【IOF_10.log】点呼
お疲れさまです。
警視庁奥多摩警察署警務課長代理警部福原珠梨です。
勤務中異常なし。
「そうすると、いま署内にいるのは、ここに集まってくださった方で全部ということですね」
署内の点検をお願いした当番員の方が全員戻ってきました。
そして、当番員以外で署内に残っていた2名の方にも集まってもらいました。
現在、署内にいる人は次のとおりです。(敬称略、建制順)
警務課長代理 警部 福原珠梨
警務係 巡査部長 城取洋輔
会計係 主事 小路 結
交通捜査係 警部補 木村天馬
公安係 巡査部長 須田太基
地域三係鷹の巣駐在所 警部補 奥山 潤
暴力団対策係 巡査部長 南畝シンジ
鑑識係 巡査長 可愛楓夏
少年第二係 巡査長 正村素乃子 以上9名
「それで、みなさんの報告をまとめると、こういうことですね」
・寮を含め署内には、ここにいる9名のほかはいない
・ここにいる9名は、いずれも停電のときに署の1階にいたか敷地内の地上にいた
・留置場内の被留置者もいなくなった
・電話、無線、110番、地図端末、けいしWANは、いずれも使用不能か機能不全
「もうひとつあります」
鷹の巣駐在の山奥係長が手を挙げます。
「えっと、山奥ではなく奥山です。停電を境に月が姿を消しています」
ああ、そんなこともありましたね。
「ちょっと裏庭に出て全員で確かめてみましょうか」
私たちは、私を先頭にぞろぞろと裏庭に出ました。
「きれいな星……」
少年二係の正村さんがため息を漏らします。
「たしかにどこにも月が見当たりませんね。奥山係長は、間違いなく月を見たんですか?」
疑うわけではありませんが、確認するのも私の仕事です。
「はい。間違いなく停電の前は月が出ていました。きれいな満月でした。いつもより少し大きく見えたような気がしますけど、特に変わったことはありませんでしたね」
この場で月が見えていたかどうかで嘘をつく理由がまったく考えられません。だから、山奥係長は本当のことを言っているんだと信じられます。
「山奥ではなく奥山です」
「失礼しました。じゃあ、中に戻りましょう。今後のことについて話し合いたいと思います」
「えっと、立ち話もなんですから、みなさん適当に空いている席にかけてください」
私は自席に着き、当番員のみなさんがあちこちから椅子を持ち寄って私の前に集まってくれました。
「ではですね、今後のことについて話し合いたいと思います。まず、いまの状況から考えて電力が復旧するとは考えにくいです。可能性はあるのかもしれませんが、復旧しないことを前提として対応を考えた方がいいんじゃないかというのが私の考えです」
ここまではみなさん頷いてくれているようです。
「電力が回復しない場合、署の非常用電源は、あと6時間もしないうちに止まります。燃料の軽油がなくなるからです。そのあと、朝までは警備から発発とバルーンライトを出してもらって、この事務所だけでも明かりをとりたいと思います。たしか警備の備品にありましたよね?」
公安係の須田主任が大きく頷いてくれました。公安係は警備課なので、直接の担当ではありませんが、警備用の機材についてもある程度把握してくれているのです。
「あと、今なんか偉そうにしゃべってしまっていますけど、変なこととか間違ったことを言ったら突っ込んでください」
「大丈夫っすよ。今のところ変じゃにゃーす」
鑑識係の可愛さんが変な語尾で助け舟を出してくれました。ありがとうございます。
「とりあえず、ここで夜明けを待って、明るくなったら周辺の状況を確認することにしましょう。夜が明けるまで、できるだけこの事務室から離れないようにしてください。今いる10人でやっていかなければなりませんから」
え? 10人?
さっき全員集合したときはたしか九人だったはずよね。
「すみません、いま私『10人』て言いました?」
「ええ、言ってましたね」
「そうでしたか。すみません、言い間違えたようです。えっと、1、2、3……」
私は集まっているみなさんの数を数えます。
「9、10、と……うーん、なんで10になるのかしら?」
「点呼をとってみたらどうですか」
「それがいいですね。じゃあ、お名前を呼んだらお返事してください。警務係の城取主任」
「はい」
「会計係の小路さん」
「はい」
私は、建制順にお名前を呼びあげていきます。
「で、最後が少年二係の正村さん」
「はい」
「これで全部お名前を呼んだはずなんですけど、まだ呼ばれてないっていう方はいますか?」
私は、全員を見回しながら確認を促します。
「はい、まだ呼ばれていません!」
若い女の子の声がしました。
声の聞こえてきた方を見ると、確かに当番員たちが固まって座っているところから少し外れるような感じで一人の女性が笑顔で手を挙げていました。
でも、なんか不思議な感じです。
影が薄いというか、人数を数えた時には頭数としてカウントした記憶があるものの、顔と名前が思い出せません。
「えっと、ごめんなさい。今日の当番員ではありませんよね? 日勤で残っていた方ですか?」
「署員じゃないからご存じなくても当然かと。さっきまで裏の霊安室にいましたから」
女性がニコニコと訳の分からないことをのたまいます。
たしか霊安室にはお風呂で溺れた溺死体が1体安置されていたはず。で、霊安室から来たということは……
「ひょっとして幽霊さんですか?」
「んー、私としては自分が幽霊なのかどうかイマイチ自覚ないんですけど、死んだはずが目を覚ましたら霊安室から抜け出せちゃいました的な?」
その場の全員が二の句を告げず、あんぐりと口を開けています。もちろん私もです。
「そういのを幽霊っていうんじゃないかな。お嬢さん、お名前は郡司蓉子さんでいいのかい?」
暴対の南畝主任がぼそっと言いました。
「大正解! 刑事さん、すごい!」
幽霊さんが大喜びしています。
「やっぱりそうか。風呂で寝ちまったんだな。お悔やみ申し上げます」
南畝主任が幽霊さんに向かって手を合わせます。
「感謝」
幽霊の郡司さんも手を合わせて南畝さんに頭を下げています。
幽霊の出現という超常現象の只中にあって、なぜかほっこりしている私です。なんとなくですけど、この幽霊さんは悪い人じゃないように思えます。人? 人の形をしているから人でいいんですかね。
「そうだ、電源が喪失すると霊安室の遺体保管庫も冷却がきかなくなって遺体が大変なことに……」
南畝主任が顔色を悪くしています。
「それなら大丈夫です。なんでかしらないけど、私の死体はなくなってました。気が付いたらこの幽体? の状態で寝転がっていたので、死体はどっかにいっちゃったみたいです」
ご自分のご遺体のことを明るく話す幽霊さん。とてもシュールだけど好感が持てます。
「そんなことがあるのかい? ちょっと見てきます」
南畝主任が慌てたように席を立ち、裏庭に出て行きました。
「あ、私も行くっすよ!」
鑑識係の可愛さんが後を追っていきました。鑑識としては、確認せずにいられなかったのでしょう。なんだかんだで責任感があって結構なことです。




