【IOF_113.log】sura
こんにちは。
外務省儀典長福原悠里の妻福原イシャニです。
ホエホエ!(うん、そうね!)
外務省からお手紙が届いたわ。
誰からだと思う?
ヒヒ……あら、失礼。悪い笑いじゃないのよ。つい口癖で出ちゃうの。アッサム語で「うふふ」みたいな笑い方なの。
お手紙はね、うちのかわいいかわいい珠梨からなのよ!
半年以上も前に行方不明になって、すごく心配してたのよ。
私の愛おしい一人娘よ? いなくなったら心配するでしょ?
肌の色だって、私と同じ艶々の褐色よ。
お顔も私そっくりで美人さんなの。
ヒヒ、私、悠里と結婚する前は、インドで女優をやってたの。
インドの女優は、みんな美人よ。その中でトップ女優といわれるくらいだったのよ、私。
ある日、どこかの国の大使館が主催したパーティに招待されたの。お仕事だと思って参加したわ。正直、何も期待するようなパーティじゃなかった。
そこに、日本大使館を代表して若かりし悠里外交官が正装でいたのよ。
ほら、なんていうの? こういうときって……
ああ「ビビビっ!」っていうやつよ。一目見てビビビってなったわ。
眠そうな目で「とりあえず参加してます」っていう感じがありありと出てるところが自分と同じみたいでビビビってなったのよ。正直すぎて外交官としてどうなの? って思ったわね。
あまりにも気になったから、私から話しかけたの。
アッサム語で……
インドといえばヒンディー語だと思うわよね?
もちろん、女優をやってる私はヒンディー語だって話せるわよ。
でも、母語はアッサム語なの。そっちの地方出身だからね。
アッサム語で話しかけて、まったく通じなかったらそれで終わりにするつもりだったの。
そうしたらどうよ。
ふつーにアッサム語で返事が返って来るじゃない。
思わず私「アホアホ」って言っちゃったわ。
そうしたら悠里ったら「ぷーっ」って吹き出して「あらあら、ですか。面白いリアクションですね」だって。
まさか、アッサム語が話せるとは思わなかったのよ。
言葉の壁をあっさり乗り越えた悠里は、心の壁もあっさり乗り越えて来たわね。
なにしろビビビっ、だから。
あっという間に意気投合して、あっという間に身体も結合して、悠里がインド駐在中に結婚したわ。絶対逃がさないんだから。
悠里が日本に帰るとき、私も着いて行ったわ。奥さんなんだから当然でしょ。
それから3年後、帰化申請して私は日本国籍をもらったの。
嬉しかったわね。ようやく悠里の本当の奥さんになれたみたいな気がしたわ。
それから、しばらく新婚さんを楽しんで、じゃあそろそろと狙ったら見事に当たったのが珠梨よ。
珠梨の名前は、インドでも使われている名前「ジョーリ」をもとにしてるの。ジョーリは、「バラ」とか「花」っていう意味のペルシャ語由来ね。でも、日本人の名前として「ジョーリ」はちょっとなじまないかもって悠里と相談して、ユーリにも近い音の「ジュリ」にしたというわけ。
ちなみに、私の名前「イシャニ」は、「女神パールヴァティの別名」らしいんだけど、正直なところよく分かんないわ。
私と珠梨は、悠里の海外赴任に付いて回ったわ。たくさん海外を見てみたかったし、珠梨には広い視野を身に着けて欲しかったから。そのせいもあってか、珠梨は、どんどん国際儀礼に詳しくなっていったわ。帰国子女枠で大学に入るために帰国したころには、外務省の儀典官並みには詳しいと言われるくらいになっていたもの。
大学2年生のときに、就職どうするの? って聞いたの。そうしたら「警察官になる」と答えたのよ。ちょっとびっくりしたわね。悠里と私のどちらにも縁のない職業だもん。
悠里は美人さんなんだから、モデルとか女優さんになったら? って自分の後を追わせようと仕向けたんだけど「私には、そういう目立つことは無理だから」とか言ってすーっと消えて行ったわ。親が言うのもなんだけど、私並みかそれ以上にきれいなのよ? あの子。背だって高いし、巨乳だし。絶対売れっ子になるわよ。なんならインド映画界に売り込むわよ? っていうくらい推してたのに逃げられちゃった。
本人は、地味に人の役に立てればそれでいいと言っていたんだけど、周りがそうはさせてくれなかったみたい。警視庁に入ったと思ったら、あれよあれよという間に警部まで昇任していくじゃない。珠梨は、ものすごく困惑してたわ。でも、残念ながら、あなたは祭り上げられる運命なのよ。きっと。
そんなことを思っていた4月に事件は起こったの。
宿直のために出勤した珠梨が勤務中に行方不明になったと警視庁から連絡があったわ。
「アレッ?!」(えーっ?!)
