【IOF_105.log】石鹼工場
これを受け取った監察係も頭を抱えるのでしょう。
承認したところで日本には何の影響もありません。しかし、警察署規模での兼業を許可したという事実は残ります。
私の予想としては、総監が「ああ、いいんじゃない?」と言って許可が下りるような気がしています。
事実、あっさりと許可されました。
さあ、石鹸製造販売事業を始めましょう。
と思いましたが、工場を建てるのに必要なお金がありません。
ヘキチさんに融資をお願いしに行ったところ断られてしまいました。
融資ではなく出資にしたい、と。
工場建設費用は全額出す、返済も必要ない。ただし、粗利の1パーセントを配当として支払うという条件を提示されました。
ヘキチさんは、なかなか抜け目のない商人でした。
借金は、返済されたら終わりです。ですが、出資であれば、その出資金がある間は継続的に配当が支払われることになります。この石鹸事業の場合、長期的に見たら、出資の方が絶対儲かります。
おそらく、ローレルさんあたりの入れ知恵です。
石鹸事業は、工場と店舗を分けるつもりです。
工場では、動物の脂を溶かすときに強い臭いが漂うので、店舗と一体化してしまうのは好ましくありません。かといって、工場を署のあるあたりまで山奥にしてしまうと、働く人が通えなくなるという不都合が生じます。
原料の獣脂や木灰の搬入を考えると、できるだけ市に近い方が便利です。でも、臭いが……
というジレンマに陥っています。
どこかいい土地がないかヘキチさんに相談したところ
「俺の屋敷から南に行ったところに川があるだろ。その川は結構河原が広くてな。広がった河原と屋敷の間を雑木林が隔てている感じだ。そこを少し切り開いて工場を建てるなら土地は好きに使っていいぞ」
という提案が出てきました。
広い河原と雑木林で他と区分けされているような場所なら臭いもそれほど気にしなくてよさそうです。
雑木林の伐採は、警備係のチェーンソーを使えばあっという間に終わります。
あ、水は川から汲んで来る感じでしょうか。それは少し大変そうです。
「ここいらは、ちょっと掘るだけで水が出る。井戸を掘っちまえばいい」
なるほど、井戸で賄えるんですね。
まず、雑木林の伐採は、木村係長と南畝主任にお任せします。街道から河原に向けて馬車がすれ違えるくらいの幅で道を作ります。
道路は100メートルくらいにして、その先を20×50メートルくらいの広さで伐採します。そこに工場を建てる予定です。
工場の設備としては、大なべを置けるかまどと、木灰から灰汁を作る場所、型に流し込んで冷やす場所、冷えた石鹸を切り分ける場所、それと乾燥させる棚があれば十分です。これらに加えて、そこで働く人たちの休憩場所とトイレも必要ですね。
勤務時間は、日本の時間で言って午前9時から午後5時まで。途中、休憩が1時間です。
5日間働いたら2日間休んでもらいます。
これは店舗も同じにします。
雑木林の伐採と整地をしたら、あとはヘキチさんから紹介してもらった大工さんにお願いします。大工さんにたちに「テンテル様の使徒様の仕事ができるなんざ末代までの自慢話になるぜ」と喜ばれました。
喜ばれるのはありがたいのですが、やはり事実との相違が……
店舗は、市のはずれにちょうどいい空き物件がありましたので、居抜きで入ることにしました。
店舗は、陳列棚とカウンターがあれば足ります。実際に石鹸がどういう物かを体験してもらうための流しもあるといいですね。ここで日本からペーパータオルなんて持ち込んだらヘキチさんやローレルさんが卒倒してしまうので自粛です。
こちらでの求人はどうしているのだろうと思ったところ、商業組合に入ると組合が求人を仲介してくれるそうです。早速、商業組合に入ることにしました。商業組合に入るには商会名が必要になるとのことでした。
そういえば、商会名や店舗名、石鹸のブランド名もまったく考えていません。これはいけません。
夜の酒盛りの席で皆さんの意見を聞いてみることにします。
「そんなのフクハラ商会の一択でしょ。ジュリは通貨単位で先に使われちゃったからね」
とはリリヤさんのご意見。
そういえば、商会名は、必ずしも「商会」を付けなければならないという決まりはないそうです。ただ、なんとなく皆さん〇〇商会という名前にしているので、そういうものだと思われているだけと説明されました。
