表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/117

【IOF_112.log】人間やめます

「お主を含めた全員の帰還が可能になったとしよう。そのとき、お主はオヤシーマ王国を見捨てることができるか? いや、見捨てるという言い方は良くないの。オヤシーマ王国との国交を断絶することになるが、その覚悟はあるかという問いじゃ。今、二国間の国交は、アーク・ノードの脆弱性を前提として成り立っておる。今回、それが明らかとなった以上、天界は脆弱性を放置できなくなった。補正予算を組んででも脆弱性の特定と修正を行わざるを得ん。そうなれば、たとえばお主だけがオヤシーマ王国に残ったとしても国交は断たれる。幽霊のみを拠り所にした国交を維持することは可能かもしれんが、そのような国交に何の意味がある? それでよいのか?」


「それは、どうしても避けられないことでしょうか?」

「避けることはできる。ただし……お主には人であることを辞めてもらう必要がある」


「神になれと?」


「そうじゃ。いま、アーク・ノードで各世界をセグメント分けしている位相スイッチは、事前に設定されたポリシーに従って動いておる。そのポリシーを変更すれば日本とオヤシーマ王国の間で人や物を相互に移動させることが可能になる。可能にはなるが、無制限に移動を認めることはできん。それは容易に想像できるな? たとえば、オヤシーマ王国に戦略級の兵器を持ち込めるようなことになってみろ、リリヤの管理下にある星は一気にバランスを失って崩壊に向かうじゃろう。そういうことを避けつつスイッチのポリシーを運用するのは機械には無理じゃ。誰かが手を、目を、そして時間をかけてやらなきゃならん。誰がやる? 日本とオヤシーマ王国のためだけに天界の役人を一人張り付かせるか? それは天界の役所が納得せんじゃろ」


「それはわたくしも公務員なので理解できます。祖国でも公務員は『全体の奉仕者』として定義づけられております。そうなりますと、わたくしが天界で神となり、位相スイッチの管理を行う地位に就くなら日本とオヤシーマ王国の国交は維持できるということでしょうか」

「そういうことじゃ。しかし、天界に入る、つまりアーク・ノードで管理者権限を得れば存在構造が変わり、もはや人間ではおられん。その覚悟は厳粛に問われるぞ」


「あ、それでしたらご心配には及びません。今でもオヤシーマ王国では神様と崇められております。わたくしは人間なので一応やんわりと否定はしておりますが、それをやめて『はい、神です』と認めるだけのことです。一つ心配なことは、人間を辞めることではなく、天界に入ったら二度と家族や部下たち、そしてオヤシーマ王国の人々にも会えなくなるのでしょうか?」


 意外とあっさりした性格じゃの。普通は「人間やめる」というのは、ものすごく悩むところじゃと思うのじゃが……


「そんなに簡単に人間辞めてしまってよいのか?」


「選択肢がないのであれば悩むだけ無駄ですよね? 日本とオヤシーマ王国のためになるなら、わたくし一人が人間を辞めるなんて些細な事です」


「いや、お主……本当は元から神なんじゃないのか? しかも、役職としての神じゃなく、マジもんの宗教的な方の神じゃ」

「つまり、root(スラッシュ)側ってことですか?」

「そういうことじゃ」

「さすがにそれはあり得ません。そもそもrootなんて存在するかも分からないわけですから」

「人間が気づけるはずもなかったアーク・ノードの存在を暴いたお主が言っても説得力ゼロじゃぞ」

「あ! 本当ですね!」

 また無自覚か……おそらく、この無自覚さが真実に近づく力になっとるんじゃろうな。


「なあ、フクハラ殿よ。ここまで腹を割って話した仲じゃ、もう畏まった話し方はやめようじゃないか。儂のことは爺とでも呼んでくれ。お主のこともジュリと呼ばせてもらおう。これから長い(永遠の)付き合いになるはずじゃし」

「承知しました。私としてもそうしていただけると助かります。それで、先ほどのことに戻るのですが、私が天界で神になったら家族たちには会えなくなるのですか?」

「まあ、原則というか何もしなければそうなる。だが、そこにおるリリヤを見てみろ。お主の署にずーっとおるじゃろ。それでもこやつは、ちゃんと管理者としての仕事はしておるんじゃよ。なぜだと思う?」