思わず電話口で叫んでしまったわ。
悪い冗談だと思ってみたのだけれど、本当に帰ってこなかった……
行き先が分かっている出張だったら、数日帰ってこなくてもそれほど心配することはないわ。ちょっと寂しいと思うことはあっても。
でも、どこに行ってしまったのかまったく分からない行方不明はダメ。
もうメンタルが完全にダウンしたわ。
食事も喉を通らない状態。無理に食べると戻してしまう。
……ねえ、覚えてる? 小さいころ、私がよく話したでしょ。
「sura っていうのは神さまのこと。
でも遠くの空にいるんじゃなくて、
人が集まって心を合わせたとき、
その中に生まれるんだよ」
って。
あの子も、どこかで誰かと心を合わせているなら……きっと生きている。
そして必ず帰ってくる。
そう信じて、なんとか体調を持ち直して動けるくらいにはなったわ。
その直後くらいだったかしらね、珠梨の無事を知ったのは。
無事? あれを無事と言っていいのかしら……
異世界に転移していたって。なにそれ?
それからが大変よ。
異世界で警察署長になっちゃう。
異世界からビデオレターや手紙が届く。
果ては政府の特別代表に就任して異世界の国と国交まで珠梨……じゃない、樹立させたわよ。
それで現地の大使館で臨時代理大使に就任ですって! 外交官でもないのに!
なんて驚いているうちに半年以上が過ぎていたわ。
そして、外務省経由のお手紙到着という流れよ。
手紙の封を開けて中の便せんを取り出すと、あの子らしい筆圧の強いしっかりした字がしたためられていたわ。
いつも通り、用件だけ伝える短い手紙ね。まるで業務報告書だわ。
パパ ママ
元気ですか?
こちらは秋らしい爽やかな風が吹き始め、そろそろ冬支度を考えなければ、という時期になりました。
パパとママには、心配ばかりかけてごめんなさい。
いつの間にか、たくさんの肩書をもらってしまい、自分でも訳が分からなくなっています。
そして、ここにきて、また新しい肩書が増えることになりそうです。
そのことについて、一度お二人に会ってお話がしたいです。
近いうちに、幽霊の郡司蓉子さんが訪ねていくと思います。
その幽霊さんの指示に従って、天界まで来てください。
そこでお待ちしています。
少し大事なお話になると思いますが、驚かないでください。
2人ともパスポートはいりません。
それでは、お会いできることを楽しみにしています。
珠梨
ちょっと待ってね……
珠梨と会えるのね?
それはすごく嬉しいわ。
でも、待ち合わせ場所が「天界」ですってよ。
天界っていうのは、あれよね?
天国?
えっ、珠梨はもしかしてもう死んじゃって天国にいるってこと?
アホ(あらっ)……追伸があったわ。
追伸
天界は、死者が行く天国とは違います。
私もちゃんと生きています。
ご心配なく。
いや、心配するわよ!
