【IOF_111.log】フクハラ級原潜
久しぶりに孫娘が遊びに来ると聞いてウキウキしておる。
天界冥魂府上席管理官ロマノフ・コノエじゃ。
お主の魂は清浄かの?
孫娘のリリヤから連絡があった。
リリヤの方から連絡を寄越すとは珍しいこともあったもんじゃ。
なんでも、重要な話があるから、フクハラ様を同行したい。ついては、フクハラ様に冥魂府までの往復通行資格を付けて欲しいとのことじゃ。
なんじゃ、そんな簡単なことならいくらでもやってやるぞい。儂の権限で端末を叩けばちょちょいのちょいじゃ。ほれ、できたぞ。
「おじい様、本日はお目通り叶い恐悦至極に存じますわ」
おー、来たか。
硬い挨拶は抜きじゃ。
お、そちらがフクハラ殿か。噂はかねがね聞いておる。
「お初にお目にかかります。日本国からオヤシーマ王国へと転移いたしましたジュリ・フクハラと申します。本日は、お忙しい中、わたくしどものためにお時間を頂戴いただけましたこと感謝の念に堪えません」
これまたしっかりした挨拶をする子じゃ。
ヨーコとはまた違った良さがある。
どうだ、儂の秘書にならんか?
きっぱり断りおった。つれないのお。
「おじい様、そのようなお戯れはおよしくださいませ。コノエ家の名が汚れますわよ」
いや、これはすまんかった。
ところで、今日は何用じゃ? 大事な話ということじゃが。
「フクハラ様を内閣総理大神にお引き合わせいただきとう存じます。それが本日の用件でございます」
総理に? そりゃまたデカく出たのお。何がしたいんじゃ?
「それはわたくしからご説明を……」
おお、フクハラ殿から直々に説明してくれるか。聞かせてもらおう。
「わたくし、いえ、わたくしを含めたオヤシーマ王国に転移した9名全員、それと幽霊の合わせて10名は、天界とそれに連なる各世界の関係と構造を理解いたしました。天界と各世界とは、仮想マシンのような関係になっております。もしかしたら、天界もいずれかの世界に存在する仮想マシンかもしれません」
ほう……そこに気付いたか。天界以外の者で気づいたのは初めてじゃな。で、何をしたい?
儂は、ちょっと居住まいを正した。これは真剣に聞くべき話じゃ。
「つまり、わたくしどもは、自分を含め、世界や星は物理的存在だと認識していたものが、実はそうではない、単に天界というホストマシンのメモリー内に展開された仮想空間だったということです。天界だけに……」
「いま、ここにわたくしがいて、わたくしの体がここに在るというのは、物理的な事実ではなく、わたくしがそう思わされているにすぎないことに気付いたのです」
もうそこまで思考が達しておったのか。
「わたくしどもが異世界に転移したのは、自然現象による転移ゲートの出現と説明されて参りました。それは、この世界が物理的存在で次元の壁のような物で隔てられているのだと思わせるための方便だったのです」
「そもそも『ゲート』のような物は存在しません。たしかに、転移自体は自然現象、と申しますか天界でコントロールしていない事象によるものでした。それは、天界OSあるいは、各世界をセグメント化して相互交流ができないようにしている仮想スイッチのような装置を動かすファームウェアの脆弱性によるものだったのです」
「そして、その脆弱性は、いまだ天界でも特定できておりません。ですから、時折、その脆弱性に働きかける何かが発生したとき、一時的に世界間の通信が可能となり、転移という現象が起こっているのです。そして、その事実を隠すための方便が『転移ゲート』です」
いや、恐れ入った。お主、もはや神だな。
「本日、わざわざお時間を頂戴したのは、この事実に気付いたことを自慢するためではございません。交渉の席に着いていただきたくお願いに参った次第です」
交渉とな?
「わたくしどもは、天界がホストOS若しくは仮想スイッチのファームウェアの脆弱性を放置したことにより異世界転移に巻き込まれました。いわば被害者です。自然現象であったとの説明で納得していれば、被害者であったことに気付かないまま生涯を終えたことでしょう」
「ですが、わたくしどもは気づいてしまいました。脆弱性が特定されていないという事情は斟酌いたしますが、それでも天界の管理者責任が果たされていないことによる望まぬ異世界転移という被害に対する、管理者としての責任から免除されるものではありません。それがわたくしどもの国での法理でございます」
痛いところを突くのお……
「それだけではございません。脆弱性による転移は、きっちりと設計された挙動により行われているものではなく、何が行われているのか誰にも分からないブラックボックスです。その結果なのでしょう。今回転移した者全員、さらに、過去に転移した日本人も発見いたしましたが、その方を含めた全員が遺伝子、つまりわたくしどもを作っているデータあるいはパラメータそのものです。これに何らかの変異を来しております」
「これは、おそらくブラックボックス化した転移プロセスによるわたくしどもの存在というデータへの改変が行われたものだと考えられます。この変異は、個人の同定に用いられる領域には起こっておりません。ですが、何らかの身体あるいは精神に関する能力に変異を来すものとなっております。つまり、意図しない転移により、わたくしどもは本人性は変わらないものの、もはや別個体となってしまったのです」
「コノエ様もご存じかと思いますが、異世界転移により、それまで持っていなかったような身体能力やスキルのようなものを獲得することがございます。いわゆるチートスキルというものです。それが、まさに転移プロセス中に起こった転送エラーによる遺伝子情報の改変だったのです」
そ、そんなことが起こっておったの? 知らなんだ……
「これらの事象に対する管理者責任として、わたくしどもは天界に対して、無条件かつ安全に日本への帰還が行われるよう求めます。世界の構造を理解してしまったわたくしどもに対しては『それは不可能』というご説明は通りません。技術的に可能なことが分かってしまっております。仮想スイッチのポリシー変更で世界間をルーティングしていただくだけでよいのですから。そして、ここからが真の交渉でございます……」
まだあるのか。恐ろしい人間を転移させてしまったもんじゃ……
「わたくしどもは、独自の研究で人工的に転移ゲートを開けることができるようになりました。そして、その技術を用いれば、天界すら初期化することが可能でございます」
なんじゃと?!