「神の仕事を他の誰かに任せているとか?」

「私、そんなに無責任じゃないしー」

 リリヤが口を尖らせおる。いや、なななかに無責任な仕事っぷりじゃぞ。


「今、ここにおるリリヤは複製じゃ。空間省の神は、管理する世界インスタンスに複製を置くことができる。これが、職員レベルの権限では自分が管理する世界インスタンスにしか複製を置けん。だから、リリヤが作れる複製はこの1体だけじゃな。本体は役所のデスクで仕事しとるよ」


「複製は、それぞれ別の意識なんですか? それだと、どっちが本当の自分だか分からなくなりそうな気がします……」

「お、さすがに目の付け所がいいのお。複製と本体は、量子同期によって感覚と意識を共有しておる。だから、自分が誰なのか分からなくなることはない。当然、別々に会話や動作もできる。複製時にそういったマルチタスク能力は自動的に付与される仕組みじゃ」


「それは便利ですね。私の場合、日本とオヤシーマ王国を行き来するようになると思うんですが、複製は世界間移動も可能なんですか?」

「全然余裕じゃな。ヨーコと同じじゃよ。神殻を経由すればいいだけじゃ。もっとも、お主は空間省の大臣相当の権限になるじゃろうから、複数の世界インスタンスに複製を置くこともできる」

「え、日本にも私がいてオヤシーマ王国にも私がいるという状態ですか? それは両国が混乱しそうなので複製は一体でお願いします」

 そうじゃろうな。儂だって、そんなにいくつも自分がおったら嫌じゃ。

「もう一度確認するぞい。ジュリよ、本当に人間を辞めるんじゃな?」


「辞めます」


「私が私であるということは、人間であるか神であるかで何も変わりません。ただ、事前に両親にだけは話しておきたいので、少しお時間をください。そのために、短時間で結構ですから天界のどこかで両親と会って話をする場を設けていただけないでしょうか」

「ああ、それは造作もないことじゃ。ただ、その前に、めちゃくちゃ大事なことを一つ、伝え忘れておったわい」


「人間をやめると、人としての外観や記憶、性格のような精神構造は維持できる。じゃが……TTLがnullになる」


 しばしの沈黙……

 珠梨が重い口を開いた。


「あの……TTLって何ですか?」


 そうきおったか。

「Time To Live、生きるための残り時間じゃ。つまり、寿命のことじゃな。人間も神もOSの中にあるプロセスという点では変わらん。違うのは、OSに対して行使できる権限と、寿命の設定値じゃ。もちろん値は可変じゃ。様々な要因で変化する」


「人間のTTLには有限の値がある……でも、神は『null』になるということですか?」


「そうじゃ。寿命が無限になるという意味ではない。寿命という概念そのものが、存在しなくなる」


「……不死、ということですね」


「そうじゃ。だが、それは『永遠に生きる』ということではない。『永遠に終われない』ということじゃよ」


「するとどうなる? お主は家族も同僚も、地上のすべての命を見送ることになる。彼らが消えていっても、お主は残る。神として世界インスタンスを維持するとは、そういうことじゃ」


 しばしの沈黙。珠梨は視線を落とす。


「……辛いですね」


「辛いからこそ、多くの神は人間との関わりを避けておる。見送るたびに、心が削れる。リリヤもそうじゃ。あやつは特殊な例でのう。人の情を捨てきれずにいる。だから、いつも苦しんでおる」


「じゃが、お主が神になるのなら、リリヤはようやくその苦しみを分かち合える。儂としては、それが何より嬉しい」


「……神にも、孤独があるんですね」


「あるとも。むしろ、人間より深い孤独じゃ。だが、孤独を知る神ほど優しくなれる。だから、儂はお主に頼みたい。リリヤやイザナミたちと共に、日本とオヤシーマ王国、この二つの世界インスタンスを見てやってくれんか」


「はい。承りました。あと……すみません、いい雰囲気になっているときに聞くことじゃないと思うんですけど……あの……神になったら……えっと……せ、生殖はどうなるんでしょうか……あ、いえ、今想っている人がいるとかじゃなくて、将来もしそういう人と出会ったときのために確認しておかないといけないかと思いまして……」

 豪胆かと思いきやそっち方面では初心(うぶ)なんじゃな。めっちゃ赤面しておる。

「普通にできるぞ。子供も産める。ただ、生まれる子は神ではない。じゃから、さっきも言ったように必ず旦那や子を看取ることになる。それは避けられん。それが神であることの原罪のようなものじゃろう。抜け道はあるがな」

