【IOF_109.log】異世界妻の会
ちす
駐オヤシーマ王国日本大使館二等書記官兼ねて警視庁異世界警察署交通捜査係長警部補木村天馬の嫁木村ウメ。
よろしく。
ウチの旦那が半年帰ってこない。
四月に宿直ってことで昼の弁当を持たせて送り出したっきり帰って来やしない。
心配なのは、弁当箱をちゃんと洗ったかどうかだ。天馬は、ときどき弁当箱を洗い忘れてくる。冬ならいいが、夏場はちょっとな感じになるから勘弁して欲しい。
ましてや半年放置した弁当箱なんて想像したくもないぞ。
なんだ? 今、変な寒気がしたんだが……気のせいか?
帰ってこない理由は割とすぐに分かった。奥多摩警察署の署員が何人も行方不明になったってニュースで大騒ぎしていた。で、なぜかうちの旦那がその面子に入っていたからだ。
なにやってんだ、あいつ?
まあ、うちは結婚が早かったから子供も成人して家を出てるんで、旦那が帰ってこなくても警視庁からお給料さえもらえれば全然オッケーなんだけどさ。
結婚が早かった理由? 言わせんなよ。
ウチらは北関東地方でよくいるマイルドヤンキーだった。地元じゃみんなそうだったから、それが普通だったんだよ。東京に出てビビったね。ウチら田舎もんじゃん。
なんで東京に出たかって?
ウチと天馬は、幼馴染ってほどじゃないけど、割と古い付き合いのご近所さんだった。
高校生の頃は、よく天馬が運転するバイクに2ケツして農道をかっ飛ばしてたもんだ。いいか、かっ飛ばすのはカエルくらいしかいない農道にしとけ。国道は危ないからな。
天馬がウチに惚れてるのは中学の頃から気付いてた。ウチも天馬は嫌いじゃない。ていうか、はっきりとは言ってなかったが好きだったな、たぶん。
だから、いずれこいつの嫁になるだろうと思っていた。
中学も高校も同じだった。田舎なんて公立高校だけだ。しかも選択肢なんてない。だから、ひとつの高校に結構いい大学に行けそうな奴からウチみたいなド底辺の女まで揃っている。先生も教えるの大変だったろう。
その高校なんだが、ウチは中退した。
ウチなりに正義を貫いた上での中退だったから後悔は……ちょっとしてる。
中退の原因はケンカだ。
相手を救急車で運ばれるくらいにまでケガさせたんで警察に補導された。普通なら逮捕になるとこだけど、相手が被害届を出さないっていうので補導になったらしい。
なんでそこまでやったか?
ウチの名前をバカにしたから。
ウチの名前はウメ。漢字じゃないぞ、カタカナで「ウメ」だ。いい名前だろ? ばあちゃんが付けてくれたんだ。「冬を越えて花を咲かせる梅のような強い女になれ」って。だから、古くさいと言われようが、ウチの名前は世界で最高なんだ。
言われたとおり強い女になった。ケンカでは負けたことがない。もちろん天馬にも負けない。ただ、ウチは自分からはしかけない。向こうから売ってきたら買うだけだ。ばあちゃんに言われた。「ウメは、強いの意味を勘違いしてないか?」ってな。そうなのか?
そのばあちゃんも今では鬼籍に入っちまった。天国でのんびりやってるかな?
「お、なんじゃヨーコのとこの木村の嫁か。どれどれ、いま端末を叩くからの……(カタカタ)おお、あったぞ。お主のばあちゃんなら別の世界で元気にやっとるぞ」
なんか言ったか?
そんな訳で高校を中退したウチは、家業の農家の手伝いをしていた。
天馬は、高校を卒業すると同時に自動車修理工場に就職して整備工の見習いを始めた。
あいつは、嫁のウチが言うのもなんだけど、努力家で頭も悪くない。
整備士や溶接の資格なんかもあっという間に取ってしまった。
それが、ある日突然工場を辞めてきた。
は? なにやってんだよ。バカなのか?
そう思ったね。いや、よく考えたら高校を中退してるウチの方がバカなんだが。
聞けば、警察官になりたいから辞めたっていうことだった。
本当は地元で働きたいんだけど、県警は採用人数が少ないから倍率が高くて大変そう。だから、東京、つまり警視庁を狙うと。
で、めでたく合格した。さすがウチの旦那だ。
天馬が警察学校に入るために上京するっていうから、ウチも着いていった。もちろん、警察学校には入れないから、卒業後、すぐに安アパートを借りて2人で住んだ。
女は惚れた男に一生ついて行くもんだ、みたいな演歌の世界に生きてんだよ。悪いか?