今回、ヘキチさんから出資を受けて商会を設立するわけです。これって、もはや株式会社なのでは? とも考えています。設立当初は、ヘキチさんの100パーセント持ち株会社です。ですが、いずれは増資で署員のみなさんにも株式を持ってもらえばいいのではないでしょうか。
ということで「株式会社」もありです。
「株式会社フクハラでよくない?」
リリヤさんは、なんとしてもフクハラの文字列をねじ込みたいのですね。
かといって、今のところ私もこれに代わる案がないので、このままだと株式会社フクハラで決まってしまいそうです。
「株式会社フクハラで何も問題ないよな?」
「異議なし!」
木村係長の提案に反対意見なしで決まってしまいました。
それでは、次は店舗名です。
「異世界堂」
幽霊さん、それは聞いたことがあるような気がします。
でも、なんとなくいいですね。
「異世界ホンポ」
正村さん、そこはカタカナにしてはいけないやつです。
身も蓋もないことを言ってしまうと、日本の商標法や不正競争防止法などが適用されない場所ですから、どんなに紛らわしい名前でも咎められることはありません。
それでも、私たちには服務規程で「信用失墜行為の禁止」が義務付けられていますから、ある程度の自制は必要です。
「ジパングはどうっすか?」
おお! 可愛さん、いいアイデアです。
店舗名は「ジパング」でいいですか? いいですよね?
「署長が推すなら誰も反対しない」
小路さんもいい子!
残るは石鹸のブランド名です。
これは私に腹案があります。
私は、もうそのまんま「シャボン」でいいんじゃないかと思っています。
普及用は「シャボン」
高級感を持たせた貴族や富裕層向けが「シャボン・ブリリアント」
娼館用は「シャボン・アモーレ」とか……
「署長って意外とロマンチストなんですね」
南畝主任、からかわないでください。南畝主任だって意外な趣味をお持ちじゃないですか。
あ、目を逸らしましたね。
貴族や富裕層向けは、いくつかの香りを作るつもりです。なので、「シャボン・ブリリアントライン(ラベンダー)」のようなネーミングで売り出そうと思います。
「異議なし!」
これも全会一致で可決されました。
当面は、シャボンとシャボン・アモーレの二本立てで販売を行います。
シャボン・アモーレは店頭には置きません。
庶民向けの店舗に貴族は立ち入りたがらないと思いますから、ブリリアントラインを発売するときは、王都に別店舗を開設しましょう。
そうは言っても、妃殿下やローレルさんに献上したら噂が広がって問い合わせが殺到するとは思いますが……
さて、実際のオペレーションです。
店舗は、同胞人で、今は戸籍の調査に携わっていただいている土田さんご夫婦を責任者として起用します。宿屋を経営していて客あしらいがお上手そうなので。
工場の責任者には、先日、セドリ商会の件で冤罪の被害に遭いそうになったクロードさんに声をかけてみようと思います。セドリの脱税を咎めたくらいですから、しっかりと管理してくれるに違いありません。
工場で使うかまどや大鍋の類は、もちろんミノさんにお願いします。
土田さんとクロードさんは、お2人とも私の誘いに快く応じてくださいました。
店舗と工場の責任者が決まったところで、次は求人です。商業組合に求人を出して仲介を依頼します。
株式会社フクハラの求人は注目を集めました。
そうなるかなあと思っていたのですが、応募が殺到して選考に苦労するはめに。
私、神様でも使徒でもないですよ? 普通の人間ですからね。その会社で働くことは特別名誉なことでもなんでもないです。
採用の面接には私も参加しました。
基本的に責任者の判断にお任せする方針ですが、鑑定で犯罪性が強いと分かった方はお引き取り願いました。犯罪歴は、参考にはするものの、それだけを理由に不採用とはしません。
ということで、工場は割と犯罪歴のある方が多くなりました。
でも、皆さん穏やかで責任者の指示に従ってくださります。犯罪歴だけでレッテル貼りをして社会から放逐すると、それがまた犯罪を誘発することになります。犯罪歴の有る無しにかかわらず、人が集まれば何らかのトラブルや犯罪は発生します。
そのときはそのときです。
それと、石鹸の製法を口外しない、退職後に自ら石鹸の製造事業を行おうとするときは、ロイヤリティを支払う旨の誓約書も取り交わしました。知的財産は大事です。