いなくなってる時点で心配しかないわ!
しかも、使者に来るのが死者ならぬ幽霊?
珠梨の周りはどうなっているの?
数日後、本当に幽霊が来たわ。
「こんにちはー。幽霊の郡司蓉子です。一応幻神っていう神格ももらってます」
若い女の子の幽霊ね。
悠里が律儀に名刺交換をしているわ。
私も名刺をもらったら、本当に幽霊で神様だった。思わず拝んでしまったわ。
「あー、拝まれる対象の神様じゃないんで普通にしてください。天界で勝手に付けられた便宜上の肩書なんですよ。あはは」
軽いわ。
「それじゃ、これから天界にご案内しますね。えっと、お2人は、それぞれこの通行証を持っててください。これは、天界に入るためのパスポートみたいなものです。これを持ってないと天現界壁ではじかれて、最悪、存在が消滅するんで」
さらっと説明されているので、なんとなく納得してしまうわ。
でも、言ってる中身をよく咀嚼すると、宗教観がひっくり返るようなとんでもないことよ。通行証があれば生身の人間でも天界に入れるとか、通行証がないとなんとか壁ではじかれて、存在が消滅するかもしれないとか……
「あ、それなんですけど。さっきも言ったように、これから行く天界は、宗教的な意味合いはぜんっぜんないです。ただの役所です。天界なんて名前を付けるから誤解されるんで、違う名前にしろって冥魂府のじじいには言ってるんですけど、大きなお役所はなかなか動きが鈍くて大変なんだって」
ホ、ホエー……
「ほえー?」
ああ、これはアッサム語で「そうなのね」という意味なの。驚いたりすると、ついアッサム語が出てしまって……ごめんなさい。
「いえいえ、母国語って出ちゃうんですね。私は、そういうの好きです」
いい子だわ。
「それでは、天界に向かいます。一瞬だけ目の前が暗くなります。でも、すぐに着くので大丈夫です」
分かったわ。お願いします。
悠里もいい?
「ああ、心の準備はできた」
「移動先、天界冥魂府特別会議室!」
蓉子さんの掛け声とともに目の前が真っ暗になったわ。
事前の説明がなければ、とても怖かったでしょう。
悠里と手を繋いで目を凝らすけど、何も見えないわね。
「着きましたよー」
蓉子さんの呑気な声とともに視界が明るくなった。
それと同時に目に飛び込んできたのは、褐色の肌のきれいな女性……
その女性が私たちに向かって飛び掛かるような勢いで駆け寄って来るわ。
「মাই ! মাই !」(ママ! ママ!)
「যুৰি !」(ジョーリ!)
「珠梨! 父さんは呼んでくれないのか?」
「あ、パパも!」
私たち3人は、しばし無言で抱き合っていたわ。
どうしましょう、お化粧がぐちゃぐちゃだわ……
ほら、珠梨、鼻水が出てるわよ。
涙や鼻水が落ち着くのを待って、部屋の中を見回すと、もう1人ご老人がいらっしゃったわ。
「紹介するね。こちらは、天界冥魂府上席管理官のロマノフ・コノエさん。この場所を提供してくれた天界の偉い役人さん」
「初めまして。日本国外務省儀典長ユーリ・フクハラと申します」
「フクハラの妻のイシャニです。はじめまして」
「ジュリから紹介をいただいた通り、儂は、天界冥魂府上席管理官のロマノフ・コノエじゃ。ああ、先に言うておくが、日本の近衛家とは無関係じゃぞ」
なんか面白そうなおじいさんね。
私たちは、コノエさんに促されてゆったりとした椅子に腰を下ろす。すごい、ふかふか。
「儂は、必要以外口をはさまん。珠梨が自分で説明するんじゃろ?」
「はい。私が説明します」
そう言って珠梨が私たちに向かって背筋を伸ばしたわ。
その表情からして、軽い話ではないだろうと察した私も背中を伸ばす。