「詳しく!」

 お、食いついてきおった。

「簡単なことじゃよ。相手を天界に引きずり込んでしまえ。若しくは神を相手に選べ。相手を神にしてしまえば生まれてくる子も神じゃ。パートナーや子を看取ることもない。もっとも、相手が人間の場合、人間を辞めてくれないことにはどうしようもない」


「そ、そうですか……相手に人間を辞めさせるのは気が引けます」


 さっきの勢いがなくなったの。やっぱりこやつは根っからの神じゃな。

「そっちは追々考えればよかろう。まずは総理の説得じゃが、これは儂がやっておこう」

「え、私が説明しなくていいんですか?」

 あれは説明とは言わん。核のカードをちらつかせた恫喝じゃよ。あれを総理に付きつけたら「今すぐ総理の座を譲りますから天界は消さないでください!」と言いかねん。

「ジュリは、天界の内閣総理大神になることも辞さないか?」


「絶対嫌です」


「じゃろうな。いや、さっき聞いた話をお主が直接総理にぶつけたら、あいつは間違いなく総理の座をお主に譲ると言うぞ。総理は選挙で決まるから譲位はできん。しかし、現職総理が後継にお主を指名して退位したら、立候補せんわけにもいかんじゃろ」

「そ、そうですね……」

「そういうわけじゃから、総理には儂が話す。なるべくお主に総理のお鉢が回らんように持って行くつもりじゃ。現状では位相スイッチで世界インスタンス間の接続を認めておらんから、それを担当する役所がない。そこで、位相管理院なる独立行政庁を新しく作る。儂がいる冥魂府と似たようなものじゃな。お主は位相管理院管理官(院長)として位相スイッチを管理する。権限のレベルとしては空間大臣相当じゃな」

「分かりました。すごく面倒なお仕事を押し付けてしまったようですみません。よろしくお願いします」

 なに、お主のようなべっぴんさんを天界に招くことができるんじゃ。総理を口説くことくらいどうということもない。

「おじい様……」

 あ、リリヤの半目が怖い。


 そうじゃ、リリヤ。お主も位相管理院に所属せい。ジュリ一人では位相スイッチの管理は大変じゃろ。お主をもう一体複製してそっちにも置いておけ。ああ、そうじゃな、あとイザナミも放り込んでやろう。日本とオヤシーマ王国の両方から神が入った方が交流ポリシーの決定もやりやすかろう。

「えっ、マジ?! じゃなかった。本当ですの?」

「ああ、マジじゃよ」

「おじい様の意地悪……そうしたら、わたくしもいよいよ昇進ですの?」

 そうなるのお。管理職じゃな。部下はおらんが。

「ひゃっはーっ!! 管理職よーっ! ばんざーい!」


 こら、役所でくるくる回るでない。

 こやつもジュリに救われた存在の一人じゃな。ジュリは、どれだけの人や神を救うんじゃ?


 そうそう、ジュリの親御さんを天界に呼ぶ手続きには多少時間がかかる。準備ができたらリリヤから知らせるでな。場所はどこがいいのかの……あれだ、冥魂府の特別会議室を使わせてやろう。あそこには、あちこちの世界インスタンスの様子が分かるモニターが設置されておってな。なかなかの見ものなんじゃよ。

「分かりました。連絡をお待ちしています。今日は、長々とお邪魔してしまいすみません。とても有意義なお話ができてよかったです。では、これにて失礼いたします。お爺様」

「うむ。儂も腰を抜かすほど驚く話ばかりじゃったが、お陰で天界にも新しい風が吹きそうで少々心が躍っておる。天界におると、こういう気持ちになることが少ない。貴重な体験をさせてもらった。感謝しとるぞ。では、リリヤよ、間違いなくジュリを送り届けるのじゃぞ」

「はい。おじい様」

 リリヤは、本当にかわいいのお。

「位相を管理するにあたって、技術的な補助をさせたい部下がいます。世界の入れ子構造を発見するきっかけをくれた女性です。本人が同意したらという停止条件付ではあるのですが、その女性も位相管理院に入庁させてもよいですか?」

 お、核弾頭を作った張本人か? いいぞ。お主には人事権も付くからの。

「ありがとうございます。そのときは相談と報告をいたします」


 天界にも黒船が来おったのお……しかも核兵器搭載のフクハラ級原潜ときたものだ。存在を知られることなく潜行して、浮上したときには喉元に核を突き付けられておる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