これが上京した理由だ。
早くに結婚した理由は、安アパートに2人で住んでりゃ分かるだろう? 察しろ。
それで、22歳で結婚、半年もしないうちに子供が生まれたっていう訳だ。
生まれたのは男で名前は「翔馬」だ。
息子も高卒で就職した。
天馬が「警視庁はいいぞ」と強く推したが「警察は殉職するかもしれなくて怖い」と言いながら航空自衛隊の航空学生でパイロットになる訓練をしている。警察が怖くても戦闘機乗りはいいのか? 我が息子ながら理解不能だ。名前的にはパイロット向きだったのかもしれない。
そういう状況だから、別に旦那が帰ってこなくても生活に困ることはない。
いいか、「生活に困ることはない」んだ。ここ大事だからな。
精神的には困るんだよ。
ぶっちゃけ寂しいんだ。
そりゃそうだろう。子供のころからずっとつるんでるんだ。殴り合いのケンカをしてお互いが付けた顔の傷跡がウチらのペアリングみたいなもんだ。天馬の傷の方が深いけどな。
そうこうしていると、ある日のニュースで天馬の生存を知ることになった。
同じ署の鷹の巣駐在所の奥さんがテレビに出ていた。奥さんの旦那さん、つまり駐在さんも天馬と同じ日に行方不明になっているのは知っていた。
その奥さんが出ているニュースがとんでもないことを流していたんだ。
うちの旦那と駐在さん、その他全部で九人の署員が異世界に転移していたっていうんだから驚きだ。驚くだろ? 驚けよ。
さらに驚きがあって、鷹の巣駐在所に異世界から幽霊が使者としてやって来たらしい。
は……? だろ?
その幽霊が異世界で生きている九人のビデオレターを持って来たという、またまた驚きの事実だ。
ニュースでは、そのビデオレターを繰り返し放映していた。画像解析に詳しいとかいう大学教授が出てきて、ディープフェイクや加工の可能性について話していた。その教授の言うことには、ディープフェイクでも加工でもないだろうということだった。
放映されていたビデオレターには、うちの旦那である天馬も映っていた。
もうね、爆笑するしかないだろ。
旦那が異世界転移だぞ?
爆笑しながら大号泣だよ。
いや、このときは1人でよかったと思ったね。
ニュースだけだと詳しいことが分からないから、すぐに鷹の巣駐在の奥さんに電凸した。
アポなしの電凸だったのに、奥さんは丁寧に対応してくれた。いい人。
とてもおっとりした話し方で、ウチとは違う生き方だったんだろうなと思った。
ただ、なんとなくウマは合った。お互い、異世界に行ってしまった夫を持つ妻という共通の立場だったからかもしれない。
聞いたところによると、転移した署員の中で結婚しているのは、うちの天馬と鷹の巣駐在さん、それと警務係の主任さん、あとは公安係の主任さんの合計4人ということだった。
駐在さんの奥さんと話が盛り上がり「異世界妻の会」を作ることになった。情報交換や特殊な立場にいる者同士でしか話せないこともあるだろうということだ。残りの2人は駐在さんの奥さんが声をかけてくれることになった。あざす!
駐在さんの奥さんと話をしていて意見が合ったことに「異世界って結構楽しそうじゃない?」ということがあった。まったくウチも同感だ。ビデオレターで見た九人がみんな明るい笑顔なんだ。異世界に飛ばされて困っているとか、いつ死ぬか分からない、一刻も早い救出を! みたいな悲壮感がまったくない。おまけに、創造神とかいう神様まで一緒に暮らしているという。なにそのファンタジー世界?
羨ましいというより「ずるい」と思った。
ウチも行きたい。
子育ても終わって身軽になった。異世界移住なら今がチャンス!
と思ったら、まだ人工的に転移する技術がないらしい。なんだよ。
駐在さんの奥さんが動いてくれたお陰で異世界妻の会が発足した。会則とかなんにもないゆるいつながりだ。面子は4人。
奥山 五月(52歳)鷹の巣駐在奥山潤さんの奥さん 町役場に勤める娘さんがいる。
木村 ウメ(42歳)交通捜査係木村天馬の嫁 一人息子は一人立ち済み。
須田 咲來(30歳)公安係須田大基さんの奥さん 3歳の息子さんは保育園。
城取 風鈴(25歳)警務係城取洋輔さんの奥さん 新婚さんで子供はまだ。
もう気づいたと思う。
そう、全員花の名前なんだ。
風鈴ちゃんは「ふうりん」じゃないぞ。「かりん」だ。
いいか、こういうのはご都合主義とは言わない。偶然というんだ。
そして、一番お姉さんの五月さんがリーダーのような立ち位置になった。
4人とも住んでいるところがばらばらだし、五月姉さんは駐在所を守らなきゃならないので、そうそう出かけることも叶わない。なので、ウチらの会合は、もっぱらオンラインだ。
たまに五月姉さんのところに異世界から来た幽霊が参加していることがある。
蓉子さんというらしい。
蓉子さんがくれる現地の様子がリアルでとてもありがたい。
警視庁を通さず内緒で現地から珍しい物や旦那たちの写真なんかも届けてくれる。
そうそう、もう少しで日本と異世界をつなぐ「転移ゲート」とかいうものを作る技術が開発できるかもしれないという話も聞いた。
それはすごいな。
転移ゲートが開いたら、旦那たちは帰って来られるんだよな?
いや、ウチらが行ってもいいぞ。むしろそっちの方がいい。