「結論から先に言うね。私は、人間を辞めて神になります。今日は、そのことを伝えるために来てもらいました」
え? なに? どういうこと? 言葉の意味は分かったけど、言っていることの意味が分からないわ。
「珠梨……あなたが神になると、私たちの子ではなくなって、永遠に私たちの前から姿を消してしまうの? そんなの嫌よ。ねえ、もしそんなことになるのなら今からでも考え直してくれない? それに、なんであなたが神にならなきゃいけないの? 天界には他にも神様がたくさんいたはずよ。ねえ……আহ্(ああ) বগৱান(神様)……あなたはどこまで残酷なの? 突然、珠梨を私たちから引き離し、ずっと会えなかったと思ったら、今度は神にして連れ去るというの?」
せっかく泣き止んだのにまた号泣してしまったじゃない。
「珠梨よ……お主の説明は順番がおかしいじゃろ。それじゃ母上が取り乱すのも無理ないぞ。なんでも結論から言えばいいというもんじゃなかろう」
コノエさんが珠梨に小言を言っているわ。そうよ、もっと言ってやって! て、あなたも神なんでしょ! 珠梨を止めなさいよ!
「ママ、ごめんなさい。私の説明が足りてなかったわ」
「いや、足りないどころじゃないぞ。全然足りておらんわ、このトンチキめ」
コノエさんが苦笑いしていらっしゃる。そんなに悪い話にはならなそうね。
「なんで私が神になるかというと……」
それから珠梨は、自分が神にならなければならない理由を詳しく聞かせてくれたわ。
まあ、長かったこと。
神になると人間としての存在がなくなることには正直ショックが大きかったわ。
でも、複製として人間界に存在できると聞いて少しだけ落ち着きを取り戻した感じよ。
「神でも人間でも自分が自分であること、パパとママの娘であることは何も変わらない」
こう言ってくれたことで私の中では納得ができたわ。
天界に入ってもらう役職が「天界位相管理院管理官(院長)」だそうよ。なんだかよく分からないけど、新しく作るポストで、地位としては空間省という一番大きな役所の大臣と同じくらいなんだそう。すごく偉いじゃないの。
ちなみに、珠梨が転移した先の国「オヤシーマ王国」の管理をしている神様「リリヤ」さんと、日本を管理している神様「イザナミ」さんの2柱も位相管理院に入るんですって。
イザナミって神話じゃなくて実在してたのね。
リリヤさんは、コノエさんのお孫さんだって。
「最後に2人にお願いしたいことがあってな。さっき珠梨が説明したように、天界と世界インスタンスの関係は、絶対に口外せんで欲しい。これが漏れると天界の安定が保てなくなるでな。そうなると、最悪の場合、珠梨の存在が消える。もちろん地球も天界もすべて消える」
私と悠里は首がもげるほど頷いたのは言うまでもないわね。
私たちが天界の秘密を守りさえすれば、珠梨は天界で偉い神様になって、日本とオヤシーマ王国で人や物が行き来できるようになり、複製ではあるけど珠梨がうちに帰って来てくることもできるというわけです。頷かないはずがないわ。
「日本の役所対応は、父さんに任せなさい。世界の入れ子構造については絶対に悟らせない」
「なんなら悠里殿とイシャニも天界に来るか? そうすればずっと珠梨と一緒にいられるぞ?」
「実に魅力的なお誘いです。私が定年退職したらそのようにさせていただくことでも可能ですか?」
悠里が乗り気になってますね。私も反対する理由はまったくないわ。
「時期はいつでも構わんぞ。儂らにとって時間は無限じゃ」
そうか。神になると寿命がなくなるのよね。だったら、私も神にしてもらって、いつまでも珠梨と暮らしたいわ。
「それはまた日を改めて相談しよう」
悠里としては、結論を急ぐ必要はないということね。分かったわ。




