【IOF_107.log】ジパング開店
王都での用件が済んだら、いよいよジパングの開店です。
扱う商品が石鹸というなじみのないものです。開店してもしばらくは暇な時期が続くだろうと予想していました。
ところがです。
開店当日は、開店時間前だとういのにジパングの前には長蛇の列……とまではいきませんが、数人の女性が談笑しながらお待ちです。
特に宣伝はしていなかったのに、どこでこの店のことを知ったのか聞いてみました。
聞くのはいいとしても、私が行ったのは間違いだったかもしれません。
また拝まれてしまいました。
普通の人間ですよ、と躱しながら聞いてきたお話によると、どうやらローレルさんが町でジパングのシャボンについて吹聴して回っていらっしゃったようです。
領主の娘が「今度開店するジパングというお店のシャボンは素晴らしくてよ。たったひと握りで、畑仕事の土も、家事の汚れも、すっきりと洗い落としてしまいますわ。使うと手肌が柔らかくなり、子供たちは病にかかりにくくなりますの。どうぞ、皆さまの家でも試してみてくださいませ。私も毎日、これで手を洗っておりますの」と吹聴すれば、興味を抱かないはずありません。
汚れが落ちる
美容にいい
病気になりにくくなる
石鹸には、こんな素晴らしい効能があります。私たちは普段から何気なく使っているので、石鹸の効能をあまり気にしていません。
ですが、石鹸がないこちらの人々にしてみたら、シャボンひとつでこれだけの効能があるというのは、まさに神ががっていると思うかもしれません。
あ、だから拝まれてしまったのでしょうか……
原材料費タダの獣脂と灰汁ですみません。
開店と同時にお店の前で待っていた女性たちが店内に入っていらっしゃいました。
「いらっしゃいませ! ようこそ、ジパングへ!」
特に声を揃えるような教育はしていませんでしたが、うまい具合に販売スタッフの声が揃いました。
そうです。このお店の中は、まさしくジパング。つまり日本です。
今は石鹸だけですが、追々扱う商品を増やしていき、日本の文化や製品を紹介、販売していこうと考えています。小路さんと南畝主任が「薄い本を……」と言っていました。そういう大衆文化の発信地とするのも面白いかもしれません。ただ、あまり特殊なジャンルは避けていただけるとありがたいです。
小路さんは、誘拐事件をきっかけに王宮の役人ロットルさんとお付き合いすることになり、すでに同人活動については理解を得ているそうです。薄い本にも触れさせ、カルチャーショックに慄かせたと笑っていました。薄い本仲間としてリリヤさんを引き合わせたところ、比喩ではなくリアルに卒倒したそうです。
こちらの方に創造神は刺激が強すぎるのでしょう。ただ、目覚めたロットルさん、そこからは「創造神様のために!」と仕事に対するモチベーションが爆上がりしたそうです。その勢いで財務大臣まで上り詰めるのですから、リリヤさんのご利益があったのかもしれませんね。
リリヤさんは、ミセラニアス教の教義にいない神様なんですけど、いいのでしょうか……
ミセラニアス教は、日本でいうことろの八百万の神と似たような考え方をする宗教なので、問題ないのかもしれません。そのうち、お盆に精霊馬を作り、年末にクリスマスを祝い、正月には初詣に行ったりするようになるのかもしれません。
神社を建立したら神宮に怒られたりするのでしょうか。そもそも、日本語的には、神宮って格式の高い神社のことですよね? それなら親戚同士ということで仲良くできそうな気もします。今度、オーメ領の神宮で神官さんに聞いてみようと思います。
あ……でも、私が関わってしまったら政教分離の原則に反してしまいます。困りましたね。なにしろ地鎮祭の玉串料を公費で支出しただけで憲法違反だと最高裁大法廷で言われてしまうくらいセンシティブな問題です。
日本では、です。
こちらの世界では、政治と宗教はほぼ一体化しているみたいなので、政教分離が問題になることはなさそうです。ただ、日本国内で国や外務省や警察庁や警視庁を被告にして公費返納の訴訟を起こされたら面倒です。
こちらでの活動資金は自分たちで稼いでいますから、日本国民の税金は使っておりませんけれども? そういう言い訳は通じないのでしょうね……世知辛い世の中です。
石鹸の話がいつの間にか政教分離にまでスケールアップしてしまいました。
ジパング開店初日。スタッフは大忙しです。
流しでシャボンの体験をしてもらうと歓声が起こります。その声が呼び水となってさらにお客さんがいらっしゃるという循環ができあがったのです。
体験の際に手を拭くためにと用意したタオルも大好評でした。スタッフが「これは売り物ではありません」と断るのが大変そうでした。いずれ、タオルも製品化しましょう。
当日販売分として用意した在庫は、閉店時間前にはすべてなくなり店頭はすっからかんです。最後は、買えなかったお客様に謝罪して、次回来店時には必ず購入できる札を急遽作成してお渡ししました。
閉店後は、ジパング2階の事務所兼スタッフ休憩室で打ち上げです。
署から冷やした缶ビールをクーラーボックスに入れて運び入れます。
参加者に缶ビールを配ります。
まずそこで金属の冷たさにざわめきが起こりました。
「何この冷たさ! 井戸水より冷たいわ!」
木や陶器の器しか知らない彼女たちは、指先に伝わる金属のひんやりとした冷たさに思わず肩をすくめています。
次に驚くポイントは、光沢と形状ですね。
「丸いけど……筒? まるで小さな騎士の鎧だわ」
その後は、ヘキチさんやタイロンさんのときも説明に苦労したプルタブの開け方です。私は、缶ビールの上面を皆さんに見せながら説明します。
「この上にある小さな輪っかが見えますか? ここに指をかけて、手前にぐっと引いてみてください。ちょっとだけプシュッって音がします。初めてのときは必ず驚きますけど、爆発したりケガをしたりすることはないから安心してください。そのプシュッで封が切れて、飲めるようになります」
スタッフにやってもらいます。
「きゃっ!」
空気がはじけるような乾いた音に、数人が小さく跳ね、他の者は目を丸くしています。
「生き物?」
飲み口からあふれるきめ細やかな泡を見た誰かが呟きます。なるほど、そういう感想もあるんですね。
「本日はジパングの開店初日。お客様は大入りでした。明日からもこの調子で頑張りましょう。それでは、乾杯!」
高らかに乾杯の声を上げます。
「かん……ぱい?」
ぎこちない発音で真似ながら、全員が缶を掲げる。
さあ、最初の一口です。どんな反応があるでしょう。
「っっ……冷たっ!」
そうでしょう、そうでしょう。
「体の芯まで凍りそうなほど冷たいのに、なんて爽やかな……!」
スタッフの皆さんは、缶ビールに驚いていましたが、一口飲んだらそれはもう大騒ぎです。常温のぬるいエールしかない世界に冷えたビールが現れたら大騒ぎしたくなるのも分かります。
ある人は「これだけでもジパングに雇ってもらった甲斐があります」とのこと。
打ち上げには、いつの間にかリリヤさんが加わっていました。「あんな人いたっけ?」と小声で話しているスタッフはいましたが、誰も神様とは思わなかったようです。だらしないスウェットスーツですし……