「ここまでは、天界のシステムについて、少々回りくどい言い方をして参りました。しかし、よりしっかりと理解していただくために各部の名称を改めることといたします」
「まず、天界は『アーク・ノード』、お役所的には『天界基盤』とおっしゃいますね。これが基礎となっていらっしゃいます」
「そして、その上に『デミウルゴス・カーネル』、こちらもお役所言葉では『神殻』がございます。これがわたくしどもの世界の技術では『ハイパーバイザー』と呼ばれるホストOSに相当いたします」
「最後がわたくしどもの存在する世界、これが『世界インスタンス』と呼ばれるものでございます。この世界インスタンスを識別しているのが『位相識別子』、別名『Phase ID』です。これが各世界インスタンスをセグメント分けすることに使われている論理アドレスです。セグメント分けを行っているのが何度も登場している『位相スイッチ』です。いかがですか? 訂正があればおっしゃってください」
降参じゃ……しかし、どうやってそれを知ったんじゃ?
「わたくしどもは、世界の構造を理解いたしました。その結果、必ず先ほどご説明したような構成であると確信いたしまして、様々な試行錯誤を行いました。そして、ようやく神殻への通信を確立することに成功いたしました。その上で、ネットワークスキャンを行わせていただいた結果、全体の構成が判明した次第でございます」
「もちろん、ルートを通しただけで神殻にモジュールを仕込むようなことは一切行っておりません。重要なのは『行っていない』という事実です。この意味はご理解いただけるかと存じますので、これ以上のご説明は敢えて行いませんが……」
このとき、私は核のボタンに手を掛けていました。
いつでも押せるように……
そのとき、ふっと、空気が変わりました。
焦げ茶色の香りが鼻腔をくすぐります。
どこか甘くて、少しスパイスの効いた懐かしい香り……
「アッサム・ターリー」
思わず、言葉が止まりました。
母がよく言っていました。
「焦がすと苦くなるのよ」
私は、焦がしていたのかもしれません。
怒りで? 正義で? 世界を……
その瞬間、私の中にあった絶対零度の熱が、静かに元に戻りました。
「そういうことだったのね」
核のボタンという言葉を、私は心の中でそっと書き換えました。
これは、終焉のスイッチではありません。
帰還のスイッチです。
押せば、消える。
押さなければ、繋がる。
私は、ボタンから指を離しました。
それで「いつでもセグメントの壁をぶち抜けるぞ。神殻を乗っ取ることも、なんなら初期化もできるぞ」というまさに「殻のカード」を持って総理のところに交渉に行きたいというわけじゃな。
「おっしゃる通りでございます。無論、わたくしどもは天界と敵対する意図は一切ございません。平和的に帰還にご協力いただければそれで満足いたします」
一番怖い交渉相手じゃな。儂が当代の総理じゃなくてよかった。
「分かった。総理に取り次ごう。コノエの名に誓って悪いようにはせん。儂としても、間違ってもお主と敵対するような関係には立ちたくない」
「えっと、わたくし、そんなに怖かったですか?」
「無自覚か……怖いなんてもんじゃなかったぞい。氷のような微笑で『天界消しますよ』と言われてみろ。おしっこちびるわい。ほれ、リリヤなんぞ顔が真っ青じゃろ」
「いつものジュリちゃんじゃないよー。怖かったよ」
「ごめんなさい。私も部下を預かる身です。部下の生命、身体、財産、そして何より幸せを守る義務があります。そのためなら最悪、天界と刺し違えて天界と私の存在が消滅することも辞さない覚悟があります。とはいえ、それをやると部下どころかたくさんの世界ごと消滅してしまいますから、刺し違えるのは最終手段に残しておきます」
ここに核弾頭を抱えた自爆テロリストがおるぞーっ!!
「おじい様も不穏なことを言いながら笑っていらっしゃるのはなぜかしら?」
「フクハラ殿に自爆テロなどやらせないからじゃよ。力で阻止するという意味じゃないぞ。儂に腹案がある。それを総理にぶつけて首を縦に振らせてやろう。ただ……」
「そこで口ごもるのはおやめください!」
「腹案を総理にぶつける前にフクハラ殿、お主に確認せねばならんことがある」
「はい。どのようなことでしょうか」




