも神殿に刃向かうなどというおつもりは毛頭なく、「それはそれ」と割り切っておいでのようですわ。

 かく申すわたくしも、幼い頃より「神殿の権威に従うのが貴族の務め」と教えられて参りましたので、そのように振る舞ってはおりますけれど……実のところ、テンテル様の建国神話が実話かどうかにつきましては、お父様に同意いたしたくなる場面も多々ございますの。


 建国神話や神殿に飾られた御姿絵には、褐色の肌に長き耳を持たれる、それはそれは美麗なる女性、いわゆるダークエルフのお姿が描かれております。

 ですが、わたくしがその神話に疑問を抱く理由は、ここオヤシーマ王国にはダークエルフなる種族が一人として存在していない、という事実にございますの。

 もしテンテル様が、まばゆい光の柱とともに天より降臨あそばし、オヤシーマ王国の祖となられたのであれば……そのご子孫がお一人もおられないというのは、どうにも不自然に思えてしまいます。


 そうは申しましても、先ほど夜番から報告のあった光の柱……あれが建国神話における光の柱と、どうにも関わりがあるように思えてならないのですわ。

 理屈ではございません。辺境の地を預かる父の娘としての、勘というものでございますわ!

「なんの根拠もない」などと申される方……不敬ですわよ!

 あらいやですわ、冗談でしてよ。


「ということで、明日の朝一番に現地確認へ参ります!」

 わたくし、建国神話と光の柱にすっかり胸をときめかせ、思わずお父様にお願いしてしまいましたの。

「すまない……何が『ということで』なのか、全く理解できんのだが」

 お父様は困惑なさいます。

「特に意味はございませんわ。ただの枕詞でございますの。そんなことより、現場視察のお許しを!」

「いや、しかしなあ。山道であるし、あのあたりはノライノやバンビスが出るぞ。それに、方角がまずい。クソウズ池の方角と一致している」

「わたくしとてクソウズ池の視察で何度も足を運んでおりますもの。クソウズ池の危険性は十分に承知しておりますわ。ノライノもバンビスも、そうそう出くわすものではございません!」

 わたくし、声がどんどんせり上がってしまいます。

「とにかく視察は認められん。まず騎士団から先遣隊を派遣する。それからでよかろう」

「わたくしが一番に参らなくては意味がないのです!」

「なぜそうなる……」

「なぜもへったくれもございませんわ!」

「……もはや意味がわからん。とにかく一旦待て」

「お父様のわからずや!」

 わたくしはホールから階段を踏み鳴らし、自室へ戻ってしまいました。ぷんすこぷんすこですわ!


「マーガレット!」

「はい、お嬢様」

 お部屋へ戻るやいなや、側仕えのメイドを呼びつけます。

「明日の夜明け前に出立して、光の柱が降りた場所へ視察に参ります。御者を手配なさい。もちろんあなたも同行なさい」

「かしこまりました。ただ……お嬢様のご視察は、閣下がお許しにならなかったと存じますが」

 仕事中のマーガレットは、いつだって冷静沈着かつ無表情。

 年頃のお嬢さんであればもっと表情があってもよさそうなもの。もう少しリラックスなさってはいかが?

 ただ、その無表情もマーガレットの魅力。推せますわ!

「仕方ありませんのよ。お父様が禁じられたとて、大いなる力がわたくしを呼んでおります。『そこへ行け』と。だからマーガレット、お願いですわ。お父様に内緒で御者を手配してくださいませ」

「いたし方ありません。御者は手配いたします。明朝、日の出前にお迎えにあがりますので、お嬢様はお早めにお休みください。……はぁ、胃が痛い。のちほど薬師に胃薬を頂戴してまいりますよ」

 マーガレットは、大きなため息をつきました。

 わたくしは、マーガレットを下がらせると、さっさとお布団に潜り込みましたの。

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