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【IOF_11.log】やっぱりこれは異世界転移

「宿責、遺体がなくなってます」

 しばらくして戻ってきた南畝主任が焦燥感をにじませながら報告してくれました。

「どういうことなのかしら……」

 遺体がなくなった原因を考えてみましたが、まるで思い当たることがありません。霊安室は施錠されていますし、まして幽霊さんのご遺体は茹で上がった腐乱死体です。それを好き好んで盗もうという人なんていないと思います。いえ、思いたいです。だって、どう考えても衛生的ではありません。


 あれっ、ちょっと待ってください。

 衛生的でない……

 他にも衛生的でないもの……たとえばゴミとか?

 そうだ、ゴミもなくなっていました!

 寮のゴミもきれいさっぱりなくなっていたっていうじゃないですか。


 あの停電の刹那に、何か衛生的でないものが排除あるいは消されたっていう可能性は?

 だとしたら何のため?

「あのー、福原代理、ちょっといいですか」

「ああ、小路さんね。はい、どうぞ」

「突拍子もないことを言っていいですか?」

「この際だから、なんでも言っちゃってください」


「ありがとうございます。これって、ひょっとしてラノベやアニメでよくある『異世界転移』なんじゃないでしょうか」


「異世界転移?!」

 幽霊さんを含めた全員の声が見事に揃いました。

「明るくなってみないと確定的なことは言えませんが、月がなくなってみたり、署の前の車がなくなってみたり、道路が消えて森になってみたり、電気や通信が途絶えたりと、どう考えても異常なことばかりです」

「た、確かにそうよね」

 私は額に浮かんできた冷や汗をハンカチで拭います。

「それに、腐乱死体やゴミが消えたのは、衛生的でない異物を異世界に持ち込ませないための措置だったんじゃないかと」

「それは何のため?」

「異世界に存在しないウィルスや細菌が持ち込まれて、大規模な感染症で生態系が崩れるのを嫌ったのかもしれません」

「誰が嫌ったんでしょう……」


「それは分かりません。たとえば神とかゲームの管理者といった超越的な支配者なら考えそうなことです。衛生的でない異物だけが取り除かれた結果、『物』じゃない幽体が残されて、一緒に転移してきてしまったと考えればストーリーの破綻が回避できます」


「うーん、私にはちょっとよく分からない世界線だけど、あり得なくもないという印象は受けるわね」

 どうやら小路さんは、私の理解が及ばない分野での造詣が深いみたいです。尊敬。

 夜明けまでに私がやっておかなければならないことは、当面の食料と水の確保ね。これは、備蓄があるからたぶん数週間は持ちこたえられるはず。それまでになんとか現地で食料を調達できるようにしたいわね。


 あと、なにげに重要なのがトイレ。

 水洗トイレは、水が流せないと大変なことになります。阪神淡路大震災でも警察署のトイレが糞尿であふれて大惨事だったっていう話を聞いたことがある。ここは気を引き締めて対応しないと。幸い、災害用の簡易トイレがあるから、当座の用は足せると思う。マンホールに落とすタイプの簡易トイレもあるんだけど、異世界にマンホールは期待できそうにもないわね。

「それなんですけど、水道は使えました」

 なんですと?!

 城取主任の報告に喜色満面の私です。

 水道が使えるのと使えないのとでは、使えると使えないくらいの違いがあります。

 下水もちゃんと流れて行ったそうです。

 なにこのご都合主義? と思ったものの異世界転移という超弩級の理不尽の前では、上下水道の不可解な現実などかわいいものです。

 これでトイレ問題はひとまず回避できそうです。ひょっとして、道場や寮のお風呂も使えるかもしれないと気づき、ちょっと嬉しくなりました。


 大事なことを皆さんにお願いするのを忘れていました。

 お風呂の可能性に浮かれている場合ではありません。

 いえ、異世界に転移したから必要になることなのですけれども……

「異世界転移の事実や、これからの活動について署長や方面本部、それと本部にも報告する必要があります。そのとき、文章だけでは伝えきれないことも多くなってくると思います。なにしろ誰も見たことがない異世界でのできごとですから。そこで、写真や動画を添えることで情報量が飛躍的に増えます。ですから、これからの活動に際しては、可能な限りデジカメで写真を撮るかビデオ撮影するようにしてください。デジカメで写真を撮るときには、ワームカードを使うようにしましょう。ただ、ワームカードは枚数に限りがあります。撮影時の画素数を減らすことで、カードの消費を節約したいと思います」

 皆さんが大きく頷いてくれました。私の趣旨を理解してくれたようです。私のような拙い指示でも、すぐに趣旨を理解してくれる優秀な部下には感謝しかありません。


「つまりこういうことっすよね。ワームカードは書き切り型で、一度撮影したデータを記録したら、そのデータは削除や移動ができないし、カード上のデータを編集することもできないっす。だから、異世界の存在を信じようとしない頭の固いクソジジイ連中に『加工じゃないか』って言わせないためっすよね」


 鑑識の可愛さんが私の趣旨を代弁してくれました。まさにその通りです。

「おっしゃる通りです。デジカメが開発されてからずいぶん経ちましたが、長らく警察が採証にデジカメを使わず、かたくなにフィルムカメラを使い続けてきた理由がそれです。デジカメで撮影した写真データは編集することが可能で、それがまた利便性でもあるわけです。ところが、警察が証拠の保全を行おうとすると、その利便性が足かせとなってしまいます。デジカメで撮影した写真を捜査報告書や実況見分調書に使うと、被疑者側の弁護士から『この写真は改ざんされたものではないか』と難癖をつけらるからです。この難癖に対して『改ざんなんてしてないもん!』と弁解したところで相手の主張を覆すことはできません。編集可能なデータを編集していないと証明することは非常に困難な作業です。可能性を否定するのは悪魔の証明と言われるほどですから。デジタルデータのファイルには、作成日時や更新日時の記録があるから、それを見れば編集の有無が分かるという理屈もあります。しかし、この作成日時や更新日時ですらあとから変更することができてしまうため、相手の言い分に負けてしまいます。そこで開発されたのがワームカードです。このカードに記録されたデータは編集ができません。ですから、カードに記録されたデータが原本として残っている限り、『改ざんだ』とする主張に対抗できるんです」

 なんか長々と語ってしまいました。


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